表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

10.ハマーの台所での乱闘

お気づきでしょうが、チビリーダーズもヤンデレ予備群です。群です、群。

10.



 ぐふ。伏した舞子が呻くと、リュシオンは今度こそ酔いが覚めた様子で、衝撃に呼吸の出来ない彼女を俯せにして背中にマッサージを施す。

 やがて、『はぁ』と吐息が漏れた。


「済まない。咄嗟に幾ばくかは重量を逃したが、きつかったろう。…痛いか?」

 少し涙目で頷くと、彼は辺りの騒ぎなど気にも止めず、熱心に舞子の身体のあちこちを押して確認する。

「よかった、何処も骨折はしていない。打ち身だけだ。暫く動くな」

 青年がそう安心させる様に言うのと同時に、その首に巨大なナイフが突き付けられる。


 メイだ。その目が怒りに燃えている。


「リュシオン、あんたがこの騒ぎの大本だって分かってる?分かってるなら、そこどいてくれないかな?じゃないと、メイが殺す前に俺が殺すよ?」

 ハンクが底光りのする視線で彼を一瞥すると、シンが捌き切れなかった酔漢を見もせずに一撃でシバいた。

 リンダはハマーと一緒に暴れている男達を店から次々に放り出す。

「全員、店の修理費だ‼︎財布を置いて行け!」とか言われてる。

 そうこうする内に、どうやらこうやらあたしは声が出る状態までに復活した。

「ダメ。…駄目よメイ、ハンク。…大丈夫、あたしは大丈夫だから…ね?ほらッ…」

 こちらが身体を起こそうとするのを察した青年が、その美しい顔を曇らせ、あたしを受け止めて支えた。凍える様な二人の視線にも全く頓着しない。

「…っん、まあ、こんな事も、あるわよ…っ」

「まだ起きない方がいい。脳震盪を起こしても不思議は無かったんだぞ?」

 メイが心配そうに覗き込んでくる。辺りを見回せば漸く事態も収拾したらしい。


「何故、俺の様な男を庇ってくれる。子供達が言う様に俺があんたを巻き込んだのに」

 何処か途方に暮れた感じの青年の声は、さっきまでの冷静沈着な男とも、その前の抜き身の刃みたいな自暴自棄の酔っ払いとも違う雰囲気を漂わせている。


「…お酒の匂いさえしなかったら、いい男じゃないの」

 倒れた水差しに残っていた水でハンカチを濡らすと、あたしは僅かに切れていた血の滲む彼の額をそっと拭いた。

「勿体無いわね、自棄になってなきゃあ最高なのに」

「……からかっているのか?」

 照れを隠して不機嫌そうに言う彼に、あたしはニコッと微笑って。

「いいえ。さっきぶつかった時、誰かに殴られるのを覚悟であたしを優先したんでしょ?

 ふふ、あたしに好きな男が居なかったら惚れていたかも…」

「………」

「こんな事、フィメールじゃなきゃ言われて、迷惑かしら?」

 とんでもない事を済まして言い出した舞子に、四人がそれぞれ集って二人を引き離す。

 リンダとシンに両脇を抱えられ、スカートを絞ってハンクが揃えた脚を持った所でメイがリュシオンに蹴りを入れていた。


 その蹴りを難なく片手で受け止めて、

「───────迷惑じゃ、ない…」

 呟く様な声が、した。

 続いて何かが倒れる音。今度こそメイの怒りの鉄拳が当たったらしい。

「おーう、リュシオン〜店がこんな有様だからよーもう、閉めるぜェ」

 ハマーは引っ繰り返った美青年の傍にしゃがみ込んで、髭だらけの顎を撫でた。


「……あれは、誰だ?……」

 舞子のハンカチを握り締め、リュシオンはそっと目を閉じる。微かに彼女の匂いがした。

「うん?知り合いの大事な女らしいンだがな、詳しくは知らねぇ。だがよ、ガキ共が纏わり付くだけあって、いいコト言ってくれるぜ。

 オメーもあんなに可愛いニャンコにあそこまで言われたら、腑抜けてなんざいられねぇだろ、色男。ん?」


 起きれる様になったら勝手に帰れや、と後ろ手に店主が手を振る。それに軽く応じて。


『お酒の匂いさえしなかったら、いい男じゃないの』


 明かりの消えた店内の床に一人、転がったまま……


『ふふ、あたしに好きな男が居なかったら惚れていたかも…』


 誰も、

 誰一人、俺を気遣う者など居なかった。寧ろ、妬みの裏返しの嘲りで“ざまあみろ”と罵られて。自分でもどうなっても構わないと思っていたから野良犬街こんなところまで来た。

 堕ちる所まで、とかそんな事すら思い付きもしなかった。

 ただ、現実から逃げたくて、こうして限界まで呑むか、意識すら飛ぶ程鍛錬をするかの毎日だった。その全てが色の無い世界で。


 突然、黒く長い髪が舞って、クリーム色の面に暖かい色の赤い花が咲いていた。

 柔らかな重みが芳しい汗の匂いを伴って腕の中に息づく。

 涙に濡れた瞳は美しい琥珀に守られた黒曜の宝玉。彼女のそのしなやかな手が優しく、額の血を拭ってくれた。


 彼女の好きな男とは何者だろう。

 ハマーは知り合いの大事な女、だと言っていた。

 あの娘に抱かれ、あの手を首に巻き付かせ、その腕に囲う幸運な男とは。

 リュシオンの両の瞳に光が灯った。

 よろり、と身体を起こすと店を出る。


 まずは酒をすっかり抜かなければ…嫌われる。

 青年は冷たいシャワーを求めてねぐらに帰った。


.









そして、新しいヤンデレ登場。

お読み戴きありがとうございます。8/19修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ