6話 始まりの町スターメン
ただひたすら歩くこと数時間。
いつの間にか日が昇っていた。
徹夜した時のような疲労感に襲われながら、僕は背中で寝ている風流楓を下ろし大きな木の下で座り込む。
森を抜け平原へとたどり着いた僕はホッと胸を撫で下ろす。
というのも、森だと視界が悪くいつ魔物に襲われるかわからない。それに加え、風流楓をおぶっているというハンデ付きだ。
それに引き換えここ平原だと視界が良く遠くまで見渡せ、いつ襲われるかという魔物への恐怖心が和らぐ。しかも、ちょうど休むのに適した日陰もある。
僕はポツンと聳え立つ一本の木に寄りかかり眠りにつこうとした。
心地よい風。
心地よい日差し。
心地よい環境音。
風流楓には悪いが僕はここで一眠りさせていただく…………。
「……ちょっと、夏さん」
意識が飛びかけた瞬間。横からぶっきらぼうに誰かが僕の名を呼んだ。
目を開け確認すると、そこには寝ぼけ眼の風流楓がいた。
起きたのか。何ともタイミングの悪いことだ。
「……一休みさせてくれ」
「別にいいですけど」
「……けど、なんだよ?」
「いや、あなたが寝ている間、私何をしてたらいいんですかね」
「…………」
なんだこいつ……。
「知らねーよ」
「そんなに怒らないでくださいよ。ただ私は暇を持て余してしまうというか、夏さんの寝顔を数時間も眺めたくないというか……。とりあえず、暇は嫌ですよ?」
「…………」
う、うぜぇ……。なんだよこいつ。マジでなんだよ。自分が体力を回復したらそれでもう良いってのか? あ? おかしいだろ。自己中過ぎんだろ。
「それに夏さんは言いましたよね。近くの町まで送ってやるって。ここ、町じゃないんですが? 平原なんですが? 木の真下なんですが?」
「…………あ、いや、ちょっと静かにしてもらえます? 寝たいんで」
「もうー! 夏さん!」
言いながら、ボロボロになった僕の体を揺する風流楓。こいつは人を労わるってことを知らんのか。
「…………ちょっと、無視しないでくださいよ。何なんですか。暇で死にそうなんですが?」
いや、うぜぇよ。普通にうぜぇよ。何なのこいつ。かまってちゃんかよ。
「もうー! 夏さん! 寝ないでくださいよー。こんなところで一人でじっとなんかしてられませんよ私!」
「ああ! もう! わかった! わかったから! じゃあ、こうしよう! 五分! 五分だけでいいから寝かせろっっ!」
「そう言って永遠の眠りに入るつもりでしょ? 私は騙されませんよ!」
なんだよ永遠の眠りって。死んでんじゃん。死ねってか? あ?
「ああ! じゃあ、一分! 一分でいいから寝かせろ。つか、黙れ。黙り込め。沈黙に浸っとけ!」
「そう言って私を騙すつもりですね⁉︎ わかりますよ私は! 一分。つまりは、六十秒! 六十秒ですよ⁉︎ 六十秒! 長過ぎます。途方もなく長過ぎて、逆に私が寝てしまいます!」
こいつ……頭大丈夫か? 寝起きだからこんなにも頭がおかしいのか……?
「とにかく、私は早く町へ行きたいんですよ。こんなところで暇を持て余している暇はないんですよ!」
「……はい。もう、わかりました……」
結局、僕は風流楓の熱い暇を持て余したくないという思いに折れ、重い腰を上げた。
誰かと旅をするってこんなにも怠いのか……。驚愕だわ。
★
疲れ切って歩いている僕の隣を何やら上機嫌で付いて歩く風流楓。この高低差よ……ったく……。
「なんだかお腹が空きましたね♪ 夏さん」
鼻歌交じりにそんなことを言う風流楓。
今は遠足じゃないぞ。ピクニックじゃないんだぞ。ここは異世界だぞ。未知の世界だぞ。何を楽しそうにしてやがる。いや、異世界ならば心踊る気持ちも理解できなくもないが、見た感じこの平原もごくありふれた風景であまり新鮮味がない。
なんでこいつはこんなにも楽しそうなんだよ。
「その辺の草でも食ってろよ」
眠気と疲れで食欲すらない僕はぶっきらぼうにそう言った。
現実を思い知れ。
「……え、草ですか……。悩みますね……」
満更でもないってか。正気かよこいつ。
と思いつつも、僕たちはなんやかんやこの世界へ来て十数時間以上経っている。
それに加え、僕は死を目の当たりにすること二回。狼もどきに襲われ死を悟り、風流楓に殺されかけ死を悟る。たった数十分足らずで二度も死にそうになったんだ。やばいだろこれ。
風流楓は僕を殺すため魔力を使い果たして今に至る。
確かに常人ならギブアップものだが、何如せん、今の僕たちに食料を確保する術などあるはずもなく、次の町までひたすら歩くしかない。
急に見知らぬ土地へ放り出されるというのはこんなにも苦労するのか、としみじみ思った。
高度な順応力が欲しいところだ。
「ところで、夏さんは今高校生ですよね? 何年生なんですか?」
おっと。ここで初対面同士でよくある質問か。
まだ僕たちは出会ったばかりだ。これが筋なのだろう。
「あ? 僕は今高校三年生だよ」
「私の一個上ですか」
まぁ、幼い感じもするが見た目相応だな。高二か。おっぱいないけど。
「本来ならば、こんなところでこんなこともせずに最後の学園生活を謳歌してたんだぜ僕は」
「……へぇ。夏さんって意外とリア充なんですね」
「まぁ、嘘だけどな」
「やっぱりですか。根暗っぽい感じですもんね」
「…………」
失礼だな。
「じゃあ、逆に聞くけどお前はどんな学校生活を送ってたんだよ」
「そうですね……。まぁ、可もなく不可もなくって感じですね。それなりに友達もいましたし、それなりに成績も良かったですし。言ってしまえば、普通とでも言うのでしょうか」
普通か……。底辺の人間から言わせてもらえば日常において普通が一番と僕は考えている。普通──すなわち並みである。
人並みの幸せ。
人並みの不幸。
どれが訪れてもそれは人並みでしかない。
しかし、底辺の人間から言わせてもらえば人並みこそ至高なのである。
そんな風流楓がこんなことに巻き込まれてしまって、それはもう災難だったなと僕は思った。
しかし、こうも思った。
こんなことに巻き込まれてしまった時点で風流楓は人並みではない、と。
「……ま、僕とお前は災難だよ、ほんと……」
「ん? どういう意味ですか?」
「……いや、何でもないよ」
「まぁ、いいですけど。……って、さっきから私のことをお前お前って! 名前で呼んでくださいよ! 夏さん」
頬を膨らませ抗議してくる風流楓。
名前か……。女の子を名前で呼んだことのない僕には少々難易度が高い……。
「……おう。いつか呼んでやるよ」
照れ臭さを隠しきれずに僕は言った。
「ふふふ」
イタズラっぽく笑う風流楓。ってか、こいつえらく上機嫌だな……。なにどうしたの?最初はあんなにも敵意むき出しというか、好戦的だったのに。今やただの浮かれてる女の子だよ。逆にこえぇよ。
まぁ、恐らくだがこんな見知らぬ地で少しだけれども知っている人──神様の元で初めて出会っただけだが──と再開し浮かれているのだろう。
言うなれば、これはあれだ。入学式で誰一人として知らない奴らがウヨウヨいる中、そこに見知った顔。仲は良くないけれど知っている人。そこに妙な絆が生まれ、なんやかんやで友達になる。今、風流楓が抱いている気持ちはそんな感じだろう。
わかるよ。わかるよその気持ち。だって僕もちょっとだけ安心してるから。
★
そして、しばらく雑談交じりの会話をしつつ歩いていると僕たちは『ようこそ! 始まりの町スターメンへ!」とポツンと掲げられている木製の看板を発見した。
その先には看板の通り町並みが広がっていた。
「やっと着いたか」
「そうですね」
始まりの町か……。案外、僕たちは良い場所からスタートしていたんだなとしみじみ思うのであった。
神様ナイス!