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クロウの剣  作者: 山と名で四股
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6話「小さな戦い」

「沖に船が見えたよ」


 仲間の中で一番目の良いミュアが沖から近づく補給船を発見したようだ。他の獣人達も沖に目をやるがまだ姿は見えない。


「準備は?」


「問題」「ない」


 仲間の準備も問題ないようだ。


 海岸沿いに船影が見えるようになると船上で警戒している兵士が岸の周囲をうかがう。だが、森の中にフローレンス皇国軍の旗を見つけると安心したのか船を岸に寄せ始めた。

 皇国兵の鎧を着た者が補給船を迎え入れるように岸に姿を現すとすべての船が岸に乗り上げ、ただちに補給物資を下ろす準備を始めた。


 だが、最初の荷が下ろされる瞬間。荷卸しする兵士の首が飛んだ。


「て、敵だ! 獣人だぞ!」


 慌てて船に乗る兵士が大声をあげるが、皇国軍に偽装した獣人達が次々と剣を手に兵士や船員に襲い掛かる。船には満足に戦えるだけの兵士は乗船しておらず、ひとたび船に乗り込まれるとそこに逃げ場はない。味方の旗を確認し、味方の鎧を着ていた少数の兵士を見て完全に仲間と信じ込んだ皇国兵の失敗だ。


「急げ! 海に逃がすな」


 クロウは、指示を飛ばしながら自らも船に飛び乗った。船の上はすでに大混乱となっている。


「アクセル!」


 強化魔法で素早さを高め、船を岸から離そうと試みる男の両手を切り飛ばし、船が岸から離れるのを止める。船内では、ロドスやダルカスもすでに戦闘に入っていた。ロドスは短刀を使い手数で、ダルカスは膂力で次々と相手を蹴散らしていく。贄の剣で新たに作られた2人の腕は、もともとあった腕の数倍の力を発揮している。特にダルカスが担ぐように持つ大剣は、30kgはあろうかと言うとんでもない代物だが、ダルカスはその大剣を軽々と振り回し一振りする度に数人の皇国兵士をなぎ倒していく。


「クロウ! 2人が海に逃げたよ」


 ミュアが指さす方向を見ると船から飛び降り、泳いで逃げる船員の姿がクロウの目に入る。


「まだ、こちらの事を知られるわけにはいかないからな」


「スタンアロー!」


 クロウが詠唱した魔法は、雷の矢。狙い通り飛来した雷が泳いで逃げる男達の背に当たるとまるで小さな雷に打たれたようにびくんと跳ね、船員の男達はそのまま海に沈んでいった。


「一人も逃すな」


 再び船内をくまなく歩きまわり、逃げ惑う兵士や船員を切り捨てていく。余裕があれば手足を落としてから絶望する首を刎ね、贄の剣に力を蓄える事も忘れない。


 クロウ達は、襲撃からわずかの時間で船内外にいる兵士や船員を全滅させると船からいくつかの荷を運びだし、残りは船ごと火をかけた。クロウの仲間たちは事前に示し合わせたようにテキパキと動く。襲撃から火を放つまでに要した時間はほんのわずかだった。


「急げ皇国軍くるぞ。はやく撤収するんだ」


 運び出した荷を少しずつわけて背負いクロウ達は足早に岸を後にした。




------------------------------




 ドン!


 激しく机をたたくと机の上にあった地図上の駒が床に転がり落ちる。


 伝令兵の報告を聞いたハンスは、ぎりぎりと歯噛みし、その悔しさをぶつける。報告に現れた伝令兵もハンスの怒りに次の言葉を飲み込んだ。


「海路を使った補給が失敗だったと?」


「は、はい。ルッテン将軍からの報告では、海岸沿いで補給物資ごと火にかけられた補給船を発見したとのことです。兵士及び船員はことごとく惨殺され生存者はいないとのことです。また、遠征軍の補給物資を計算したところこれ以上の遠征は、皇国軍全滅の可能性もあるため、無念ではありますが遠征軍はこれより撤退を開始するとのことです」


 間もなく悲願達成と言うところまで進んだ計画が、わずか3度の襲撃で断念することになる。苦労して手に入れた地も皇国軍が撤退すれば再びエルフたちに制圧され振り出しにもどる事になるだろう。


 戦果らしい戦果も得られず、いたずらに兵士や物資を減らしただけとなった今回の遠征を皇王にどう報告すれば良いのかとハンスは思い悩む。


「それで補給船を襲った相手は相変わらずわからないのですか?」


「はい。生存者がいないため目撃情報もなく相手の姿はいまだつかめません…」


「いったい誰が?」


 伝令兵は答えられず下を向く。現状、皇国軍と戦争状態にあるのはエルフ国だが、エルフが襲撃してきた事などこれまで1度もなかった。ただ、砦や街に籠って矢や魔法を射かけてくるだけの種族だと考えていた。では、他に皇国に弓ひくものがいるのだろうか。補給部隊の荷車が発見された場所に王国兵の死体が発見されている事から可能性として王国軍が、秘密裏に皇国の邪魔をしている可能性も捨てきれない。だが、これほど用意周到な手並みを見せる相手がわざわざ仲間の死体を放置するとは到底考えられない。


「目的は? それよりもどうやって?」


 補給部隊を襲う以上、目的は皇国軍の撤退と考えるのが妥当だろう。単純な物資を狙う賊であれば、わざわざ兵士が守る部隊を狙う必要はないはずだ。だが、補給部隊と言っても2個小隊の兵士が守る補給部隊を1人のこらず殲滅することが簡単にできるのだろうか。もし、自分がその襲撃を起案するならば、200人もの兵士で守られた部隊を襲うのに何名の兵士を連れていくだろう。ただ勝利するだけなら同数以上の兵士を用意して奇襲すれば可能かもしれないが、一方的に一人も逃がさず勝利するとなればその数倍の兵士を用意し包囲殲滅しなくてはならない。

 しかもいつどこを通過するかもわからない補給部隊を的確に襲撃することも海路を使って補給する事を事前に察知し待ち伏せる言う事も簡単なことではない。


「どちらにしてもこのことは皇国にとって非常に大きな問題です。ルッテン将軍が戻り次第、皇国内および周辺をくまなく調査します。フリーデン王国との国境沿いの警備を強化し侵入者がないよう警備の者にも指示してください」


 指示を受けた兵士が部屋を退室する。


「相手が誰であれ、このままではいきませんよ」

 

 数年がかりで準備した壮大な計画を潰されたハンスの怒りは決して小さくない。





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「見ろよ皇国軍が撤退していくぞ」


 ロドスが丘からはるか先を撤退していく皇国軍を見ながら勝利を確認する


「ほんとにクロウが言ったとおりになったね」


 ミュアが石に腰かけ両手を顎にかけながら感心するように答える。


「なぜ、クロウは、あの場所に船が来るとわかったんだ?」


「皇国に潜入した時に街の中を流れる川で船を使って荷物を運ぶ者が多くいたからな。外海に面した国だけあって船の輸送は得意なようだった。あとは、北部で船を寄せられそうな岸があそこしかなかったからだな」


「そんな事で、場所まで予測できるのか?」


「時間や場所については、敵の伝令兵を捕まえて聞いたからだな。そうでもしなければさすがに日時まではわからない」


「それにしても俺達だけで皇国軍を撤退させるとクロウが言った時には、どうなるかと思ったけどな。俺はてっきり正面から戦うものだと思ったぞ」


 ロドスが感心しながら言うが


「さすがに50人で2個大隊に挑むわけにはいかないだろ」


「いや、クロウなら何とかしちまうんじゃないかと」


 クロウもロドスの提案に呆れるが


「でも、これでエルフの国もとりあえず危機を脱しただろう」


「ああ。助かった。祖国に変わり礼を言わせてもらう」


 華奢な身体に長い耳を持つエルフ族の男、ラムセルがクロウに頭をさげる


「気にするな勝手にやったことだ」


 およそ50名ほどの獣人を中心とした仲間たちがクロウを囲み談笑する。皆、何かしらの縁があってクロウの仲間になった者達だが、その種族も性格もバラバラだ。だが、共通しているのは、人族に何かを奪われた者達である事だ。

 

「皇国軍本体が皇国に戻る以上、この辺も調査されるだろう。そろそろ撤退するぞ」


「拠点に戻るのか?」


「ああ。拠点に物資を運び込む。その後は情報収集してから次の方針を決めるつもりだ」


「エルフリードには行かないのか?」


「別に恩を売るつもりも英雄になるつもりもないからな。俺達は、俺達で人族と戦うだけだ。結果的にそれがエルフリードのためになっているとしてもな」


 そして、クロウは仲間と共にフローレンス皇国を後にする。



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