8話 無銭飲食
「「ご馳走様でした」」
僕と風流楓は二人揃って手を合わせ、腹八分くらいの満腹感と満足感、そして食後の余韻に浸りながら一息つく。
「いやー美味しかったなー」
「そうですね、意外と美味しかったですね」
異世界ということもあり、食事関して少々不安を抱いていた僕たち。変な肉やら変な野菜やら変な飲み物が出てきたらどうしようかと思っていたが、ここに住まう人たちもまた人間。
当然、僕たちの住む世界と同じような料理── 僕たちが注文した料理はオススメパスタランチというもので、浅蜊のパスタとサラダ、自由に選べるドリンク──が木造りのテーブルの上に並べられた。
安堵を得た瞬間である。
また、値段もリーズナブルで900F表記されてあった。Fというのは恐らくこの世界での通貨のことだろう。Fはフォンと読むらしい。900Fとなると日本円で900円だと予想できる。
あと意外も意外。この世界の言葉や文字に関してだが、店員さんやメニュー表の文字を特に違和感なく聞き取れまた読み取れた。何と都合のいいことなんだと思いつつも、神様が気を回してくれたのだと納得した。
「このあとどうしますか?」
「そうだな、僕はまず風呂に入りたいな。もうなんか、身体が汗でぐちょぐちょでさ」
「お風呂! いいですね!」
「それから寝たいから宿屋を借りてそこで休みたいな」
「宿屋! いいですね!」
僕の提案に風流楓も喜んで賛同してくれた。なんかいいよな。宿屋とか一回泊まってみたいもんな。
「あっ、あとそれからそれから。武器屋とか防具屋とかで色々買い物もしてみたいな! そして、帰りにカジノにも行ってみたいな!」
「いいですね! もう、なんかエンジョイって感じで!」
このままこんな生活をして魔王討伐だの殺し合いだの物騒なことを忘れてしまうのもまた良いかもしれない。まぁ、そのためにはこの世界に送られた他の女の子たちの魔王討伐を阻止しなければならないのだが……今は何か楽しいから深いことは考えないでおこう。
と思ったんだけど。
何やら突然、風流楓が不穏な口調で言い出す。
「それで、夏さん」
「ん? どうしたんだ?」
「お金は?」
「………………」
現実に引き連れ戻されるような言葉。
お金。
「……え、無いんですか?」
「いや、無いけど」
「1円も?」
「……うん、1円も」
何だかだんだんと自分の顔が青ざめていくのがわかる。
そう。これは……。
「……その前にコレ、誰が払うんですか?」
「………………」
風流楓が指をさしたのは僕たちが注文した料理が盛ってあった皿。
これはどういうことなのかというと……お金が無いのに料理を注文してしまい食べてしまったということだ。
つまり、無銭飲食。
無銭飲食である。
「お前は、その……お金持って無いの?」
「いえ、ありませんが」
「………………」
えぇぇ……。ど、どうしよう……。
完全に浮かれていた。というか疲れきっていて、何も考えてなかった。
「さ、探せぇぇっっ! ポケットの中や靴の中にもしかしたらお金があるかもしれない! 1円でも良い! 諦めるな! 探せぇぇっっ!」
掛け声と同時にそれはそれは僕たちは一生懸命血眼になって服の中やらポケットの中やら靴の中まで金銭を探した。が、あるはずもなく……。
いや、
「あ!」
希望。
風流楓は何かを見つけたようだ。金銭じゃなくても良い。金目のものだったらそれは希望だ。
「何か見つけたか⁉︎」
「ポケットの中から飴玉を見つけたんですが、あとポケットティッシュハンカチも」
「…………捨てろ」
風流楓のポケットの中には金目のものなど無く、ただのゴミが入っていた。
希望から絶望へ。
飴玉? ポケットティッシュハンカチ? 笑わせんなよ。マジで。んなもん今はいらねーんだよ。
「てか、本当どうするんですか!? 無銭飲食ですよ!? わかりますか!? 無銭飲食なんですよ!? 私たちこんなところまで来て犯罪者になっちゃうんですよ!?」
「いや、わかってるけどさ……。どうしようも無くねもう……」
ココはアレだ。
もう逃げるしかないな。
「よし。逃げよう」
「何を馬鹿なことを言っているんですかあなたは!」
「だって、どうしようもないじゃん。なに? これ僕が悪いの? 違うでしょ? 一緒に付いてきたお前も悪いじゃん。まさか、男だから奢ってくれるよねみたいな女の腐った性根で僕に付いてきたの? ん?」
「……ぐぬぬぬ。いちいち、腹の立つ言い方しますねあなたは……」
「もうだからここは逃げるしかないんだって。な? 正義の為ならば多少の犠牲も必要なんだよ」
「……これの何処に正義があるのかわかりませんが、いいでしょう。不本意ながら腹をくくりましょう」
凛とした表情で言う風流楓。
僕たちはそのまま席を立った。
周りの客や店員たちに悟られないように周囲を確認する。
「僕が合図したら走り出せ」
「……わかりました」
息を呑む瞬間である。
楽しく談笑する客たち。暇そうに窓の外を眺めている店員と楽しく談笑している店員たち。
これは好機!
「今だ!」
──────────。
「ちょっと、お客様」
ズラかろうとした時だった。
背後から悪魔の囁きのような野太い声が聞こえた。
死んだ……。
と思った。てか、僕は一日に何回この気持ち味わえばいいのだろうか。
「あ、いや、はい……?」
後ろを振り返ると、コック帽を被ったガタイの良いちょび髭のおっさんがコック服の袖を捲くって腕を組み仁王立ちしていた。恐らく、ここの店主なのだろう。
こぇぇ……。
「まだお代を頂いてないのですが」
やべぇよ。バレたよ。無銭飲食バレちゃったよ。てか、このおっさんステルス能力高すぎだろ。逃げる時ちゃんと周りを確認してから走り出したのに、彼奴め背後に回り込んでいやがったとは。
「……い、いや、そのですね! 違うんですよ! これは!」
風流楓はいつにもなく、慌てふためいていた。
「違うとは? どのように違うのでしょう」
おっさん、なるべく笑顔を作って僕たちに接しようとしているのだが、もう目が笑っていない。
殺されるんか、僕たちは。
ちっ。本当はこんなことしたくなかったんだが、ここはもう正当防衛ということで。
「殺ってしまえ」
僕は風流楓に指示を出した。本来ならばここは男の僕が行かなければならないところだが、何如せん僕にはそんな力はない。
しかし、これは危ない賭けだ。風流楓は僕にそれなりの力があると思い込んでいる。ここで変に僕が行かなければ、それがバレてしまう危険性がある。これは風流楓と行動する以上、バレてはいけない事柄だ。まだ、僕は風流楓を完全には信用しきっていないのだから。
だが! 今はそんなリスクどうでもいい。目の前にある脅威を排除しなければ僕たちが逆に殺られてしまう! それは阻止しなければ。
「な、何を冗談めいたことを……」
「いいから、殺ってしまえ」
「いや、だから……」
「時に正義の為ならば多少の犠牲も必要なんだよ」
「だから正義なんて何処にもありませんから!」
普通に突っ込まれた。
「あっははははははははは」
すると、突然、おっさんが笑い出した。
やばい。やばい。やばい。これやばい奴だ。本当に殺される奴だ。
と思ったのもつかの間、
「若いってのはいいねぇ。君たち、変な格好をしているが冒険者かね?」
何かいい感じのことをおっさんが口走るものだから、
「「あ、はい」」
僕と風流楓は顔を見合わせ適当な返事をした。