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クロウの剣  作者: 山と名で四股
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13話「嫉妬と妬み」

ドーラの村に赴任して2週間、マイヤーは、連日兵士の訓練と事務所類の整理に明け暮れる日々を送った。最初こそひどかった新兵たちの態度もようやくまともなレベルまで引き上げる事ができた。問題があるとすれば精神的に病んでいる兵士達の方だ。何を言っても挙動不審で、武器をとるのも恐れる始末だ。


 マイヤーは、襲撃した者が何をしたかを詳しく知らないがよほど恐ろしい目にあったのだろうと考えた。ようやくたまっていた事務所類を整理したマイヤーは、村の周囲を視察して歩く他の騎士長たちなら面倒くさがりそんな事はしないのだが、まじめなマイヤーは地形を確認したりと手を抜かない。良い意味でも悪い意味でもマイヤーはまじめなのだ。

 

 騎士長室に戻ったマイヤーは、騎士ニコラスを部屋に呼んだ。


「何か?」


 あまり、うれしくなさそうに現れたニコラスに


「一度、獣人達がいたと言う村を見てみたいのですが正確な場所を知っているものはいませんか?」


「何をされるおつもりですか?」


 ニコラスはマイヤーにそう聞くと


「情報が欲しいのです。付近にいた獣人の規模や種族がわかれば対策も立てられますからね」


 面倒な事を思いついたなとニコラスは考えたが、立場上無視もできない。


「役に立てるかはわかりませんが、場所を知っている兵士を紹介しましょう」


「ええ。お願いします」





--------------------------------




「クロウいる?」


 斥候から戻ったミュアが拠点に戻るとすぐにクロウを探す。


「どうした?」


 倉庫内の物資を確認していたクロウが、声を聞いて倉庫から出てくると


「クロウ! 南西に人族が来ているわ」


「南西と言うと村があったあたりか?」


「ええ。そのあたりでウロウロしていたわ」


「わかった。少し様子を見に行くか」


 クロウは、ミュアを連れだって長年暮らしていた村へ向かう。呼んでもいないのにロドスとダルカスがついて来た。村の跡地が見える場所に身を隠し、村の中をウロウロする人族の姿を観察する。


「女の騎士か? いやあれはなかなか腕も立ちそうだな」


「見てわかるの?」


「ああ。身のこなしや筋肉の付き具合を見ればある程度の力量はわかる。あれは騎士長レベルだろうな」


「騎士ってどのくらい強いの?」


「そうだな。今のロドスやダルカスならなんとか騎士長くらいの相手はできるだろうな」


「えっ? 騎士長ってそんなに強いの?」


「まあ、騎士長の中でも力の差はあるからな」


 ミュアは、ロドスやダルカスの強さを何度も見ているのでそれと同等だと言う騎士長の強さに驚く。


「クロウはどうなのよ」


「俺は、騎士長よりも強いぞ。騎士長の上の騎士泊でも負ける気はしないがな。それよりもやっかいなのは、あの女騎士がしていることだな」


「何か問題があるの?」


 ミュアが首を傾げる。


「ああやって、情報を集める奴は、用意周到な上に機転も利く奴が多い。うっかりすればこっちが出し抜かれることもある」


「なら、警戒しておかないといけないってことね」


「そうだな。定期的に観察しておくとしようか。ついでに今日は村の様子も見ておこう兵士も補充されたようだからな」




---------------------------




「そ、それでは……」


「ええ。騎士団長からの指示書です。すぐにマイヤー・ライオット騎士長を拘束してください」


「わ、わかりました」


 騎士ニコラスは、こんな田舎にやってきた騎士団の魔女の姿に驚いたが、それ以上にその魔女が持って来た指示書に驚いた。


 今、ニコラスの前にいるセシリア・バーモント騎士長は、その異名のとおり騎士としては細身でとても剣を振れるような身体をしていない。


「それでマイヤーはどこにいるのです?」


「今、北西にある獣人の集落があった場所の探査に出ております。間もなく帰るものと」


「そう。じゃあそれまでここで待たせてもらおうかしら」


 遠慮することもなく騎士長の椅子に腰をかけたセシリアは、連れてきた騎士2人を背後に立たせて机に脚を乗せるように足を突き出した。


「それでは、マイヤー騎士長が戻りしだいこちらにお連れします」


 ニコラスは、これ以上関わるまいと騎士長室を後にした。




 数時間後、探査から戻ったマイヤーの元に指示を受けたニコラスが兵士を率いて現れた。


「騎士長マイヤー・ライオット。騎士団長の命により貴女を拘束する」


 突然のニコラスの説明にマイヤーは、ただ驚いた。


「私が? なぜ?」


「詳しくは、王都よりいらしているセシリア騎士長からお聞きください」


 その名前がニコラスの口から聞こえたとき、マイヤーの脳裏に嫌な想像が浮かんだ。指示書と言われれば素直に従う他にない。マイヤーは兵士に連れられセシリアがいる騎士長室へと足を向けた。

 本来なら自分が腰かける椅子にふんぞり返るように座るセシリアに怒りを感じるが、今はそれをぐっと抑える。


「あら。ずいぶんと遅かったわね。入ってちょうだい。それとあなたたちは外に出て私が呼ぶまでは来なくていいわ」


 セシリアは、人払いすると椅子から立ち上がりマイヤーを見つめる


「どういう事でしょう?」


 マイヤーはセシリアに指示書の事を確認する。


「ああ。そうね。一応説明しておこうかしら。あなたがいたワイマール城塞で、兵士5名が死んだわ。兵士の証言であなたが指示した兵士が犠牲になったの」


「指示? 私がなんの指示を出したと?」


「あなたは、何も指示してないわよ」


「なら……まさか……」


「ご名答! さすがね。そんな指示をあなたはしていない。だけどそんな事どうでもいいのよ」


 手を口に当てケラケラと笑う。


「だって、そう言うことだって言えばそうなのだから」


 マイヤーは、セシリアを睨む。


「あら怒ったのかしら。でもね……私はあなたが嫌いなのよね」


 セシリアがここまでマイヤーを目の敵にすることにマイヤーは思い当たる事がいくつもある。ルシエル学園で主席を争った時から続くセシリアと因縁とも言える競争。愚直に努力し正面から立ち向かうマイヤーと搦め手から攻めるセシリアは何をやっても水と油のように交わることがない。だが、1つの椅子しかなければどちらか一方しかそこに座る事ができない以上、何度もマイヤーとセシリアはぶつかった。


「だから?」


「あなたが気にいらないのよ」


「それだけでこんな事をすると言うの?」


「そうよ。ここでいい加減あたなには私の前からご退場いただきたいのよ」


 セシリアは、剣を抜くとマイヤーに突き付ける。セシリアの剣は細身の刺突剣、細い腕でも持てる軽量の剣だ。


「どうするつもり?」


「あなたと立ち会ってあげるわ。それであなたが勝てば、この件は間違いだったと上には報告するわ。でもあなたが負けたら……」


「負けたら?」


「ここで永遠のお別れね」


 剣を抜くようにセシリアはマイヤーを促す。マイヤーも剣を抜きセシリアに向けた。


「さあ。行くわよ」


 セシリアの剣が鋭くマイヤーを襲う。マイヤーは剣の軌道を変えるようにセシリアの剣を払う。何度も刺突を繰り返すセシリアの剣がマイヤーを襲ったが、マイヤーは剣を見切ったようにすべてを剣で受け払う。マイヤーの研鑽は、同期の彼女の剣筋を完全に読み切っていた。

 騎士試験の時もマイヤーはセシリアを倒しており、騎士長試験の時もマイヤーが勝利していた。マイヤーはこれまでセシリアに負けた事がないのだ。


「さすがね。でも今までの私とは違うわよ。 アクセル!」


 セシリアは、身体強化魔法アクセルを使うとその速度を一気に高める。速度を上げたセシリアの剣は、マイヤーの予測をはるかに超えていた。あまりの速さに受けることも満足にできなくなったマイヤーの身体には小さな傷が次々とつけられていく。

 

「どうしたの? 今までみたいに簡単に避けたらいいじゃない」


 セシリアが習得したアクセルは、騎士にとって最上の魔法の1つだ。ただでさえスピード重視のセシリアの剣が、魔法の力で飛躍的に高まる。アクセルを習得するには、魔法の素質も必要だがそれを使いこなすだけの徹底した訓練が必要だ。


「くっ!」


 マイヤーは剣を握る手に一撃入れられて剣を床に落とす。


「あー気持ち良い。最高ね。あなたがこうしてひれ伏す姿をずっと夢見ていたわ。だからあんな苦しいだけのつまらない鍛錬も我慢できた」


 セシリアが高らかに笑う。


「あなたが、本当に邪魔だった。いつも私の邪魔ばかりするあなたさえいなければと何度考えた事か……」


 セシリアの剣がマイヤーの肩に突き刺さる。突き刺した剣をぐりぐりと動かしてから引き抜き剣を流れる血を眺める。


「くう!」


 マイヤーはあまりの痛みに呻く


「いい顔ね。それに良い声だこと。そうよもっと苦しむと良いわ。貴女は私をこんなにも苦しめたんだから当然の報いよ」


 セシリアの顔が歪む。それはマイヤーへの強い敵意。


「何度も何度も……あなたは私の邪魔をした。騎士試験の時も騎士長試験の時も」


 セシリアの剣がマイヤーの身体に傷をつけていく。マイヤーが何とか反撃しようと剣に手を伸ばしたとき。  


「邪魔はだめよ。今は私の時間なんだから」


 敵意の籠った声に合わせてセシリアの剣がマイヤーの右手首を切り落とす。


「うっ!」


 激しい痛みがマイヤーを襲う。右手首から激しく血が噴き出す。利き手を失ったマイヤーは、すでに騎士としての夢も希望も絶たれた。


「無駄な事をしてどうするの? それよりももっと泣くなり命乞いする絶望するなりしなさいよ」


 セシリアの剣がマイヤーの衣服を切り裂くとマイヤーの上半身があらわになった。騎士として鍛えた体は無駄な贅肉を削ぎ筋肉で引き締まっているが、まだマイヤーはきちんと女性らしさを残している。


「セシリア……あなたには騎士としての誇りはないの?」


 痛みに耐えながらマイヤーはセシリアを言葉で攻める。


「そんな事聞いていないわ!」


 セシリアの剣がマイヤーの乳房を縦に割る。マイヤーは剥かれた上半身に次々と傷を刻まれていき血まみれになっていく。だが、マイヤーは、そこまでされてもセシリアに命乞いすらせず涙もこぼさない。

 魔法の効果が切れ、肩で息をするセシリアが、マイヤーを睨みつける


「ああ……もう本当にうんざりよ。いい加減あなたの顔なんて見たくないわ。ここでこのまま殺してやってもいいけど、その惨めな姿を皆に晒してあげるわ。せいぜい泣きわめいて命乞いすると良いわ」


 セシリアは、剣を納めると部屋を出る。1人部屋に残されたマイヤーの目からようやく涙がこぼれた。マイヤーは今も血を流し続ける手を見る。騎士の道を絶たれた事が何よりも辛かった。騎士になると決めてから一度も涙しなかったマイヤーの顔が涙に崩れる。


「もう終わりね」


「どうかな。それはお前次第だな」


 誰もいないはずの部屋に男の声がする。マイヤーは、咄嗟に切り刻まれた上半身を手で隠そうとする自分にほとほと嫌気がさした。


「あいつが憎いか?」


 男は、マイヤーをまっすぐに見据えるとそう聞いた


「そうね。だけど何よりも自分が憎いわね」


 マイヤーは不思議と現れた男の話しを聞く気になっていた。顔も見ずに質問に答える。


「そうか。今出ていった奴が憎いのではないのか?」


「憎いわ。でもそれ以上に自分が許せない」


「騎士としてか?」


「……」


 マイヤーは問いに答えられなかった。


「お前はなぜ騎士になった? 名誉のためか誇りのためか信念のためか?」


 痛みを耐えながらマイヤーは自問するように考える。


「私は、ただ皆を守りたかった」


「それは違うな。お前は自分の信念で動いただけだ。ただ、自分が求める正義を信じて貫いていただけだ」


「私の信念? 正義?」


「お前は昔の俺によく似ている。お前は周りの事が見えているようでまるで見えていない。人の嫉妬や妬み、人が憎悪する感情に目を向けていない」


「それは……」


 マイヤーには、思い当たる事が何度もあった。自分が正しいと信じてまっすぐに進んできたが、いつもなぜか嫌な目で自分を見る者達がいた。自分は間違っていないはずなのに……


「おまえは、人の欲深さも罪深さも知らない。そして目を向けることもなく知ろうともしなかった」


 マイヤーの心にぐさりと突き刺さる。だからあれほどセシリアにも嫌われ、他の騎士たちにも煙たがられたのかもしれない。


「私は……」


「目をそらさずに人を見ろ。憎むべき相手はきちんと憎め」


「だけど……もう遅いわ……」


 マイヤーは改めて自分の手を見て涙を流す。そうすでにマイヤーの道は絶たれているのだから。


「お前が、俺のもとに来ると言うのならお前にもう一度チャンスをやろう。一度だけ聞くぞ。あいつが人族が憎いか?」


「憎いわ。平気で人を傷つけ、裏切り自分勝手に動くセシリアたちが憎い!」


 マイヤーは顔をあげて男の顔を見る。


「いい返事だ」


 男がどこから取り出したのか黒い剣を鞘から抜くとマイヤーに向けて剣を振るう。失った手首から先が新たに現れた。そして、いたるところを切り裂かれ傷だらけになった上半身に剣が向けられるとそのすべての傷が塞がり元通りの綺麗な身体に戻った。


「贄とした人族を糧として新たな力を授ける」


 男がそう呪文のように唱えるとマイヤーの身体が光に包まれる。そして……


「右手が……」


 胸を隠すのも忘れたまま新たに与えられた右手の動きを確かめる。男が着ていた上着を脱いでマイヤーの肩にかけた時、ようやく自分が女だった事を思い出したマイヤーが男に背中を向けて服を羽織った。


「さあ。さっさとここから出るぞ」


「ど、どこへ行くと言うの? それにあなたは?」


 マイヤーは男に聞く


「俺は、クロウ。人族に抗う者だ。欲深く罪深い人族がいる場所へ向かう。お前の名は?」


「マ、マイヤーです」


「マイヤー。お前はすでに俺達の仲間だ。仲間の元へ帰るぞ」


「え?」


「詳しい話しはここを出てからだ。身体も問題なく動くだろう?」


 マイヤーは、クロウに連れられるように騎士長室を出ると誰にも会わずに外へ出る。なぜか兵士は側にいなかった。


    

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