11話「疑心暗鬼」
マイヤーは、辞令を受け新たに赴任することになったドーラ村に到着するとすぐに兵舎に赴いた。騎士長が赴任すると聞いていた兵士たちの半分は、新たに補充された者たちだが、残りの半分は以前に何者かの襲撃を受けた経験を持つ兵士たちだ。
そして、赴任前にこの村を統括していた騎士ドメス・ニコラスが代表してマイヤーに挨拶する。
「遠路、ご苦労様です。指示書どおりドーラ村の全権を委譲いたします」
儀礼どおりに赴任の挨拶をそつなくこなしたマイヤーは、兵士たちの顔を見て不安を感じ取る。半数の者の覇気のなさも問題だが、残りの兵士の兵士としての資質にも課題を感じた。
「騎士ニコラス。兵士の士気がずいぶんと低いようですが何か原因があるのですか?」
ニコラスは、マイヤーよりも5歳くらい年長だが、騎士長であるマイヤーの方が身分が上となる。覇気のない兵士の件の事を聞くためニコラスを騎士長室に呼び寄せるとすぐにマイヤーはニコラスに質問をぶつけた。
「お聞きではありませんか? このドーラ村であった襲撃事件の事を」
「確か獣人の報復を受け騎士長や兵士が惨殺されたと」
「はい。その際の襲撃があまりにも凄惨なものだったようで、生き残った兵士もそのショックを受けあのような状態になっています。また、ドーラ村を任されているボイヤー様が、急遽召集した兵士はまだ兵士としての訓練も満足に受けておりませんので致し方ない事かと」
兵士として満足に使えない者が100人いるだけと言うニコラスの説明だ。
「しかし、それでは何かあっても満足に戦うことも難しいのではないですか?」
「それは、マイヤー騎士長のご活躍次第かと」
すべてを丸投げされたと理解したマイヤーは内心頭を抱えたが、顔に出すような事はしない。
「騎士ニコラスは、この後の辞令は何か受けているのですか?」
「次の辞令があるまでここで待機するように言われております」
「そうですか。ではそれまでの間は、是非練兵にもご協力ください」
ニコラスは頭を下げ退室していく。
一人、騎士長室に残ったマイヤーは、何から手をつけてよいものかと思案を始める。任された責任は重くやらなくてはならない仕事は膨大だ。それでもマイヤーは、誠実に実務をこなすべく机に積み上げられた書類に目を落とす。
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「そうか。また、新たな騎士長が赴任したのかもな」
「さっき、偵察に出ていたらそれらしいのが通過したからね」
定期的に哨戒任務についているミュアがクロウに報告している。
「まあ、今のあの村には、余計なちょっかいを出せるだけの力はないだろうがな」
「何か手を打つの?」
「そうだな。こちらを探るようなまねをするなら考えるけど、そんな優秀な奴がこんな辺境の村に赴任するとは思えないな」
「じゃあ。当面は静観ってことね」
「ああ、それよりも国境付近に斥候に出ているロドス達とつなぎをつけてくれ」
「了解。何かあればクロウに報告すればよいのね」
「無理言って悪いな。頼りにしているよミュア」
「べ、別に気にすることはないわ。私…達はクロウに助けられたんだから」
ミュアは、照れながら向いて部屋を出ていく。
それから数日後、帰還したロドス達からの報告によれば徐々に国境沿いの様子が変化している事がわかった。両国共に斥候や哨戒の兵士を増やし互いに探りをいれるように活動するようになった。結果、物々しい相手の行動を見ては自国の兵士を増やし、相手に発見されると相手も兵士の数を増やしていく。疑心暗鬼に陥る両国の間には火種が徐々に増加しつつあるのだ。
「後は、仕上げだな」
「ついに動くのか?」
「ああ」
クロウの周りに仲間たちが集まる。これまでにも何度もクロウの作戦を聞き、実行してきたクロウの仲間たちは、また大きな成果をあげるのではないかと期待を膨らます。
「今から部隊を3つに分ける。王国の鎧を着た班と皇国の鎧を着た班だ。国境沿いで哨戒作業をしている兵士を襲撃しその様子を発見されて欲しい。ただし、遠くから見つけられる程度だ。襲った兵士はきちんと止めを刺すこと。あとこちらの正体がばれないように注意してくれ」
「皇国の鎧を着た班が、王国の兵士を襲うってことだな」
「ああ。そのとおりだ。その様子を王国兵が遠くで見れば仲間が皇国兵に襲われたと考えるだろう」
「そうか。なら王国の鎧を着た班が、皇国兵の前で皇国兵を襲えばいいんだな」
「皆、わかってきたな」
「おまえといれば少しずつだがな」
周りの仲間も理解したようだ。
「鎧を着ない者は、仲間の退路の確保だ。余計な者に見つかった場合は、きちんと殲滅してくれ」
クロウの指示の後、人族に近い容姿をした獣人を選び2つのグループを作る。ダルカスが加わりたいと熱意を向けるが、着れるような鎧は当然ないのでクロウになだめられあきらめた。
「作戦はほぼ同時に行う。ミュアは何人か連れて先に進んで斥候を頼む。1班は、ロドス。2班は、ヘイストが担当してくれ。俺は残りの仲間と退路の確保と警戒を行う」
ヘイストは狼の獣人。故郷の村を人族に急襲され村は全滅。ヘイスト自身も両足を失いながら村の側を流れる川に流されていたところをたまたま通りかかったクロウに救われた。
寡黙な男だが、クロウへの忠誠心は高い。
皆は頷くとすぐに準備にかかった。
拠点を出発したクロウ達は、警戒しながら南下し国境へと向かう。道なき道を進むクロウ達を見つける者はおらず数日で目的地へたどり着いた。
先行していたミュア達と合流したクロウは、すぐにミュアの報告に沿って細かな計画を立てる。
「よし。相手が報告どおりに巡回しているならばあと少しで5名の兵士が巡回に来るだろう。その後さらに2時間後に次の巡回が来るはずだ。俺達で最初に来る巡回の兵士を捕え拘束しておく。次の巡回の兵士をミュア達が発見したら拘束を解き、次の巡回の兵士に目撃させてから始末する。タイミングよく拘束を解かないと怪しまれるから十分注意してくれ」
クロウ達は、巡回する兵士を待ち伏せるために死角となるよう木々に身を隠す。そうとはしらない巡回の兵士たちが周囲をうかがいながら接近してくる。地面に身を隠していた熊族の男がバサッと落ち葉を払うように現れると驚いた兵士たちの視線が熊族の男に集まる。それを狙って木の上に身を隠していた別の獣人が木から音も立てずに飛び降りると兵士の首に短刀をあてた。
「動くな!」
後ろから聞こえた声に反応した兵士が一斉に後ろを振り返ると1人の兵士の首に短刀が突きつけられていた。
「なっ! 獣人が何を!」
兵士の一人がそう言った時には、周囲はクロウ達にすっかり包囲されている。周囲を囲まれた事を知り、警戒する兵士は1人を人質にされたまま円陣を組む。
「命が惜しければ武器を捨てろ」
クロウがそう言って剣を向けても兵士たちは武器を手放さない。クロウが捕えた1人の兵士の首に短刀を食い込ませるから兵士を受け取ると黒い剣を首に突きつけた。
「仲間の命はいらないようだな。なら……」
止めを刺すようにクロウが大きく剣を振りかぶると慌てて兵士の男が
「ま、まってくれ。わかった。武器を捨てるからやめてくれ」
と懇願する。ぎりぎりの所で剣を止めたクロウは
「よし、ならば武器をこっちに投げろ」
指示された兵士たちはしぶしぶ武器の剣をクロウの方へなげ、両手をあげた。
「少しの間、拘束させてもらう。そのうち解放するつもりだから少しおとなしくしてくれ」
クロウの言葉にほっとした顔をする者もいたが、解放された時には兵士の命はない。だが、クロウの言っていることに嘘はなかった。
特に縄を充てるでもなく5人の兵士を座らせて周囲をクロウ達で囲む。
「お、おまえは人族なのになぜ獣人と一緒にいる?」
勇気のある兵士がクロウを見てそう聞くと
「俺は人族じゃない。まあ見た目は一緒かもしれないけどな」
「お、俺達をどうするつもりだ?」
「言っただろ。少ししたら解放するって。もう少し待っていてくれ」
時間を待つ意味を理解できない兵士たちもそれ以上聞く勇気もなくおとなしく座っている。およそ2時間近くが経過したころミュアが現れクロウに耳打ちした。
「まもなく次の巡回が来るぞ」
「わかった。じゃあ計画通り頼む」
そう言うと皇国の鎧を着た獣人5人を残してクロウ達は、その場を離れていった。何が起こるのか意味も理解できない兵士たちは、突きつけられた剣をじっと見ていたが、ほどなく1人の獣人が渡した武器を兵士他達に返却した。
「か、解放してくれるのか?」
武器が返された事をそう捉えた兵士がロドスに尋ねると
「ああ。約束通り解放するぞ。好きにしてくれて良い」
解放の言葉を信じ5人が武器を手に取った瞬間、ロドスの剣が兵士の身体を貫いた。
「な、なぜ?」
倒れていく兵士を見て武器を取った兵士が獣人の男に襲いかかる
「ちくしょう騙したな」
「嘘は言っていないがな」
残り4人もロドス達に剣を向けるが、獣人の男たちの身体能力は兵士よりも高く軽々といなされ1人、また1人と殺されていく。
そして遠くでその姿を見ている別の巡回兵から
「何をしている!」
と声があがった。巡回に来た兵士の姿を確認し向こうがこちらを視認できる距離までゆっくりと待ち、最後の兵士に止めを刺すとロドス達は一気に撤退に移る。
後ろから「待て」「逃げるな」と聞こえたが、そんな指示に従う者はいなかった。
合流地点でクロウ達と合流した後は、もうひとつの国境へ向かい。同じように兵士を拘束し、巡回する兵に敵国の兵士が味方を襲うところを目撃させるとクロウ達は国境を後にした。
「さあ。後はお任せしよう」