17.カインと『アベル』
前話を中途半端な所で切ってしまったので、急いで次話を、と。お陰で短いです。しかも、人によっては────。
17.
外聞も無く、足元に縋り付いて訴える青年の頭を、そっと撫でる。
「私が好きなんだよ。カイン、だからいいんだ」
綺麗な、何かを諦めて受け入れるその微笑みに、美しい青年は頭を振る。
「嫌です、私には到底受け入れられない。貴女は違う、駄目だッ、そんなに哀しそうに微笑っているのは間違いだ‼︎」
撫でる優しい手を強く掴む。ついに狂気が犬種の武官の心を蝕み、喰らい尽くした。
「この、私が。他の誰かがでも無い…貴女だけを望むと、誓ったら?」
「傍に居たいの?─────でも、あたしはレイクだけが好きだよ?果たしてそれが君に堪えられるかな?」
悪魔的な優しい、優しい微笑みで舞子は彼を捕らえた。
「やめた方がいいよ。一度誓ってしまったら、もう二度と引き返せない。
あたしと誰かの間で揺れただけでも許さない。ホント、容赦なく捨てるよ?」
クスクスと笑い、傲慢に顎をしゃくる。
「実はね、ここに居る『娘』は酷い女でさあ、自分を好きな男はとことん試す。それこそ、ウンザリする程にね。おまけに癇癪持ちで酷く我儘だ。リスクは君だけに。なのに、君の鼻面を掴んで、きっととことん引き摺り回す。それにね、ほーらご覧よ」
内緒話するみたいに顔を寄せて、舞子は耳の後ろにある小さな再生痕を見せつける。
「うふふ、中身は随分歳のいった大年増だ。ああ、可愛く無いよねー?きっと、君が一生を賭ける価値なんて無いんじゃない?─────どう?考え直しただろ?
さあ、最後の慈悲をあげるよ、カイン。こう言い直すんだ。『貴女方に忠誠を誓います』ってね。そうすれば、君は皆と同じだ。今まで通り心安らかに人種に仕えるがいいよ。……だけど、一旦あたしのものになると誓ってしまったら」
黒い瞳が彼だけを見つめ、彼だけを捕らえる。
「君はもう、あたしだけのものだよ?」
数多の選択肢を自ら示しておきながら、舞子は最後の最後に、彼が喉から手が出る程欲しいものをその目の前にぶら下げた。
「─────私の一生は既に貴女方のものでした。つい、今し方までは。等しく、何方の為にもこの命の一滴までも使い果たそうと。しかし、如何に私が尽くそうとあの方々には十把の中の一つに他ならない。
ですが、こんな一生でもマイコ様、貴女に捧げれば…レイクラスに成り代わる機会を、この私にだけに与えて下さるのでしょう?」
内心を見事に隠して、舞子は微笑んで頷く。
本当に酷い女だと、そう思った。
「そうだね。君を『特別』にしてあげる。ここに居る間は君の言う事だけしか、まともに聞かない。この髪の一筋から爪先まで、君に全てを任せるよ」
歓喜に震えるしなやかな身体が、切なく戦慄く唇が。彼の決心を伝えてくる。
馬鹿だね、これは悪魔の誘いだよ。
断るんだよ、カイン。なんて皮肉なんだろう。
君がその名を冠しているなんて。
焦がれて遂にはアベルを手に掛けてしまう兄の名を。
「さあ、─────どうする?」
尋ねる形を取りながら、答えはもうその手に握っていた。彼は自ら望み、舞子はそれを受け入れるだけだ。
「どうか、貴女だけのものに。私を」
舞子は満足そうに彼を胸元に引き寄せる。
その一瞬、罪悪感が波の様に心に押し寄せた。
誰も知らない。女が好きな男以外に見せる残酷さを。秘めた瞳に浮かぶ冷酷な色を。
そう、それでも胸は痛む。
女だけに許される見事な仮面に己を隠し、それでも彼の旋毛に優しく頬擦りした。
ちらりと、何処かにある筈の監視の目を意識して、跪くカインに上から覆い被さり、その額に接吻を落とす。
自分の黒髪が触れ合いを秘め事の様に隠してくれるだろう。まるで、自分が真新しい玩具に心惹かれたかに見えるよう。
そして返される彼の心からの抱擁に、優しく舞子は応える。
ただ一人、これから彼女が踏み躙り、自分の為に捨ててしまうであろう、その犠牲者に。
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すみません、このヒト、レイクを大人しく待てる女では無いのです…。8/19修正。




