14話「マイヤー」
ドーラの街から脱出したクロウとマイヤーは、北西に向けて走り続ける。クロウの速度にきちんとついてくるマイヤーはさすがに騎士として鍛えただけのものがあった。
「それで、どこへ行くの?」
「この先に俺達の拠点がある」
「俺達ってことは、あなたには仲間がいるのね」
「ああ。皆、人族に大切なものを奪われた者達だ。俺と一緒に戦っている」
人族が奪ったと聞いてマイヤーはドキリとする。
「クロウは、その仲間と何をするつもり?」
「言ったはずだ。人族に抗うと」
「でも……」
「私は人族だからと言う心配か?」
考えていたことを当てられマイヤーの足が止まる。振り返ったクロウが
「マイヤー、俺は何に見える?」
とマイヤーに尋ねる
「えっ?」
マイヤーの目にはクロウはどう見ても人族にしか見えなかった。
「俺は、こう見えても人族じゃなく真人族と言うのだそうだ」
「真人族って?」
「滅んだ古の種族だと聞いた」
「クロウは、クロウが、真人族と言うのはわかったわ。それよりも人族の私が、そんなところへ行っても良いの?」
「あー悪いが、お前ももう人族じゃない」
「も? ど、どう言うこと? この手のが治った事と何か関係があるの?」
マイヤーがクロウを問い詰める
「落ち着け。今、説明するから」
クロウは、迫るマイヤーに落ち着くように言って側にあった石に座るように指を指す。言われたとおりにマイヤーは石に腰かけた。
「まず、その手や身体だが俺の持っているこの剣の力で治した。この剣は、人族の欲望を……人族自体を贄として願いを叶えてくれる力をもっている。マイヤーの身体を治したのもその力だ」
「そんな力が……」
「それで、この剣は失ったものを取り戻すと共に、新たな力を授ける事ができるんだが、マイヤーの場合新たに与えたものは人族を越えた力のようだ」
「人族を越えた力? ようだって?」
「具体的に言うとだな。マイヤーは俺と同じ真人族になった。マイヤーを治療している時にそう感じたんだ。俺にもうまく言えないが、そうする必要があったからそうなったんだろう」
「え?」
「真人族は、ハイヒューマンとも言われる魔法も身体能力も高い種族の事だ。容姿は人族とほとんど変わらないがポテンシャルは人族よりも遥かに高いそうだぞ」
「いや。それもすごいと思うけど。私はもう人族じゃないの?」
「そうなるな。だが、さっき言ったようにこれはきっと何か意味があると思っている。これまでも仲間に力を授けてきたが、今回みたいな形の力を与えたのは初めてだからな。俺が意識することなく力は剣から与えられる。だからマイヤーが真人族になった事には何か意味があるんだと思っている」
「私が真人族に?」
「あとは、仲間と目的についてだったな。今、俺の仲間は50人ほどいる。獣人族が多いがエルフもいるな。目的は、人族の欲望による犠牲者をなくすことだ」
「仲間の事はわかったわ。でも欲望による犠牲者をなくすってどう言うこと?」
「マイヤーは、騎士団に所属していたんだからわかると思うが、人族は次々に他種族の土地を奪い時には多くの命をも奪う。女子供は奴隷のように扱われ尊厳も誇りも奪われている」
マイヤーはまだ遠征に参加した事はなかったが、多くの騎士が獣人の国に攻め入っている事は知っている。そして、獣人達がどう扱われているかも知っていた。
「俺達は、それを止め少しでも犠牲者がでないようにするために活動している」
改めて考えれば人族の横暴ぶりは、他種族から見れば許されるものではないとマイヤーは考えた。
「クロウ達は、それを止めるために?」
「ああ」
マイヤーが目指した騎士の姿は、皮肉にも騎士団にはなかった。1人まじめに騎士を目指しても周囲に疎まれ疎外される。なぜなら皆の目的が違うから…見ないように触れないようにしてきたが、今日のセシリアの言葉を聞いて止めをさされた。
「お前は騎士を目指したんだろう? なら俺達の騎士になれよ」
「クロウ達の騎士?」
「ああ。俺達はお前が目指す騎士道に近い考えを持っている。仲間は裏切らないし、私欲で動く事もほとんどないからな。まあ騎士って言っても名誉なんかはないけどな」
マイヤーが欲しいの名誉なんかじゃない。自己満足かもしれないが、自らに課した使命を貫く事だ。答えを出すこともなく再び拠点に向かって歩き出しマイヤーは、頭の中で自問自答を繰り返す。
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「ここが俺達の拠点だ」
マイヤーを連れたクロウが、ようやく到着した拠点を紹介する。外部から見えなくする工夫や水の確保、建物の配置など見てマイヤーは感心する。
「よくできているのね」
「わかるか?」
「ええ。色々な意味でね」
感心するマイヤーの姿を見つけたのかクロウの仲間たちが、顔を見せ始める。
「クロウ!? 新しい仲間か?」
「ああ。かなりのわけありだ」
「人族……じゃないのか?」
ラムセルがクロウにそう聞いた。
「わかるか? 一応俺と同じ真人族だ」
「魔力が人族とは少し違うように感じるからな」
「マイヤーだ。こっちのエルフはラムセル」
「よ、よろしくお願いします」
マイヤーがラムセルに頭を下げる。
「確かに訳ありだな。ここでは上下関係はないから頭を下げる必要はない。そうだな? クロウ」
「ああ。仲間内に上下関係は作るつもりはないからな。敬語はいらんぞ」
後方からロドスやダルカスが拠点に戻る。
「おかえり。大丈夫だったか?」
「もちろんだよ。ちょっと村の一角に火をつけただけだからな」
「兵士」「弱い」
「ロドスとダルカスだ。マイヤーを逃がすために村で陽動活動をしてもらった」
それで、クロウと脱出したときに兵士がいなかったのかとマイヤーは感心する。
「マイヤーです。よろしくお願いします」
「へえ。クロウがもしかしたらと言っていたのはお前か」
「どう言う事です?」
ロドスが聞かれて面倒くさそうにクロウに話しを振った。マイヤーは視線をクロウに向けた。
「珍しく優秀な騎士を見つけた。だが、なぜかその騎士は周囲とうまくいっていないように見えた。最初は気まぐれで観察しようと思って接近したが、ひょっとしたら仲間になるんじゃないかとふと思ったんだ」
言葉ではうまく言えないが、クロウにはなんとなくこうなる事がわかっていた。
「それが私?」
「そう言う事だ。俺は理論派のつもりだが、最近は直感を信じている。これも俺に課せられた定めなんだろうってな」
「定めって?」
「今いる仲間と俺が出会うのも、共に戦うのもすでに決められているんじゃないかってな」
「じゃあ。私も仲間になると決められていたの?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。だが、俺はそう思っている」
立ち話をしていると斥候からミュアが戻ってきた。クロウ達を見つけるとすぐに近づいてきたが、マイヤーの顔を見て立ち止まる。
「ミュア。ごくろうさま。どうだった?」
「え? ああ。村の火事は収まったわ。兵士達で消火したみたい」
「なら問題ないな」
「それで、あなたが?」
ミュアは、マイヤーに尋ねる
「マイヤーです。これからよろしくお願いします」
「マイヤーね」
クロウの仲間には女性が少ない。ミュアがこれまで唯一の女性だった。
「私は、ミュア。ここには女は少ないから歓迎するわ」
マイヤーは周囲を見るが、確かに男ばかりだった。
「ええ。こちらこそよろしくねミュア」
この後、ささやかな宴が開かれ皆にマイヤーを紹介したクロウは、自分の部屋に戻ると贄の剣を取り出すと剣を眺めながら考え始めた。
「婆様……俺は間違っていないよな」