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11.二百年の孤独

大体落ち着いたと思うので、更新を緩めます。

二日に一話ぐらいになるかと。宜しくお願いしますね。

11.




 そこは街の中心である筈だった。

 なのに、この途方も無い大きさの大木は何なのであろう。ここに来る度にレイクはそう思う。

 しかも、大木は遥か上空に浮かぶ衛星からの写真に写る事は決して無いし、建物の上から乗り込もうとしても、やはり辿り着けない。


 地上のある道筋を知っている者のみが『彼』に会う事が出来る。

 但し、彼が望めば、の話ではある。

 そうでなければその限りでは無い。

 幾つもの角と何人もの仲介を経て。そうして、この“家”が現れる。

 慣れた手つきで縄梯子に手を掛けて登るが、大木の根元に眠りコケる門番はピクリともしなかった。許されている証であった。


「ラターライ老、レイクラスだ。どちらにおいでか?」


 おーう、と太い枝の方から声が帰ってきた。

 木の上にある粗末な小屋のむしろを上げてみると、老人が釣り糸を垂れていた。どうやら鳥を釣っていたらしい。

「久しいの、養い子。ついでにそこのヤカンを持って来や」

 言われた通りにレイクはヤカンとついでに湯呑みも器用に持つと、危なげも無い足取りで彼の傍に腰を下ろした。

 渡すと、彼はまずレイクの分を湯呑みに注ぎ。自らは直接口を付けて喉を潤す。

「手配犯とは出世したな、レイク。爺ちゃんは嬉しいぞよ」

「貴方は俺が子供の頃から既に“爺ちゃん”でしたが、何歳になられました?」

 顔色一つ変えずにボケをかます街の支配者に、これまた冷淡に美青年が応じる。

「まったく…年長を敬う心根は相も変わらず欠片も見当たらんな。連れは麗しい限りであらせられると云うのに、仕える者がコレだけとはのぅ。何ともお労しい」

 ぐっ、と横で詰まる雰囲気。既に素性が露呈している事は想定内だったが、痛い所を突かれたらしい。

「滞在なら、好きにするが宜しい。じゃが、セイラム様は知恵が回る。しかも不穏なお方じゃ…それは分かっておろうな?」

 釣り糸に掛かった鳥を引き上げ、籠に入れながら老人は淡々と言った。

「無論だ。是非も無い。俺は彼女を連れて違う都市に逃れます。滞在は三日」

 金に光る瞳が眼光を増して、かつての養い子に一瞥をくれた。

「逃げるか?お主らに安住の地など何処にもあるまいて」

「それでも。それが彼女の望みなら」

 老人は皺の中の微笑みを深くして問うた。既に一連の事件は彼の耳に届いている。


「はてさて、“マイコ”様の望みとは如何なるものぞ?」

「────────俺だ」

 老人は笑みを些かも壊さず、「ほお」と繋いだ。

 レイクの頬に朱が差した。

「……本当だ。あの人は俺が欲しい、と言った。他は要らないと。だから…」

「だから、奪われる前に逃げるかよ」

 何事も無かった様にラターライはそう言った。


 レイクは片親は暦とした血統書付きだった。

 よくある話で、野良の母親と駆け落ちをして、ここまで逃れて来たのだ。

 そうして、仕事中に死んだ。その跡を今は青年レイクが引き継いでいる。

 両親は“草”として長年この老人に仕えてきた。

 都市に潜り、状況に応じて情報を探り出す。結果、レイクか成長するまで育てたのもライ老だ。


「そうしてどうする。奪われる恐怖に籠に閉じ込めるか?声を潰すか?……一時ひとときも目を離さず、心ごと犯すか。───────どれも出来はすまいて」

 釣った鳥を入れた鳥籠を投げて寄越す。青年の表情が凍った。

 父親は家の都合で役目を辞するまで、その都市のタワー務めだった。

 稀に近くフィメールとも接する機会があり、妻子にも熱くその事を語っていた節があった。

 そのフィメールは若返りで身体こそ老いてはいなかったが、実年齢はかなりの老齢だったらしく、周りの手を借りずには動くのもままならず、その為比較的気性も穏やかで有られたと云う。


 その話を夢見がちな少年が憧れを以って聞かされ、育った。

 自分の書斎に紛れ込んできたヒュータイプのお伽話。

 レイクはそれを老人に強請った。

 これをくれ、と半泣きでせがまれた時、これは危うい、と思った。

 だが、同時に直ぐに現実を知るとも分かっていた。


 お姫様が市井の若者に恋をする。忠義を尽くす、自らに仕える騎士に心から優しく接する。

 そんな事は『絶対に』有り得ない。

 だから両親の不在による寂しさを埋める様にヒュータイプに想いを募らせる彼に、真実は伝えなかった。

 採用試験に受かり、研修が終わるのも待たずに出資を辞した彼を老人は優しく迎えた。

 真実を初めてきちんと語り、諦めのつかぬ様子の彼を『仕事』に出したのも自分。

 他の都市に潜らせ、『例外は無い』事をその目で確かめればよい、と。

 帰ってくる度、青年は寡黙に、頑なになっていった。それも仕方あるまいと。


「ライ老、貴方ならどうする?─────奇跡がその手に落ちてきたら」


 レイクが切ない表情で握った拳をそっと開いた。

「あの人は微笑んで俺に『おはよう』『おやすみ』と挨拶をする。料理を手伝おうとしてくるわ、進んで掃除をしようと拭き布の在り処を聞いてくる。そして、こちらが着替えを手伝おうとすれば、真っ赤になって追い出される」

 一つ一つを宝物の様な思い出として、擦り切れる程思い出す。

「獣種だと、誰を蔑む事すらあの人の脳裏には無いんだ。平気でこの手を繋いで、唇に触れて、この心を絶対の鎖で繋いだ。だが、それすら彼女は知らない」

 鳥籠の鳥は食われる事など思いもしない。ただ、こんな狭い所にいる自分に不思議そうに首を傾げるだけだ。

「じゃが、お主のそれは思慕であっても恋情では無い。その様な御仁を忠誠では支えきれぬ。到底信じられぬ話じゃが、真実としたならば二つの道は永遠に交わる事が無かろう」

 籠が手を滑り、地に落ちた。鳥はおそらく中で死んでいる。逃げる事も叶わず。


 レイクの崩さぬ表情が大きく歪んだ。

「だが、…いや駄目だッ‼︎手放せない、俺からはとても、無理だ……」

 あの笑顔を誰かと共有するなど、甘い身体を他の手に任せるなど、考えたくも無かった。

 今までだって彼女が誰かに言葉を掛けて、自分を見ない時に感じるそれは尋常なものでは無く。

 子供達にすら嫉妬を覚え、顔に表さないだけで精一杯だというのに。

「まだ遅くは無い、レイク。マイコ様はこの儂に預けよ。お主が望むなら、傍近く仕えられるよう手を尽くそう。誓って悪いようにはせぬ。のう、考え直さぬか」

 これが二代、三代とヒュータイプの御世を見届けてきた、化け物じみたこの老人の真実、心からの温情と分かっている。

 そう、青年には分かり過ぎる程、分かっていた。

「永遠に逃げ続けるなど、叶う筈も無いのじゃぞ」

「それでも」

 即答に老人は弱り切る。レイクは失った夢を見つけてしまった。

 だが、その夢はとても危険なもので。知れば、容易く他人の夢にも成り代わる。

 それはこの次第を報告した者を見れば明らかだった。

 老人の信頼厚い彼は、役目ゆえ決して口外はすまい。

 だがその際、驚愕と羨望に両手の震えを迎える事が出来ぬ始末。

 妻子無く、養い子程の実力を秘めていさえすれば、あるいは彼に挑んでいたやもと思う。

 そう、彼が類い稀な能力を持っているのも問題だ。

 守り抜けぬとは一概に言い切れないその判断力に決定的に諦めをつけさせる事が出来ない。

 だが、貴人の彼に抱く想いは『恋』だという。一時の気の迷いなら…いや、もしそうでもこの男が決して放すまい。


「主殿は、気が狂うぞ」

「それでもッ‼︎──────望まれるなら、恋を装おう。たとえ見抜かれてもこの想い、恋など比べものにならない程、強いこの想いで俺はマイコを求めるだろう。もし、浅ましいこの欲で彼女を滅ぼしたとしても」

 小さく震えているのは泣いているのか、いや自らを嘲笑っているのか……


「─────死ぬまで、壊れた彼女を抱き続ける」


 ラターライ老は暫く養い子の様を目を逸らさずに見た。そうして、徐に彼に何かを被る。

 反射的に受け取った『それ』は。

「ニグドラル鉱二百g……?」

 この鉱石は新しく発見された珍種で僅かな量でエレメント系の耐久率をほぼ永遠に近いものにするという優れものだ。

 しかし、採れる地層と地域が特殊である為、殆ど採取出来ず、市場にも出回らない。鉱石に非ず輝石と認識される貴重品だ。換金すれば、捨て値で売っても十gで親子三人なら余裕で一年は暮らせる。鉱石故、闇にも流せ、持ち歩くにはうってつけのモノであった。

「世界を敵に回すなら、あって邪魔になるもんでもあるまいて」

 大きく嘆息して、老人は再び釣り糸を垂れた。

「─────この俺を殺さないのですか?」

「殺してどうにかなるもんなら、そうしとるわい。…じゃが、マイコ様は死ぬ程悲しまれるのじゃろう?既に若返りを受け、お主より十年は先を生きておいでなのに、まるで少女の様な一途な恋じゃ。儂は徒らに奇跡のヒュータイプを傷付けたくはない」

 養い子を慈しむ老人の目に、二百年の孤独が過った。

「儂も獣種じゃぞ?」

 その瞳に何を見たのか。

「御恩は生涯、忘れません」

 深く一礼して、青年は踵を返した。もう、おそらく二度と会えない。


 その姿が消えて、街の怪物は歳に似合った声で呟く。

「願わくば、幸せに」


.
























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