3話「定め」
婆様から話しを聞いてから数日、自分がこの村に来た時の事を色々と思い出しながらクロウは日課の素振りを続けている。このクロウの日課もすでに8年目になるが、よほどの事がない限り休まず続けられている。最初は折れた枝のような木剣から素振りを始め、折れる度に木剣を大きく重い物にしていった。
クロウは、素振り動作の中で生じるわずかの無駄も省く事を意識してひたすら剣を振る。かつてたどり着いた場所からさらに飛躍するためには、徹底して反復を繰り返すしかないことを15歳と言う若さで理解している。ちなみにクロウは、自分の年齢がわからないため村に来たときに7歳だと決めた。だから村で8年経った今、クロウは年齢を15歳だと説明する。
「ふん!」
ヒュッ!
一回一回確かめながら木剣を振るクロウを見つけたロドスが
「クロウ! ダルカスとまた狩りに行こうぜ」
最近は、ダルカスとロドスと一緒に狩りに行くことが多く、今日もその誘いのようだ。昔は父親のようにも思ったこともあるダルカスも最近は、対等に話すようになった。初めての出会いは複雑なものだったが、犬の獣人のロドスとも最近は仲が良い。
「ふん!」
びゅっと剣がするどく振り下ろされるとクロウはそれを確かめるようにしてから
「ああ。行くか」
とロドスの方を向く。どうやらすでにダルカスも狩りに出る準備を終えているようだ。狩りは、2人が獲物を追い込みクロウが止めを刺すと言うのが最近の3人での狩りのスタイルになっている。
3人は、村の奥にある森の中に入るとすぐに獲物を求めて探索を始める。最初は、ダルカスやロドスのように獲物を見つける事はできなかったクロウも今では同じくらい獲物を見つけることができるようになった。
それでも最も鼻の利くロドスが真っ先に獲物を見つけたようで、頭を下げたままハンドサインを使って前方に獲物がいる事を2人に伝える。獲物を包囲するようにロドスとダルカスが回り込みクロウはこの場所に待機する作戦だ。
風上に立つのを避け回り込んだ2人が、勢いよく獲物へ向かって走りだすとその姿を見て慌てた獲物は予想通りこちらに向かって走り出した。獲物は猪。この前の猪に比べると若干小ぶりだが、それでも十分な獲物といえるだろう。
「アクセル!」
身体強化魔法で素早さを高めたクロウは、獲物の前に立ちふさがるように飛び出す。猪も目の前に突然現れたクロウに驚くが、猛烈な勢いでクロウへ突進を開始する。
そして、クロウを跳ね飛ばそうと突進したところで猪は相手を見失い気がつけば、自分の身体に木剣が突き刺さっている。
「ブギッ!」
小さく断末魔をあげて猪は息絶える。後ろからロドスとダルカスが追いかけてきたときには狩りは完了していた。
「さすがだなクロウ」
「猪」「皆」「喜ぶ」
2人も狩りの結果に満足のようだ。
「今日も3人で担いで村まで運ぶとするか」
3人は、血抜きした猪を前と同じやり方で担ぐと村にむかって歩きはじめる。
「また、婆様に怒られちまうな」
「怒っていない」「婆様」「きっと喜ぶ」
「この前から1週間は狩りをしてないからな。ぎりぎり許してくれるだろう」
3人は、それぞれ持ち帰った後の事を考えると自然に笑みを浮かべた。3人は皆がまた喜んでくれることを期待しているのだ。
しかし、その期待に胸を膨らませた3人が、村まであと少しまで近づいた時、3人は村の方から異様な気配を感じて立ち止まる。
「なんだ? この匂いは」
「血の」「匂い」
3人は、担いでいた猪を放置して村に向かって駆け出す。そしてそこには、無残に殺された仲間たちの姿があった。背中を切られ絶命しているのは、飢えかけた時に芋を分けてくれた狐の獣人。壁に槍で縫い付けられるように息絶えているのは、いつも気さくに笑いかけてくれた熊の獣人の男だ。
「あ、ああああ」
ロドスの言葉にならない声
「……」
言葉すら出ないダルカス
「婆様!」
そう声を出したクロウは、婆様のいる小屋へ走りだした。その途中にも息絶えた仲間たちの姿が見えるが、今は婆様のもとへ急ぐ。
転げるように小屋の中に飛び込んだクロウの前に腹部に槍を突き刺されている婆様の姿があった。
「ば、婆様!しっかりしてくれ」
叫ぶようにクロウは婆様を抱き起し声をかける。槍が刺さった腹部からは今も血が流れる。わずかに声に反応したのか婆様のまぶたが震える。
「婆様!」
後ろからロドスとダルカスも小屋に入ってくるが、婆様の様子を見て青い顔をしている。
「婆様!婆様!」
クロウの呼びかけにわずかに婆様の目が開く
「ク、クロウかい」
「ああ。婆様何があった?なぜこんな事に」
「人族さね……まさかこんなところまで来るとはね」
「なぜ……なぜ人族が」
「これは定めさね。クロウにはまた重たいものを背負わせちまうね…」
「婆様、もう良い、無理にしゃべらなくても良い」
婆様がしゃべる度に腹から血があふれだす。
「もう、時間がないから気にするでないよ。それよりもクロウには、私の命をかけた呪いを与えなくてはならない」
「そんな事言うな。命をかけるなんて言うな」
「言っただろ……これは定めなのさ。これからクロウには、贄の剣を授ける。ダルカス、そこの寝台の枕をとって引き裂いておくれ」
力なく指さした婆の言うとおり、ダルカスは、枕を取り上げると器用に足に挟んで引き裂いた。すると中から黒い剣が現れ床にごとりと落ちた。
「それは、贄の剣。クロウに渡すために作っておいた剣さね。さあ、その剣をお貸し」
ダルカスが剣を拾い婆様の手に渡す。
「いいかい。この剣は、クロウの望みを私達の願いをかなえるための剣だ。だけどねそのためには、贄が必要になる」
「贄?」
「そうさね……その剣の贄は、人族の欲そのものさ」
「人族の欲が贄?」
口から血を流しながら婆様は必死に話す。
「生きている人族をその剣で切ればその剣はその分だけ力を高めていく。同時に人族を贄にする事で願いを叶えることができる。まあ……使っていればそのうち理解できるはずさね」
「なぜ、俺にこの剣を?」
「ほんとはね……こんな剣をお前には渡したくはないんだよ。だけどこの婆に会ったのはきっと定めなのさ。お前はここでこの婆からこの剣を授かるためにこの村に現れたんだろうからね……でもよかったよ子供もいない私にとって最後にお前に会えた事だけが……」
婆が大きく血を吐き、そのままがくりと首が落ちる。
「婆様!」
婆様の手に握られた贄の剣が光に包まれる。ついさっきまで黒いだけの剣がまるで生き物のように気配を放つようになる。
「婆様……」
婆様の残された目から涙が流れる。婆様の命が宿ったその剣をクロウがしっかりとつかむ剣は光に包まれいつの間にか鞘に納められてクロウの手の中に納まった。
「ちくしょう……ちくしょう……」
ロドスが涙を流しながら残された腕で壁をたたき悔しがる。
「婆様……」
ダルカスも空を見上げるように顔をあげ静かに目を閉じる。
クロウは婆様を抱き寄せ涙を流した。