4話「贄の剣」
村を守ると言うにはお粗末な作りの門を抜ける。村の入り口には一応兵士も立っていたが呼び止められることもなくクロウは村へ入る事ができた。村と言ってもクロウが住んでいた100人くらいの小さな村とは違いこの村には数千人の人族が住んでいるのだろう。建物も多く行き交う人も少なくはない。
村に入ったクロウは、旅の行商人を装っていることもあり、まず初めに獣の皮の一部を店でお金に変えた。
目立つ事を避けすぐに村に宿をとったクロウは、そのまま部屋に籠りおとなしく夜を待った。夜になると村に数か所ある酒場に灯りがつきはじめ、仕事帰りの兵士や村人達が繰り出してくる。クロウもその中に紛れ込むように外に出ると目立たないように酒場の外壁にもたれるように腰をおろした。ちょうど通りからは死角となる場所で酒場の外壁に頭をつけていれば、中で酒を飲み大声で話す男達の声は、十分に聞き取る事ができた。
どうでもよい話しが多かったが、次第にアルコールが回り始めたのか話しが広がっていく。
「それにしてもこの前の村は手ごたえがなかったな」
「おお。山二つ先にあった村の事か?」
「確かにな抵抗らしい抵抗もなかったから訓練にもならんかったぞ。それにしても誰だ?女子供がいるかもしれないと言った奴は」
「まったくだ。あれじゃ小遣い稼ぎにもならねえよ」
「まあ。狩りの楽しさだけは味わえたがな」
ぎゃはははと笑う兵士達の声にクロウは自分の感情を抑え込む。クロウはそのまま数時間、兵士たちの声をじっと身を隠しながら聞き続けた。クロウが動き始めたのは、夜が深まり一人また一人と男達が酒場から帰り始めた頃だ。
一人の男が、店から出て宿舎に帰ろうとふらふら歩き始めた所に首に剣を突きつける。
「なっ!」
驚く男に
「声を出すと首を落とすぞ。黙ってついて来い」
とクロウが言うと。一瞬で酔いが覚めた男は、両手をあげその声に頷いた。男は、そのまま剣を突きつけられた状態で目立たない場所までクロウに誘導される。そして、周囲に人気のないところまで来ると
「何も聞かん。ただの怨恨だ」
そう言った思うと剣は瞬く間に男の手を足を寸断していく。男は四肢を失い、最後に呻く間もなく首が飛んだ。普通ならばこれでバラバラな遺体が路地に転がるのだが、なぜか剣で切り落とした四肢や頭部はまるで最初からなかったように現場から消え失せている。
「なるほどな」
クロウは何かに納得したように残された胴体を見て頷くと再び闇に消えた。少し離れた酒場の側で再び獲物となる男を物色し、先ほどの男と同じように追い込み剣を向けた。
今度は、最初に心臓を一突きで止めを刺す。その後、絶命した兵士の男の四肢を切り落としてみたが、今度は四肢もそのまま残された。
「ふむ」
感情を殺し観察するように自分の剣を見る。普通なら血糊がべったりとついているはずだが、剣は最初から何もついていないように光沢を見せる。
数人の男を襲ったクロウは、誰にも見つかる事なく宿屋に戻ると静かに床についた。
翌日、村で騒ぎが起こる。当然、それはクロウの仕業なのだが、数人の兵士の惨殺死体が村のあちこちで見つかった。村の兵士たちが犯人捜しにやっきになるが、何の手がかりもない犯人捜しは当然難攻する。
結局、犯人もわからないまま時間が過ぎ、兵士たちは夜の警備を強化するため夜間2人ずつ兵士が村を巡回する事を決めた。
しかし、その翌日には、巡回していた兵士2人が惨殺されているところを別の兵士が発見しさらに騒ぎは大きくなった。初日とは違い武装した兵士が巡回していたにも関わらず惨殺されたこの事件は、村の住民も村の兵士たちも大いに動揺させた。
かつて、フリーデン王国で軍団長まで上り詰めたクロウの記憶では、辺境の村の多くは貴族が治めるが、実際の統治や運営は騎士団などに丸投げされているのが一般的だ。この村もおそらく中央に住む貴族のものだろうが、実際の責任者は騎士団あたりに任されていると予測する。
そして、その予測どおり、この村は、騎士団に所属する騎士長であるヘンドリック・マルセールが責任者を担っていた。そして今、ヘンドリックが置かれている状況は決して喜ばしいものではない。
「それで、犯人の目星はついたのか?」
ヘンドリックは、部下を冷たい目で見ながらそう確認すると
「いえ、皆目見当がつきません。そもそもこの村で兵士2人を襲える者など……」
「内部の犯行と言う事はないのか?」
最も可能性が高いのは、同僚が犯人だった場合だ。顔なじみの兵士の犯行であれば兵士も油断するかもしれない。
「いえ。その可能性はないと思います」
「なぜ、そう言い切れる」
「はい。初日の事件のあと、村の兵士は交代で巡回するために3か所の詰所に待機しておりましたから巡回している兵士以外は、互いに所在を確認しております」
「非番の者はいなかったのか?」
「はい。事件が事件でしたので全員を召集しております」
「ならば、村の中に怪しい者は?」
「元々村で生活している者の中に特に怪しい者はおりませんでした。また、旅人や行商人が数名村に来ておりますが、荷物などを見ても武器は持っておりませんし特におかしなところはありませんでした」
部下の男は申し訳なさそうに報告する。
「このような事をどのように中央に報告せよと言うのだ。預かった兵士をすでに5名失い未だに解決の糸口すら見えんとは……」
「せ、先日の獣人どもの報復と言う可能性はありませんか?」
部下の発言にヘンドリックの厳しい目が向かう
「あれのせいだと?」
この一言で部下はそれ以上何も言えなくなった。先日、行われた獣人の村への襲撃はヘンドリックの独断で行われたものだ。間違った情報から獣人の女子供がいると村を襲ったが、実際に住んでいたのは怪我人だらけの上男ばかりの獣人しか住まない小さな村だった。当然、何の成果も出せずに帰還することはできないヘンドリックは、事実を捻じ曲げ村を狙う獣人兵士がいた村を殲滅したと中央には報告している。
「たとえ、その報復であってもあのような村の者たちに何ができると言うのだ。つまらぬことを考えず、早く犯人を特定し終わらせろ」
部下は、ヘンドリックの指示に頭を下げて退室していく。
「まったく無能どもが」
怒りを抑えきれずにヘンドリックは机をたたく。
その日の夕刻、犯人を特定した兵士が、2人の旅人を犯人として連行する。無論、何の証拠もないのだが、2人の旅人は無理やり犯人にしたてられた。
当然、2人は、関与を否定したが、拷問まがいの脅しに屈し自ら犯人だと認めたため事件は無理やり終結させられた。
しかし、夜間の巡回は、犯人が捕まったにも関わらずさらに強化される。2人体制で行っていた巡回を5人まで増やし、同時に3グループが交代しながら巡回を開始した。これは、村にいる兵士をフル回転させると言う徹底した巡回だ。
ヘンドリックもさすがにこれだけの体制を敷けば犯人も強行に及ぶことはないと考えたのだ。しかし、そんなヘンドリックの考えもその日の夜に打ち消される。
ドンドン!
「ヘンドリック様」
夜間に部下に起こされたヘンドリックは、ようやく目を覚ますと部屋のドアを開ける。
「何だ?」
部屋のドアを開け眠そうな目をかろうじて開けると廊下にいる部下に質問する
「報告です。巡回にあたっている兵士が次々と惨殺されているとのことです。ただちにお越しください」
一瞬で、目が覚めたヘンドリックは、すぐに着替えて兵の詰所に向かった。詰所は、すでに混乱をきたしており、武器を手にした兵士が落ち着きなく動いていた。
「何があったか詳しく報告しろ!」
詰所に到着したヘンドリックが兵士たちを怒鳴るとヘンドリックの姿を確認した兵士が
「巡回していた第一、第二班が、何者かに急襲され全滅、現在、第三班に加え、待機していた者が現場に向かっております」
「なに? 全滅だと……5人の兵士で行動していてか?」
「はい。どの班も巡回中に襲われたもようです。死体はばらばらにされており、胴体以外は確認できておりません」
「侵入者の形跡は?」
「先日より、夜間は門を閉ざしておりますので外部からの侵入は確認しておりません」
先日からの被害を足せばすでに兵士15人以上が襲われ殺されたことになる。ヘンドリックの額から嫌な汗が流れる。
「儂も出る。お前達も続け」
ヘンドリックは、自らの剣を手に取ると部下を連れて巡回に加わる。小さな村と言っても三千人ほどが住む村は決して狭くはない。
部下に案内されるまま、第一班が惨殺されたと言う現場まで到着するとそこにはまだ胴体だけにされた兵士の死体が放置されていた。周囲に首や手足は見当たらず、ただ胴体だけが5人分転がっている。
「どのようにすればこのような事が……」
ヘンドリックが思い悩む間に
「報告します。第三班は何者かと交戦中、応援を求めます」
別の兵士から報告がある。
「お前達、行くぞ!」
現場の兵士を引き連れ報告に来た兵士の後を追う。ヘンドリック達が報告した兵士と共に駆けつけた時には、すでに戦闘は終わっており、手足のない遺体が転がっていた。さすがに今回は首のある者もいたが、どこか四肢が欠損しているものが多い。
「誰か生存者はいないのか?」
ヘンドリックが声をかけても躯は返事することはない。
「何名やられた?」
引き連れていた兵士が確認する。
「はっ! 遺体は、全部で9人分あります」
「目撃者は?」
報告に来た兵士が
「剣を持った男としか。早く報告して応援をと急ぎましたので姿までは……」
いまだに相手が見えない中、すでに被害は甚大なものとなっている。ヘンドリックが預かる兵は、ヘンドリックを雇う貴族が用意したものだ。この不始末は、何事もなく許されるものではない。
「必ず、犯人を見つけ出せ」
ヘンドリックは、残った兵士を率いて夜の村を走り回る。だが、見つかるのは巡回する仲間の兵士の遺体ばかり……気がつけば巡回しているのはヘンドリックの班だけとなった。
追いかけているつもりが、いつの間にか追い詰められている。この夜だけで兵士は30人以上が犠牲となっている。
ヘンドリックは、夜の村を走り続けたが、結局犯人を見つける事ができないまま夜が明けた。疲弊する兵士に無理やり、犠牲になった兵士の遺体の片づけを命じ、自らは自室に戻りベッドに身を投げる。
頭の中は、街を所有する貴族への弁解と騎士団への言い訳の事でいっぱいで、とても他の事を考える余裕はなかった。
「このままでは……」
「このままではどうなのだ?」
ノックされることもなく開いたドアから一人の男が姿を見せる。手には怪しい黒い剣を握っている。
「何者だ?」
ヘンドリックは、咄嗟に側においてあった剣を引き寄せ手に握る。
「お前に名乗るつもりはない」
「お前がやったのか?」
「それは間違いない」
「なぜ、こんな事をする?」
「なぜ、獣人の村を襲った?」
「おまえは獣人の村の者か?」
「そうだ」
「復讐と言うわけか」
「間違いではない」
ヘンドリックは、相手の目的を確認すると剣で相手に切りかかる。だが、相手が持つ黒い剣がその剣を受け流した。
「誰かいないか。侵入者だ!」
大声で侵入者の来襲を伝えるが誰1人現れる事はない。兵士は遺体の片づけに出ており、ここにはヘンドリックしかいないからだ。
「なぜ村を襲った?」
「貴様には関係のない事だ」
ヘンドリックは、再び剣を向けるが男にあっさりと避けられる。ヘンドリックは、難関と言われる騎士試験を突破し騎士となり、その騎士の中で行われる騎士長試験にも合格して騎士長となったのだ。
剣の早さも力も一般の兵士とは格が違うエリートなのだ。
だが、目の前の男は、その騎士長の剣を軽々と避け受け流す。
「魔法か?」
騎士の強さは、その鍛え上げられた肉体にあるが、稀に魔法でさらに強化する者がいる。だが、魔法で強化できる騎士となるとその数は極端に少ない。戦闘しながら魔法を詠唱することももちろんだが、肉体を強化する魔法を使いこなす事も騎士には簡単にはできないからだ。
「いや。魔法は使っていない」
目の前の男にさらりと否定される。それは、騎士長であるヘンドリックよりも騎士として上だと言う事に他ならない。受け身だけだった男の剣が攻勢に転じヘンドリックを剣で攻め立てる。数合打ち合った末、受けきれなかったヘンドリックの太腿が大きく切り裂かれた。
「ぐあっ!」
右膝をつき何とか倒れるのは防いだが、左太腿からは大量の血が流れる。
「答えろ。なぜ村を襲った?」
ヘンドリックは、痛みに耐えながら男を睨みつける。その様子を見てため息をついたクロウは剣を一振りするとヘンドリックの左太腿から先が消え失せた。
「うがっ!」
先ほどの激痛を上回る痛みがヘンドリックを襲ったが、同時に切り取られた足がそこから消え失せたことに恐怖する。ヘンドリックの脳裏にこれまでに発見された兵士の死体がうかんだからだ。
「マインド」
クロウが唱えた魔法がヘンドリックに作用する。精神制御魔法マインドは、成功すると相手に自白を強要することが可能となる。強い意志力や魔法抵抗力があれば、レジストすることも可能なのだが、今のヘンドリックに抗う事はできなかった。
「もう一度聞く。なぜ村を襲った?」
さきほどまでは頑なに口を閉ざしていたヘンドリックのその口から
「獣人の村を襲い獣人の女子供を捕えるためだ。捕えた女子供を貴族に貢げばさらに昇進できると考えたからだ。だが、村には怪我人と年寄ばかりで役に立たなかったから皆殺しにした」
ヘンドリックは、答えるつもりのない本音を話す自分の口に驚いている。話し終えてから口を手でふさいでもすでに遅い。
「そうか。すべてはおまえのせいなのだな」
精神制御魔法を使い強制的に自白させたクロウは、冷たい目でヘンドリックを見る。口をパクパクさせるヘンドリックに剣を向ける。左足に続き右足を切り取り、返す刀で右手と左手を肩から切り取った。ポンポンと両手両足を奪われたヘンドリックが床に転げ這いつくばる。
「仲間の仇だ。せめて何かの役に立て」
恐怖に声も出ないヘンドリックにそう言うと最後に残った首を剣ではねる。そして最後にはヘンドリックの胴体だけが転がった。