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14.あなたで無ければ

すみません、この所謝ってばかりですが…更新が3日置き位に…。出来るだけお待たせしない様に頑張ります。

14.



 ずい、と顔を近づける。不敵な顔を心掛けて、目を見開くと彼を見据えた。


「ヒュータイプは他者を踏みにじれば偉いの?それは果たして誇り高いと言えるのかしら?─────あたしには到底そうは思えないけど」

 くるりと与えられた白いコートの裾を翻して背中を向ける。

「あの時、貴方が答えてくれた言葉は私がヒュータイプだったから、なの?」

 彼はゆっくり首を横に振った。

「いえ、あの時は不覚にも分かりませんでした」

 あたしは多分、満足げに微笑っていたんだろう。

 何がもどかしいのか、彼はあたしを見て、美しい顔を伏せて切ない色を足した。

「何故、貴女様は貴き方と存じ上げていない『時』の私を喜ばれるのか。…今も貴女の足下に平伏し、全てを捧げたくて仕方がない程に崇めているというのに」

「あー、あたしが騙されてたり、ぞんざいに扱われているくらいに思って、連れ出してくれたつもりなんだったんだね。…まあ、君ならそう思うだろうね」


 美しい月が出ていた。

 舞子は風に大分乾いた黒髪を踊らせて、砂漠の中で空を仰いだ。


「違うよ。騙しているのはあたしの方だ」


 切ない表情は憂いを帯びて、少女の顔に大人の女を滲ませる。


「誰にもヒュータイプだと、知られたく…ない」


 その震える声に突き動かされて、彼女の指先をそっとリュシオンは捉まえた。

 そのままそのしなやかな肢体を折って跪く。

「フィメール、何故?」

 彼女の獣相の一片も無い美しい面に浮かぶのは皮肉げな微笑み。


 それは彼に?────それとも?


「あたしなど関係ないんでしょう?その『フィメール』という称号の前には」


 訝しげに寄せられる、彼のその秀麗な眉。人への絶対の忠誠の証がその瞳に浮かんでいる。


「分かってる。人種で無ければ、あたしなんかにレイクが囚われる事は無かった。

 知ってる。充分に。…でも、あたしは価値なんか無くても、綺麗なんかじゃ無くても『あたしだから』、好きになって欲しい」


 せめて、あの子達くらいには。

 これから出会う人くらいには。

 彼は、もう間に合わないけど。


「貴女様だから…?」

「そう。忠誠より、愛情なの」

 琥珀が月光にきらりと、輝く。白いコートがただ風に翻って。

「レイクラスはしもべでしょう?不遜にも、貴女をただ一人のあるじと仰ぐ」

「そうよ」

「そうして、貴女様は彼一人だけを僕とされた‼︎」

 ひた、と見据えられた瞳に鷹揚に頷く。

 ──────「ええ」

「それは、断じて愛などではございません!」


 訴えに応じた哀しい微笑みがリュシオンを貫いた。




「そんなコト、知ってる」




 砂塵が僅かに舞い上がる。

 一枚の女神絵の如く、青年の心にそれは鮮やかに焼き付く。


「あたしが好き、なんじゃない。ヒュータイプだから、好き。

 あたしを好きなんじゃない。彼を好きなフィメールだから、好き。

 だからこそ…彼はあたしが執着すれば、あたし一人のもの。きっと、禁じられたものは蜜の味がするから。溺れてくれるでしょう。深く、深く─────愛とは違う気持ちで、あたしの心を千々に引き裂きながら。……それでも、ずっと傍に」



 黒髪のフィメール。こんなに美しいのに。

 ただ一人の獣種を望んで。


「何故…。そんなつれない男のみを望むと仰せになるか…。貴女様の傍には望んで御前に平伏す幾万の民がおりましょう。

 それこそ、高貴な御素性をお隠しになられたとて、その微笑み一つの為に心を捧げる若者など、幾らでも」


 ただの娘とした処で充分彼女は遜色ない。

 暖かい陶器の様な滑らかな肌は柔らかく、黒い射干玉ぬばたまの髪に象られた面に光る黒い瞳は琥珀に守られて、震える程に美しい。

 小さな唇は艶々と輝き、絶妙なバランスを保って誰かの接吻キスを待っている。

 たおやかなその姿は誰かの腕の中にこそ在るべきなのだろう。


「買い被らないで……いいの、分かっているから」


 リュシオンは心を尽くした言葉を世辞と取られて更に言葉を募ろうとする。

『フィメールだから』─────彼女が、そう頑なに思い込んでいる、自分の思いがそう取られる(・・・・)のが何故だか我慢ならなかった。


「あたしを砂漠で見つけたのはあの人だった。

 一人ぼっちで心細かったあたしの所に駆けてきて、真摯にあたしを案じるあの人に恋をしたの。…あたしね、初めからこんなじゃなかった、の。ほら」


 小さな、小さな再生痕。余程職人が気を配ったのだろう。気を付けねば分からぬ程のそれを、彼女は見せてくれる。耳の後ろの若返りの証。


「今なら誰かが愛してくれるでしょう。でも、それはあの人じゃ、ない」


 馬鹿な。ヒュータイプの完全体といえば、どんな獣種も虫種も見捨てはしない。

 自らの命を掛けて救うに決まっている。

 それが、誰だって同じ事だった筈だ。


 それはレイクラスの途轍も無い『幸運』。


「貴女を見出したのが…この私で、あったなら……」


 この女性ひとに愛されていたのは自分だったかもしれない。

 だが、そんな想いを否定するかの如く、女神は優美な首を振った。

「いいえ、レイクは『あたし』がいいんですって。キャサリンより、ヴィンスさんより、他所のどんなヒュータイプより」

 幸せそうに微笑んで、この指をぎゅっ、と握って立たせる。

 それによって長身の美青年は、見上げてくる小さな支配者を見る。

 ただ一人の男の為に、その全ての権利を放棄した。可愛い、たった一人の奇跡の女。


「貴女を知れば、誰もが欲しがる。そう、奴は言いませんでしたか?」


 自分が発したとは思えない、感情の音のない声。


「言ったわねぇ」


 くすくすと小さく微笑う、彼女を心から愛しいと…欲しいと切望する。

 御前に侍る一人になりたい、そう思っていた。

 レイクラスでいいのなら、自分でもいいのでは、あわよくば成り代われるのではないかと。

 ただ一人の従者を彼女が欲するのなら、自分がこの貴人をただ一人の主として仰ごうと。


 だが、『これは』違う。知れば必ず、欲しくなる。


「貴女は獣種を蔑まれない。対等に接し、友愛を示し、その柔らかな手を繋ぐ。

 フィメールと知れば、尚更だ。レイクラスが特別なんじゃない。貴女が───貴女こそが特別なんだ」

「そうでしょうね。でも、もう遅い。あたしはレイクを愛したの」

「奴が貴女を愛さなくとも?」


 はらり、と透明な雫が落ちた。きらきらと頬を伝う、それでも美しい微笑み。




「──────私も、貴女がいい」




 ブルーグレーの瞳に執着が生まれた。

 ただ一人を恋い慕う、恋情が。


「…なに、言って…」

「フィメールだから、じゃありません。あの時、貴女唯一人が誰からも見捨てられていた俺を案じてくれた…あの瞬間から」

 優しく引き寄せた。驚いた彼女が逞しい腕の中に収まる。

「今、漸く、自分がこんな狼藉を働いた理由わけが分かりました。私は貴女が、本当に欲しかったんですね」


 彼女は、唯一人の人種ヒュータイプ

 だからこそ、自分自身を欲しがられる事に弱い。殊に美しく、強い異性に。

 それをリュシオンは見抜いていた。


「ち、違う、君はあたしが、ヒュータイプだから……」


 その言葉を覆い被さる様にして唇で塞いだ。

 歯列を割って侵入すると、舌を絡ませて抵抗を削る。


「崇めていたら、こんな真似は死んでも出来ない」


 唾液の一滴すら優しく奪う、その接吻はレイクにとても似ていて。

「あたしは、レイクが……!」

 泣きじゃくりながら、力無く藻掻く彼女に思い知らせる。永遠など無いのだと。

 貴女の強い願いと想いは、彼に返される愛無くば、これほど脆いものなのだと。


「御尊名をお聞きしても良いだろうか?」

 耳元で低く、囁く。愛しい女を落とす様に。

「……舞子。深水舞子…だよ」

 ぴくり、ぴくりと可愛い反応を返す、その柔らかな身体に微かに欲望の生まれる匂いがした。

「マイコ。それでは俺が貴女を愛そう」

 指で頬のラインを辿り、リュシオンは彼女の涙を拭うと誓いを口にした。

「俺は美しいだろう?少なくともレイクラスと比べても見劣りはしない筈だが?」

 鼻持ちならない台詞な筈なのに、犬種の青年はさらりとそれを口にした。

 彼は親衛隊のフィメール担当まで登り詰めた男だ。単に事実を言っているに過ぎない。


『いい男じゃないの』────自分の過去の言葉が脳裏に蘇る。赤面がそれを認めていた。


「能力も力も、不足とあれば身に付けよう。貴女を守る為の全てを。

 ああ、この…込み上げる想いは……欲しい。

 貴女の全てが欲しいと、今、心から思う」


 白い額に頬を寄せて、包み込む様に抱き締める。


「マイコ、貴女はまるで麻薬だ。

 遺伝子の禁忌を乗り越えて、俺は貴女のとりこになった。

 もはやこの蕩けた頭の何処を探そうと、貴女以外の女は現れるものか。他のヒュータイプなど問題にならない。寧ろ、…邪魔だ」


 うっとりと、心を揺さぶられる恐怖に舞子はたじろいだ。


「不思議な感じだな。あのフィメールに仕える事が俺の今までの人生の全てで。

 ヒュータイプは俺の神だったのに、どうにももう思い出せない。

 あんなに空虚だった心が長き眠りから覚めた様な爽快さだ。─────貴女をこんなにも愛しているよ、マイコ」


 悪魔の様に獰猛に微笑んで、魅力を全開にしながら、リュシオンは怯える舞子を追撃する。


「譬えあの二人であろうと、貴女を俺から奪いに来るのであれば、討ち滅ぼそう」

 速い鼓動と熱い肢体が、愛しいと抱く腕から、髪に差し込まれる指先から、

 愛故に生まれる欲望を嗅ぎ取って、女である舞子は目眩がする。



「俺を、望んでくれ……レイクラスでは無く、このリュシオンを」

.




8/19修正。

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