15.豪華な鳥籠
感想で舞子に「ヤンデレメーカー」の称号を戴きました。言い得て妙。ほんまや。_| ̄|○
15.
爆音と共に絶叫が、した。
「その手を──────離せぇッ‼︎」
勢いのまま放したホバーが砂漠に墜落した。
頭上から降ってきたレイクは、怒りに我を忘れようとも正確に略奪者を攻撃する。
辛うじて初撃を躱したリュシオンは、舞子をハイタブと呼ばれる車に押し込んだ。
「貴女の迷いを断ち切って差し上げる」
「ま、待っ‼︎」
返事を待たずに大きく飛び、距離を詰めていたレイクに反撃を開始した。
驚くべき身体能力を持つ二人は、次々に打撃と蹴りを繰り出した。
それはあまりに揺るぎない、素晴らしい動きで。車内の舞子からはまるで速舞いの様にも見えた。
「マイコに何をしようとした⁉︎人種の奴隷がッ」
容赦無く目を狙った攻撃をリュシオンは既に右手を使い、軌道を逸らした。
殺すつもりだと直感した。怒りを突き抜けて激怒している青年は、主人の前にも拘らず、その存在に手を掛け、奪おうとした自分に我を忘れている。
「奴隷はお前だろうっ‼︎」
正確に急所を狙ってくる見事な技量に舌打ちしながら、リュシオンは叫んだ。
「彼女の願いを踏み躙り、あの黄金の鳥を己という矮小で粗末な鳥籠に押し込めているのはレイクラス、貴様ではないかッ‼︎」
「黙れッ───────ッ‼︎」
秘めた罪を突き付けられ、闘志が更に膨れ上がった。それを機にお互いに全存在を掛けた戦いを繰り広げる。
凡そ人体が戦いに発する音とは思えない接触音が空気中を震わせ、最早互いの手数を目で追えない程の応酬に熱さえ発生しそうだ。
だが、それがある意味致命的な隙に繋がった。
絹を裂く様な悲鳴。
振り返ると、ハイタブがトラクタービームで捉えられ、娘ごと持ち上げられていた。
開かぬ扉を必死に叩いて、舞子はレイクの名前を呼んでいた。
『トール・レイクラス。メールより伝言だこちらのフィメールに再び伺候致したくば、タワーに己の脚で出向けと。お前如きには勿体無いお情けだ、心せよ』
リニアバーと呼ばれる大型の垂直電磁機動ヘリに吊り上げられる様に車が収容されていく。
その瞬間、レイクが乗って来たホバーを無理矢理動かし、上手く体当たりを試みたリュシオンが隙を突かれて撃たれた。
落ちる彼を黒い犬種は地を蹴って受け止めると、荷物の様にどさりと地面に落とした。
「レイ…マイコ…は」
「喋るな、死ぬぞ」
自分の声はさぞ冷たいだろうと思ったし、この青年がやがて死ぬのも理解していた。
あの切なく揺れていた彼女の顔がレイクから一切の情を奪っていた。
だが、これが彼女を助けようとしたのは確かだ。死ねば、優しい彼女が泣く事も。
「…いい。それより、『切り札』だ、レイク、ラス」
身体と口元から血を流しながら、リュシオンは指を動かして彼を呼んだ。
「聞け。俺の忠誠は、揺るぎなかった…だから、追放、だけで…俺が…追われたのは、彼等の不興を、被った所為では、ない…」
耳を寄せた彼の耳に伝えられた事実は恐るべき内容だった。
漸く追いついて来たメイ達、幾台ものエアーバイクの爆音が砂漠を支配する。
事切れた美しい青年を抱いたまま、レイクは主人の消えた空の月を見上げた。
☆
セントラル・タワー。通称『タワー』。鉄壁の守りの城塞であり、都市の象徴でもある。
ヒュータイプを頂点とした獣相の少ない犬種が幅を利かせているという、胸糞悪いメタリックな建物。
柔らかそうな拘束具でぐるぐる巻きにされて(これで2回目)、豪奢な一室に運ばれた舞子は身体が沈みそうなソファーに座らせられている。
「機嫌が悪そうだね、とっても」
その執務室らしい部屋の主がクスクス笑いながら向かいに座った。
「君を保護するのは大変だったのに」
ここまで運ばれた外見少女は道中大層暴れたらしく、控えていたジャバウォックの顔は見るも無残に傷だらけだ。
貴人であるフィメールに手荒な事が出来る筈も無い近衛兵は、保護する対象がこうまで暴れるなどとはまるで予想しておらず、即席のそれで動きを封じるしか無かった。
擬態していた『猫』の様に『フー‼︎』と息の荒い彼女だったが、次第に落ち着きを取り戻す。
くるくると表情の変わる、世にも珍しい純血アジア系黒髪のフィメールは、どうやらここで騒ぐのは得策では無いと判断した様だ。どうやら頭は悪くない。
「『保護』とはそれを望む者あっての事だと思っていたのだけれど、いつの間にその意味が変容したのかしらね?」
優しい声音にも関わらず、皮肉げな内容と口調が彼女の隠しきれない不機嫌を物語っている。
「我々は絶滅の憂き目に在る貴重な種だよ?だから誰からも愛され、こうして幾重にも包まれたこの場所で大事にされている。君にもその義務があると思うけど?」
「無いわよ」
優しく説いてあげても、彼女の挑む様な瞳の色は変わらなかった。
「産まれた時からタワーっ子の貴方方と違って、私は今まで何ら恩恵を受けていないの。いわばイレギュラーね。居ても居なくても、盤上に投入されなければ、何ら変化を及ぼすものではないわ。第一『大事にされている』ですって?あたしには貴方がそんな可愛らしい性格には見えませんけど?」
打てば響く、と返ってくる憎まれ口が新鮮で、またヴィンスが笑った。二心の無い笑いは久しぶりだった。
傍に控える親衛隊はハラハラしている。
勿論、変わり者と思いこそすれ、同種である彼女をどうする筈も無かったが、それがヴィンスの性格を識る彼等には分からないらしい。
この美しい客人が彼の不興を買い、何らかの罰を受けるのではないかと案じて今にも駆け寄らんばかりだ。
どうして分からないのだろう、と彼は首を傾げた。
彼女は伝説級の『はぐれ』と呼ばれる存在。大戦後、何処かのシェルターに取り残されたであろう者達の子孫で、壊滅的な物知らずだ。
初めて外界に出て、優しく大事にしてくれた美青年に心を寄せるのは仕方の無い事だと思う。
だから、これからはもっと大勢の僕を与え、大事にしてあげればいいのだ。
そうすれば、彼女の目は簡単に覚める。きっとここが終の住処だと気付くに違いないのに。
ヴィンスは上機嫌を崩さない。最後には彼女が彼に感謝をして、満足するだろうという自信があったから。
「まあ、レイクも招待しているから、のんびり待てばいいんじゃないかな?」
話はそれだけだと指を鳴らすと、一人の青年が待ちきれぬ様に舞子の傍に跪く。
「…フィメール、お苦しくはございませんか?」
茶髪で緑の瞳の彼はラブラドールレトリーバーを思わせた。心底、彼女を案じている。
「鼻が痒いのよ」
つん、と顎を反らして、顔を差し出す。
いきなりの貴人の要求に犬種の青年は「え?あ、あの?」と戸惑い、助けを求める様にヴィンスを見た。
「掻いてあげればいいよ」
クスクスと笑う主人に勇気付けられ、可愛いその鼻をそっと掻くと、
「ヴィンス君、あたしにこのコ────くれないかな?」
居合わせた誰もがその瞬間、羨望に身を妬いた。当の本人でさえ、その幸運が信じられないといった顔をしている。
「だ、そうだよ?カイン、彼女のモノになってあげるかい?」
面白そうな顔をしたメールに青年は慌てて向き直ると、大きく頷いた。
「望外の喜びに外なりません。もし、メールのお許しあらば任を離れ、フィメールのお傍に侍る名誉を賜りたく」
「うわあ、大仰なコト。もう話し無いならさー下がらせてくんないかな。連れてきたんだから、あたしの部屋くらいあるんでしょう?」
ソファーに偉そうに凭れる同族に呆れもせず、微笑ましいとばかりの笑顔でヴィンスは頷いた。
望むものを手に入れた満足そうな青年を背に執務室を出ると、舞子は拘束具ごと抱き抱えた青年に唇を尖らせて抗議した。
「ねえ、カイン君って言ったっけ?君、これ早く外してよ。もう暴れないからさ」
「承りました」
望みは即座に叶えられ、モコモコ簀巻きから解放された舞子はコキコキと身体を鳴らした。
穏やかで理知的な光を湛えた端整な顔が、心配そうにそれを見守る。
彼女の身体に拘束の痣の一つも有りはしないかと。そう、ヴィンスの親衛隊だけには大まかな『事情』を知らせられている。だから、
「フィメール。皆、貴女様の御来訪を心より喜んでおります。ですから、どうかお気を安らかに一時でも長くお留まりあそばされますよう。我ら一同、伏して願います」
彼女の前に跪き、深く頭を垂れた。
.
…早々に一人のヤンデレ片付いたのですが、直ぐに次が。8/19修正。




