猫と少女の一年
僕は猫だ。
名前は白、飼い主が付けてくれた。
猫はご飯をくれる人になら誰にでも愛想を振りまくなんて言われてるけど猫だって人の好き嫌いくらいする。
僕は飼い主である彼女が好きだ。
今は彼女と二人で小さなアパートで暮らしている。
彼女が出掛けていってやることも無いので外を眺めると雪が降っていた。
普段はわりと何も考えずに生活しているが、雪を見て昔の事を思い出す。
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...一年前の雪の降る日に、僕は彼女に拾われた。
拾われる前の事はよく覚えていない。
彼女は悴んだ冷たい指先で僕をすくい上げ、暖かい胸に抱き抱えた。
それから僕は彼女に飼われている。
冬が過ぎて春が来ると小さなアパートへと彼女と一緒に引越した。
今までは彼女の家族と一緒に暮らして居たがどうやらこれからはここで彼女と二人で暮らすらしい。
彼女は今までと同じように僕を撫でながら
「行ってくるね、白。」
と言うと、今までとは違うスーツとか言う服を身に纏い、今までよりも長い時間外へ出掛けるようになった。
仕事とやらに行っているらしい。
彼女が外で何をやっているかは知らないが、帰ってきた時の様子から遊んでいる訳では無いことは猫なりに考えて分かった。
そうこうしているうちに夏がやってくる。
スーツ姿は見慣れてきたが、彼女はより帰って来る時間が遅くなり、しんどそうな顔をするようになっていた。
どうやら仕事が上手くいってないらしい。
たまに僕に愚痴を漏らしているが、僕はよく分からないのでたまに「にゃー」と返事をしたりなんかしながら聞いている。
それでもよく分からないなりに彼女が辛い事は分かっていたので、できるだけ彼女に寄り添って話を聞いたりした。
猫だって気を使ったりくらいする。
秋になったある日、彼女の家族が訪ねてきた。
「仕事は順調か?」
なんて聞かれて
「うん、うまくいってるよ。」
と答える彼女に同情した。
夜になって家族が帰ると彼女は泣いた。
電気も着けずに薄暗い部屋の中、僕を抱き締めながら泣いた。
あんまり抱かれるのは好きじゃないけど、その日ばかりは大人しく抱かれた。
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そんなふうに昔を思い返してたらいつの間にか夜になっていたらしい。
「ただいまー。」
と言う彼女の声がドアの開く音とともに聞こえ、彼女が僕の元へやってくる。
今日も疲れただとかなんだとか僕に愚痴を漏らしてはいるが、前の様な曇った表情では無く、愚痴を言っているのにちょっと嬉しそうなくらいだ。
彼女が変わったのは、ちょっとした、彼女の勇気ある決断のおかげだ。
最近彼女は仕事を辞めた。
新しくやりたい事を見つけたらしい。
最初は両親も驚いていたし反対はされたものの、仕事が上手くいってないことに勘づいていたからか、今は渋々ながらも見守ってくれている。
彼女は今、アルバイトをしながら資格を取る為に勉強をしている。
朝から晩まで働き、夜は寝る間も惜しんで勉強をする彼女は、仕事をしていた時と同じくらい忙しそうだが、それでもやりたい事に向かって努力している彼女の目は輝いている。
たまに泣いたり愚痴ったりもするけど、好きなことに向かって努力する。
僕は、そんな今の彼女が大好きだ。
これから壁にぶつかる事もあるだろうし、辛いこともあるだろう。
でもきっと彼女なら乗り越えて行ける。
やりたい事を見つけた彼女ならね。
今日は猫なのにらしくもない考え事ばかりしてしまったな。
そんな事を思いながら今日も彼女と一緒にベッドに入る。
いつも聞く彼女の言葉を聞きながら眠りにつくこの瞬間が一番幸せだ。
「おやすみ、白。」