5話「補給路の攻防」
「婆様……仲間の仇は取ったよ」
クロウは、ダルカスやロドスと協力して埋葬した仲間たちの墓の前に膝をつきそう報告する。こんな事をして、婆様や仲間が喜ぶかはわからないが、つまらない男の私利私欲のために犠牲となった仲間たちの事を考えるとクロウはそのまま放ってはおけなかったのだ。
「俺は婆様から授けられた剣をとった。覚悟するよ…それが俺の定めなんだろう?」
墓に話しかけているとクロウは不思議な感覚を覚える。どこか懐かしい空気がクロウを包む。
「そうか……」
その空気から何かを悟ったかのようにクロウは振り返ると後ろにいた2人の仲間の顔を見る。
「婆様からの伝言だ」
そう言ったクロウは、どこかから贄の剣を取り出し。鞘から抜くと二人の欠損した腕に向かって剣をふるう。
「なっ何を?」
いきなり剣を向けられ驚くロドスの失われた前腕がかつてあった場所をなぞるようにクロウが贄の剣を振るとそこに新たな腕が作られていった。
「なっ!」
剣を向けられた事よりもさらに驚くロドスをよそにクロウは、ダルカスの肩から先もロドスの時と同じようになぞるとダルカスの肩から先もまるで再生していくかのように作られていった。クロウは、剣を鞘に納め両手でうやうやしく掲げると
「贄とした人族を糧として新たな力を授ける」
クロウが、そう祈ると。両手で掲げられた贄の剣が光りを放ちロドスとダルカスが取り戻した腕が光が集まる。やわらかい光がロドスとダルカスを包むと。
「これは……動く……動くぞ……俺の腕が!」
ロドスが驚き新たにできた手の平を握ったり開いたりしている。ダルカスも同じように肩をぐるぐると回し新しくできた手の動きを確認する。
「婆様から無理せず頑張れとさ」
2人の姿を見ながらクロウは、婆様からの伝言を2人に伝える。
願いをかなえる剣を握る者として
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フローレンス皇国の西には、広大な外海が広がり、南には神々の屋根と呼ばれる山脈が連なる。この天然の要害の影響もあって古来からフローレンス皇国は北と東へ備えるだけで済むと言う地理的優位性を持っていた。そして、15年前に締結された隣国フリーデン王国との同盟により、フローレンス皇国は、戦力のすべてを北側に集中することが可能となった。
「それでルッテン卿は、どこまで進出したのかね?」
フローレンス皇国の宰相であるハンス・レオナルドが報告に訪れた兵士に確認する。ハンスは、即位間もない皇王に変わりフローレンス皇国の内政すべてを担っている内務の最高責任者だ。
「はっ! 北部にあるエルフ国の首都エルフリードまであとわずかのところまで進出しております」
「さすがはルッテン卿と言ったところか」
ルッテン・エール伯爵。フローレンス皇国の常勝将軍と言われる皇国軍の英雄だ。軍部のトップと言われる第一皇国軍を率いて現在は北部にあるエルフ国へ遠征している。
「報告では、エルフリードの手前の街を包囲しており、その街が陥落すればいよいよ敵国の首都へ攻め込む事となるようです」
「ふむ。これで悲願の北方進出が現実味を帯びてきましたね。皇王様もさぞお喜びになる事だろう」
フローレンス皇国の兵数は、フリーデン王国に比べると少ないが、西や南に備える必要がない分、兵を集中して運用することができる。現在、北部方面に遠征している兵士は、フローレンス皇国の約半数にも及ぶ大部隊だ。同盟中と言っても国境を接するフリーデン王国国境沿いの警備に残りの4割を割き、皇都に残り1割の兵士を配置している。今回の遠征のためにフローレンス皇国は数年の時間を費やし万全の体制を持って挑んでいる。
計画通り進行する北部制圧作戦に満足する宰相は、今後必要となる補給物資や補給路の確保を指示し、後方支援をさらに充実させていく。
「伝令」
補給路のルートを地図を使って確認していると伝令兵が部屋に入ってくる。
「何だ?」
「はっ! 北部方面に進む補給部隊が何者かに襲われ行方がわからないとの報告がありました」
伝令兵の報告にハンスは、首を傾げる。
「補給部隊には、兵士をつけておいたはずだが?」
「はい。補給部隊には、一個小隊を護衛につけております」
フローレンス皇国の一個小隊は100名の兵士で構成されている。小隊が10個集まり中隊となり、中隊が10個集まり大隊となる。
「100人もの兵士が守っている部隊の行方がわからないと?」
「はい。襲撃を受けたと思われる場所に護衛していた兵士の死体が確認されておりますので、補給部隊が襲撃を受けたのは間違いないと思われます。ただ、補給物資を積んだ荷車がどこへ向かったのか皆目見当がついておりません」
ハンスは、頭の中でその影響を計算しながら次の手段を講じる。
「補給部隊が運送していた分は、明日にでも再度編成し北部へ運ぶ。護衛兵を2個小隊に増員し確実に送り届けるように指示してくれ。斥候兵を襲撃を受けた場所の周囲へ派遣し原因を調べるように」
余裕をもって運んでいる補給物資は、補給部隊1つの影響ですぐにどうなるものでもない。指示を受けた兵士が、すぐに次の補給物資を用意し北へ向かえばそれで済むだけだ。
「それにしても北部で補給部隊が襲われるとはね」
エルフたちの性格を考えると補給部隊を急襲するような事はないと高を括っていたハンスは、考えを改める必要があると気持ちを切り替える。
その2日後、ハンスの切り替えた気持ちをさらに揺さぶる報告が伝令兵から寄せられた。
「先日、襲撃された補給部隊と同様に派遣した補給部隊が何者かに襲われ再び行方がわかりません」
2個小隊を付けた補給部隊が、補給路上で行方をくらますと言う報告がハンスの中にあった余裕を打ち消した。
「敵兵は? それに相手は何者ですか?」
「それが、護衛の兵はことごとく殺されており、その……」
「なんだ? 詳しく報告しろ」
「はい。前回同様今回も相手側の姿もわかりません。残されているのはこちらの兵士の死体だけで……」
「斥候は何をしているのですか?」
「前回の補給部隊が使っていた荷車が、補給路からかなり離れた場所で発見されました。補給物資はすべて奪われており、荷車の周辺に敵は発見できませんでした。ただ、荷車の側にフリーデン王国の兵士が数名倒れており、すでに死んでおりました」
「フリーデン王国の兵士?」
ハンスの頭の中に疑問が増える。
「はい。確かに鎧はフリーデン王国の物だと斥候から報告がありました」
北部の森は、皇国のものでも王国のものでもなく、住んでいたエルフたちのものだ。別にフリーデン王国の兵士がそこにいても外交上何ら問題はない。だが、もしフリーデン王国が、フローレンス皇国の遠征を妨害する事を画策し、補給部隊を襲ったとしたらとハンスは思考を巡らす。
フリーデン王国にとって、フローレンス皇国の国力が高まる事は、決して喜ばしい事ではないはずだ。フローレンス皇国の国力が増せば、フリーデン王国は西への備えをさらに強化しなければならない。
「いや。それよりもこれ以上補給が滞るのはさすがにまずいぞ」
1度や2度の補給がなくてもすぐに兵士が飢えるわけではない。だが、もし3度4度と続いたら遠征先の軍では大きな問題となる。大軍であるがゆえに必要となる食糧もそれだけ膨大な量になるからだ。しかも戦地での食事は兵士の士気を左右するため食糧は余裕を持って備えておかなければならない。
そして、エルフ国の森の奥深くまで進出している皇国軍は、1日や2日で帰還することができないくらい遠い場所にいる。もし、現地でひとたび食料不足が生じれば、撤退を余儀なくされるうえ、兵士は飢えたまま数日をかけて皇国まで帰還しなくてはならない。
しかも補給部隊を襲った相手はいまだに姿すら確認できていない上、2個小隊をもっても一方的に殲滅させられる相手だと言う。
さらに兵士を増員して補給部隊を送るにもフリーデン王国の国境を守る兵をこれ以上移動させるには時間も足りず、かといって皇都を守る兵士を減らして向けるわけにもいかない。
刻一刻と時間が迫る中、ハンスは次の手を考え打たなければならない。
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「敵兵は、漏らす事なく殺したか?」
「ああ。間違いなく殲滅した。周辺に気配はないから大丈夫だ」
クロウがロドスからの報告を受けながら、息のある敵兵を贄の剣で止めを刺していく。
「クロウ。荷車の数は全部で20台だね」
ロドスに引き続き報告してきたのは、兎の獣人であるミュア。
「わかった皆は予定通り荷車を運びだしてくれ」
クロウの指示を受けた獣人の男達が、荷車を引き補給物資を運び始める。
「次は、どうするんだ?」
荷車を運ぶ仲間を見ながらロドスが聞く
「補給部隊が2度襲われた事で、これ以上同じ補給部隊は出ないだろう。だけど、前線で戦う皇国軍の兵士は、食べ物がないと飢えてしまうから何とか補給物資は送らなければならない」
「そうだな。食い物がないとな。それと、この前用意した王国の兵士は何のために置いてきたんだ?」
「あそこに王国の兵士をおいて置けば、王国が関与している可能性を相手は否定できなくなる。王国にも備えなければいけなくなるから国境沿いの兵士をこちらに割くことができなくなる」
「すげえな。クロウはどこまで考えているんだよ」
「大した事はないさ。それよりも次だ」
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「補給部隊は、海路を使います。これ以上補給を滞らせるわけにはいきませんからね」
西に外海を持つフローレンス皇国では、漁や運送のために多くの船を持ち活用している。船は、皇国の中をはしる川を利用するなど皇国の重要な足となっている。
今回、ハンスが海上運送を使っていなかった理由は、エルフ国側に船をつける場所が少なく場所を確保することが簡単ではなかったためだ。だが、陸路がこれ以上使えないのであれば、ハンスは迷わず海路を選択する。
「伝令兵は、直ちに北へ向かいルッテン卿にこの状況を報告、兵士の一部を補給物資の受け取りに回すように伝えてください」
これでようやく襲撃されることなく補給物資を前線に送る事ができる。補給さえ送る事ができれば陸路の課題を解決するための時間を稼ぐ事ができるとハンスは考えた。
「それと斥候を増やし補給部隊を襲った者を探すのです」
ハンスは、地図を見ながら駒を進める。どこかに潜む見えない相手の事は気になるが、今重要なのはエルフ国の攻略なのだ。
「もう少しなのだ。もう少しでエルフの国をこの手に」
悲願である北方制圧にかけるハンスの想いは、この数年の準備にも表れている。およそ5年の歳月をかけて蓄えた物資、各貴族諸侯を説得して集めた資金、徴兵した兵士を訓練する費用を考えれば遠征の失敗は絶対に許されるものではない。