12話「虎狼」
フローレンス皇国の東にある国境にある街道上に作られたジブルタ要塞は、皇国の東への備えのために特化して作られた要塞だ。国境を接する大部分は、深い森林と崖などで大規模な兵を通過させられるのはこの街道しかない。
ジブルタ要塞にある執務室で王国への睨みを利かせるルッテン伯爵は、この要塞に到着するとすぐに再編成を行い自分が動かしやすい組織へと変革させていった。
警備体制を強化し出入国を徹底管理する。同時に森林部からの密入国を取り締まるために森に多くの哨戒兵を派遣した。
ルッテンにその哨戒兵から報告が上がったのは、ルッテンが要塞に入ってから2週間目の事だった。
「はい。北部国境を監視するために巡回任務についていた兵士が、王国兵士と思える兵士に襲撃され命を落としました」
「報告は誰が?」
「はい。別の哨戒兵がその現場を目撃しております。相手兵士と剣を切り結んでいたようですが、残念ながら全滅してしまったようです。駆けつけた兵士が逃げた王国兵を追いましたが逃げ切られたようです」
「相手は確認できたのですか?」
「はい。王国兵の鎧を着ておりましたので」
「王国兵が国境を越えてこちらの兵士を襲ったと?」
「はい。状況から見て間違いないものと」
「相手の数は?」
「確認できたのは5名と言う事ですが、現場の足跡などからもう少しいた可能性もあります」
「確か哨戒兵も5人一組でしたね。5人対5人で争いこちらが敗れるとなると相手には騎士がいた可能性もありますね」
一般的に騎士1人の力は兵士10人分とも言われている。
「はい。私も同じ考えです」
「わかった。この事をハンス宰相に報告する。それと今要塞に、皇国騎士は何名いる?」
「はい。ジブルタ要塞には現在、騎士伯が1名、騎士長が3名、騎士は18名おります」
皇国でも王国と同様に騎士伯は、騎士長の上位者であり、騎士長の中から選抜されたエリートだ。
「ならば哨戒兵に騎士以上の者を2名ずつ加えさせ、もし敵兵が襲撃してきた場合は迎撃できる体制を作るように現場に指示してくれ」
「き、騎士を哨戒任務に充てるのですか?」
「そうだ。相手が少数でも騎士以上の者を襲撃に加えている可能性があると伝えてくれ。通常の哨戒任務ではなく襲撃を撃退するための布陣だ。騎士が不満を言うようならば僕が説得にあたる」
ルッテンは慌ただしく出ていく兵士を見送る。
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皇国との国境に作られている王国の前線要塞であるワイマール要塞では小さな混乱が生じていた。度重なる人事異動の後に赴任したばかりの騎士長レイノール・グラカムは、部下からの報告を聞いてもすぐに次の指示すらだせずに頭を悩ませている。要塞の引継ぎを受けたのが昨日と言う事もあって状況を整理することがまだできないのだ。
「いったい何があったと言うのだ」
「は、はい。先ほど報告したように哨戒に出ている兵士5名が皇国兵と思われる一団に襲撃され犠牲となりました。たまたまその現場を発見した別の班の者が追撃しましたが、残念ながら追撃の途中で見失ったようです」
「そ、それは聞いたからわかっている。問題は、なぜ同盟しているはずの皇国が我が国の兵士を襲ったのかだ?」
「そ、それは自分にもわかりません。ですが、すでに兵士が被害にあっておりますので放置するわけにも参りませんのでグラカム騎士長に指示を仰いでいるところであります」
「昨日の今日で私に何がわかると言うのだ。そもそも哨戒がどのように行われているかなど今聞いたのだぞ」
「そ、それを自分に言われましても」
「ま、まずは、王都に報告を送る。皇国側の暴挙を早く王都にいる騎士団に伝えるのだ。そのうえで、ご指示をいただく。それまではこれまでどおりに…いやお前に任せる」
「じ、自分がですか?」
「そうだ。ここでの任務は私よりも君の方が長いのだろう」
有無を言わさぬ物言いでグラカム騎士長は部下に丸投げする。
「で、では哨戒にあたる兵士を増員させていただきます。それと報告は騎士団長でよろしいのですね」
「そうだ。まずは、騎士団長に事の顛末を報告するのだ」
「では、すぐにでも手配をいたします」
敬礼すると部屋を出ていく部下を見ながらグラカム騎士長は考える。ただ、考えているのはいかに保身するかと言った身勝手なものだ。
「くそ。どうして異動になったばかりでこんなことが」
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ワイマール要塞からの報告を受けたリカルドもその報告に困惑している。
「皇国との国境沿い王国側で皇国兵が王国兵を襲撃しただと?」
「はい。ワイマール要塞からの報告によれば、国境王国側で哨戒活動をしていた5名の兵士が皇国兵と思われる一団に襲われ5名が死亡したようです」
「間違いなく皇国の手によるものか?」
「報告ではこれ以上の事は記載されておりません」
「無能め。報告のあり方すら理解できておらんのか。詳細を報告するようにワイマール要塞に指示を出せ」
リカルドが不満を言うがそういった体質を蔓延させたのは、他ならない騎士団の面々だ。
「それにしてもなぜ皇国が王国兵を襲う必要がある?」
執務室で原因を考えていると
「あら。リカルド団長でも悩まれる事がおありなのですね」
騎士団長室に無許可で入ってくる細見の女性。騎士長セシリア・バーモントは、リカルドの側まで来ると横に立って報告書に目を落とす。立場を考えればありえない構図なのだが、リカルドもそれを咎めようともしない。
「セシリア。何の用だ?」
「少しだけお願いがあって。ドーラって村をご存じでしょ?」
「ああ」
あまり聞きたくない村の名前をセシリアから聞いてリカルドは不機嫌になる。
「そこにちょっと用事があるんだけど」
リカルドの首に手を回し甘えたそぶりを見せる。
「何が目的だ?」
「ちょっとね……因縁のある人がそこにいるのよ」
不敵な笑みを浮かべセシリアはリカルドの膝の上に乗る。騎士団の内情に詳しい者なら皆知っているとおり、セシリアはリカルドの愛人を公言している。
「好きにしろ」
リカルドの了承を得たセシリアは、リカルドにキスをするとそのまま身体を預けた。
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騎士団長から詳細を求める指示書が届きグラカム騎士長は机の前で頭を抱える。詳細を報告せよと言われても何と報告してよいのかわからない。
前任者は、それで地方に飛ばされたと聞いているし、報告ひとつで自分も僻地へ飛ばされるかもしれない。いや、それどころか騎士へ降格となれば、再び騎士長になるために頭を下げて回らなければならない。
「嫌だぞ。また騎士から始めるなんて」
頭を抱えながら机でぶつぶつ何かをつぶやくグラカム騎士長の部屋に伝令が報告に現れる。
「なんだ?」
グラカムが伝令の兵に不機嫌に確認すると
「セシリア騎士長より文書を預かっております」
と言う。
「なぜ?」
グラカムは、セシリア騎士長を知ってはいるが、これまでにも何の接点もない。
「寄越せ」
伝令兵から文書をひったくるように受け取るとすぐに封を開け目を通す。文に目を通すグラカムの目の色が変わった。
「そうか……」
伝令兵もその様子を見て下がってよいのか迷っていると
「まて、今、報告書を作る。お前はすぐに報告書をリカルド団長まで届けるのだ」
言うや否やグラカム騎士長は、報告書を書きはじめた。
「これで俺も……」