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クロウの剣  作者: 山と名で四股
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10話「国境沿いの異変」

「国境沿いを監視する兵士が数名戻っていないと言うのか?」


 兵士から報告を受けたハンス宰相が声を荒げる


「はい。国境沿いで哨戒任務についていた兵士が5名ほどもどっておりません。これまでにも1名程度であれば戻らないこともあったのですが、短期間に複数名が戻らないと言う事はありませんでしたのでご報告いたしました」


 ハンスは、報告を聞き以前北部で発見された王国兵の死体が頭をよぎった。


「国境付近である以上、王国側と関係がないとは言いきれませんね。当面哨戒は数を減らし・・・いえ、複数名で行う事として、これまでどおり実施するように伝えてください。王国側に動きがあればすぐに報告するように指示してください」


 指示を受け退室していく兵士と入れ替わるように部屋に身なりのよい男が現れる。


「ルッテンか」


 ハンス宰相が声をかけたのは、ルッテン・エール伯爵。皇国が誇る皇国軍の若き将軍だ。遠征から戻ってからはハンスと共に謝罪のためにあちこちへ頭を下げてまわっていた。


「国境で何かあったのですか?」


「まだ、はっきりはしてないが、うちの哨戒兵が、数名国境付近で行方不明になっているそうだ」


「王国は、同盟を反故にするつもりなのでしょうかね?」


「それはまだわからないね」


「先の補給部隊への襲撃と関係があるとお考えですか?」


「それも何とも言えないな。でも、王国が関わっているのならば、僕はその事を許すつもりはないけどね」


 ハンスもルッテンも遠征の失敗により、多くの者の信頼と財物を失わせた。幸い、皇王のとりなしで事なきを得たが2人だが失ったものは決して少なくない。


「王国が大規模な東征を計画しているとの報がありました。そのような時期に皇国と争うとは到底思えないのですが?」


「そうだね。こちらと同じ目的を持っているから向こうも接近してきたんだ。お互いに後顧の憂いを絶ち、戦力を集中したいと考えるのはおかしな事じゃなかった。利害が一致したから長年敵対していた2国が同盟にまで至ったのだからね」


 経済や宗教の問題もあって2国は昔から常に争いを続けている。その2国が過去の遺恨を取り払ってまで締結した同盟だ。だから安易に同盟が破棄されるとは思わない。


「抜け駆けでしょうか」


「こちらがいち早く遠征の準備を整えた事に対してかな?」


「もし、こちらの遠征が成功しエルフ国を併合していれば、皇国は王国を越えるほどの軍事力を手にした事でしょう」


 遠征で得られるはずだった富は計り知れない。それにエルフ国を制した後、フローレンス皇国が向かう先は東と決まる。


「それは間違いない。だが、だからと言って憶測だけで王国を疑うわけにはいかないな」


「実は、今日はお願いがあって来たんですよ」


「お願いとは?」


「私を国境側にあるジブルタ要塞に派遣してください」


「君をかい? 目的にもよるが」


「僕なりにこちらの補給部隊を襲った犯人を捜しています。その糸口が国境沿いにあるかもしれない。それではだめですか?」


 ルッテンの提案にハンスはすぐに返事を返せない。皇国の剣とも言われるルッテンを国境沿いの要塞に配置すればいたずらに王国を刺激する事になる。相手に余計な疑念を抱かせれば王国との信頼関係にも影響を与えかねないからだ。


「ルッテン君は、王国を疑っているのかな?」


「そうですね。こう言うのはどうでしょう?哨戒任務で行方不明になっている兵士が、僕の知人だと言うのは?」


「そうなのか?」


「あくまでたとえ話ですよ。でも、それなら納得いただけるのでは?」


「そう言うことか。だが、君の本当の目的は何だね?」


「戻ってから補給部隊を3度襲撃した何者かの事をずっと考えています。あのような見事な襲撃を行う事が自分にもできるのか。自分ならどのような方法で行うかとね。でも確実にいるんですよ。その見事な襲撃を指揮する者がどこかに……」


「君は……?」


「これまで獣人やエルフを相手に戦う事は何度もありましたが、相手は何の策も作戦もなくただ正面から抵抗するだけでした。だから僕はこの襲撃の犯人は、獣人やエルフではないと考えているのです。そして、その相手はおそらくは人族の思考や戦略を理解している者だと思います」


「そうだね。確かに君の推測のとおりだろうね。補給部隊の進路を予想し、さらには海路を使った輸送にすら意識を向けるような者がいた。君とは少し違うけど、私は何のために補給部隊を襲ったのかが気になっているんだ。もし、補給部隊を狙った目的が遠征軍を撤退させるための計画的なものであったのならば、相手は大局的な見地で物事を捉えることができる者だろうね」


「はい。ですから人族の手によるものだと考えたのです。そして、隣人の中で最も知略に長けた者がいるとすればそれは王国だと思います。先ほどの哨戒兵の失踪もひょっとするとその何者かの遠大な策なのかもしれないとね」


「ふむ。そう言われるとこのまま放置するわけにはいかないですね。それで相手の狙いは何だと思います?」


「王国が犯人であればやはり、皇国の混乱や足止めでしょうか。皇国を閉じ込めておけばそれだけ王国が優位に立つことが可能です。もし、王国以外の者が犯人であれば、王国と皇国を仲たがいさせる事で利を得る者の仕業となるでしょうか」


「小国家連合の若き英雄ですか?」


 小国家が連合を組む形で形成される連合の中で頭角を現した若き英雄は、名前をセイオス・イサークと言う。若干15歳で小国の王となったセイオスは、わずかの間に周辺諸国をまとめ上げ小国家連合を1つの国のように作り替えた。今はまだ、小国家連合を名のっているが、近い将来には、新しい国を作るのではないかと噂されている。


「皇国と王国の同盟を破棄することができれば、新たな国として独立しやすくなる?」


「そうですね。さすがに列強2国が同盟している状態で建国するとなれば色々と不都合もあるでしょうね」


「どちらにしても当面は、王国側の国境沿いに事が起こりそうな気配があります。改めて僕をジブルタ要塞に派遣する許可を検討くださいませんか?」


「止めて見せると?」


「次の遠征を準備するまでにはまだ時間が必要です。それまでの間、東への備えをしっかりと行い。2度と襲撃されるようなことがないように努めたいのです」


「わかりました。ルッテン伯爵には、ジブルタ要塞の警護をお願いいたしましょう」




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 部下の報告を受けたマイヤー・ライオット騎士長は、その報告をどのように上にあげるべきか思案を巡らせている。


 5年前、ルシエル学園を主席卒業した彼女は、昨年騎士長へ昇格し国境警備の任務を与えられた。騎士から騎士長になるためには、定期的に行われる試験に受かる必要があり、その試験は、騎士が総当たりで行われ最も勝率の高い数名が騎士長に昇進できる仕組みになっている。しかし、試験では先輩騎士からの余計な指導や金銭の授受が当たり前のように行われており、実力がすべてと言うには程遠いものになっていた。賄賂はもちろん不誠実な事が根っから嫌いなマイヤーは、先輩たちからのありがたい指導も金銭の受け取りも拒否してしまったため騎士の中でも浮いた存在となっていた。それでも、先輩や同僚の再三の嫌がらせにも屈せずわずか4年あまりで騎士長に合格する事ができた。


「どう報告しても私の責任か」


 騎士長になってからも周囲の騎士や騎士長たちの目は、自分に厳しい物がある。何かにつけては、嫌がらせを続ける同僚にほとほと疲れてしまうが、任務となるとそうも言っていられない。

 部下からの報告は、国境沿いを巡回する兵士の失踪。兵士の脱走や亡命と言った出来事は稀にあるが、今回の報告は5人の兵士が戻らないと言う。


「管理不行き届きか」


 マイヤーは周囲に悟られないようにため息をひとつすると顔を叩き気持ちを入れる。


「マイヤー・ライオット入ります」


 ノックし入室の許可を得たマイヤーは、ドアを抜けると姿勢よく敬礼する。


「ライオット騎士長だな。報告書は読んだ。詳細を聞こう」


 マイヤーが相対している上官は、騎士団のナンバー2と言われるピボット・スレイマン副団長。年齢は、団長であるリカルドよりも20歳ほど上と言う壮年の男で近年は騎士と言うよりも事務方と言った方が似合う姿となっている。その久しく剣も握っていないような副団長がマイヤー騎士長を両肘をついた机の向こうから見つめている。


「はっ! 皇国国境沿いを定期巡回する兵士が戻らないと最初の報告があったのは4日前の事です。その翌日にはさらに4名の兵士が巡回から戻らない事を確認いたしました」


「なぜ、5名もの兵士が行方不明になるまで放置したのかね?」


「最初の兵士が戻らない事を確認したのは4日前の午後6時であります。おおむね3時から4時ころに帰還する兵士であったため当初は遅れているものと判断いたしました」


「君の管理上の問題ではないと?」


「いえ、最終的に兵士が帰還できなかったのは事実であります」


「日頃から部下をきちんと管理していないからではないのかね」


 哨戒する兵士の情報を的確にまとめ報告しているマイヤーが、責められる要素など本来はないのだが、スレイマン副団長はマイヤーの責任としたいようだ。


 そもそもマイヤーの取った行動はむしろ賞賛される内容だ。優柔不断の騎士や責任逃れを考える騎士あれば、このこと自体をもみ消そうとするものもいるだろう。


「マイヤー君には悪いが、君には国境沿いの警護任務はまだ早かったようだね。君には王国北西にあるドーラと言う村の護衛任務を与える。すぐに準備し向かってほしい」


 スレイマン副団長は、マイヤーにそう言うと書類を1枚渡し退室するように指示する。マイヤーには、不満も言いたい事も山ほどあるが、これが今の騎士団の実情だと思うと黙って従う事しかできない。新たな辞令を受け取ったマイヤーは、また周囲に悟られないようにため息をつく。


「ドーラってこの前襲撃を受けたって村じゃない?」



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