1話・あの日になにが起こったのか
それから5年後。
今でもあの日のことを夢に見る。
世界の常識が崩れてしまった、あの日のことを。
「起きろ!さもないと課題を増やすぞ!起きろ!さもないと課題を増やすぞ!」
俺は独特なアラームを鳴り響かす目覚まし時計を強く叩いて止めた。強く叩き過ぎて手が痛い。
『お前なんでそんなのをアラームにすんだよ?』
俺は寝ぼけた頭で数日前の中川との会話を思い出していた。
「いきなりあの嫌われ者の武谷に『目覚ましのアラームにするんでこのセリフ言ってもらえます?』なんて言ってさすがに武谷も驚いてたぞ。ま、あの顔は最高だったけどな」
中川は『あの顔』を思い出して笑った。
「アラームの音はならべく嫌な音が良いと思ったんだ」
「思ったからって実際に録音できる目覚まし買ってお願いしに行くのなんておまえだけだぜ。確かに嫌な音ではあるけどな」
武谷は俺たちが通っている学校の国語教師だ。体格がよく顔も厳つく見た目はまるで暴力を仕事にしてる人間のようだった。
それだけでなく性格もまるでそれだった。
少しでも機嫌が悪いとそれを晴らすかのように俺たち生徒の課題を増やしその嫌そうな顔を見て自分が王様であるかの様な顔をするのである。
典型的な威張り切った教師だ。
もちろん生徒からの人気は皆無で俺もゴキブリ並みに嫌いだった。
「まさかあいつもやってくれるとは思わなかったな」
「あの時は機嫌がよかったからな」
「なんで分かるんだよ」
録音を頼んだら武谷はすんなりやってくれた。そして言った。
『今度おかしなことを頼んだら課題増やすぞ』
「あいつは『課題増やすぞ』って言いながら生まれてきたんだろうな」
中川はまた笑いながら言う。
「確かにな」
そうであっても不思議じゃないと思った。
そんなことを思い出しながら俺はベットから立ち上がり一階のリビングに向かった。
リビングには誰も居なかった。父はもう仕事に行ったのだろう、いつものことだった。
それから俺は登校する準備をし適当な朝食を用意しそれを食べながらテレビのニュースを眺めていた。
ある能力者が民家に人質と一緒に立てこもった事件が発生し警察が能力者を射殺して解決したとの内容らしい。
画面の中で小太りのコメンテーターが言う。
『最近こういう能力者の事件は少なくなってきていたんだけどねー、やっぱり能力者の考えてることは分かんないねー』
「なんて内容の無いコメントなんだ、コメンテーターっていうのは小学生でもできるんじゃないか?」
思わず独り言を言ってしまっていた。
画面の左上にある数字は家を出なければいけない時刻を指していた。
これが5年前のあの日に変わった常識だった。
あの日に飲み物を飲んだ人たちは次の日に信じられない程の高熱を出した、さらに次の日に不思議な力を宿していた。
そしてそれは本当に人それぞれだった。どれも独特ではあったが。
後にその人たちは『能力者』と呼ばれるようになった。
あまりにもそのままでもっと格好いい呼び方があったのではないかと思ったがそうなってしまったものはしょうがない。
能力者たちには二種類あった。
能力を得、戸惑い、それを隠す者とその能力を使い己の欲望を叶えようとする者だ。
そして後者は様々な方法で欲望を叶えようとした。暴力や窃盗や更におぞましいやり方で。
そんな世界の中で能力者でない一般人は怯えて過ごすしか無かった。
しかしそんな日々はそう長くはなかった。
日本の政府はこの状況を恐れある法を定めた。
それはもし犯罪が発生しその犯人が能力者だと分かった場合はどんな事情があろうとも射殺してよいと言う内容だった。
それは『あの日』からわずか三か月で定められた。
やはり人は自分が大事でどこか知らない誰かが知らない誰かに殺されても自分が安全ならそれでいいのだろう。
別にそれは間違っている事ではなくむしろ当たり前のことだと思った。
能力者も現代の武器に勝てないのかそれともただ飽きたのか能力者による犯罪は徐々に減っていった。
しかし能力者自体が減ったわけではなく今もどこかで必死に自分の能力を隠して生きているのだろう。