5話 旅立ち
「……大丈夫か?」
「…………うぐ……」
風流楓は倒れたまま一人項垂れていた。
夜空を見上げ、虚ろな瞳で。
「…………殺さないんですか……?」
そんな問い。
そんなこと出来るわけないじゃないか。僕に人を殺すという勇気はない。ましてや、殺す力なんてものもない。風流楓とは全く真逆で、今の僕は無力なのである。
どうしよう。さっきのはハッタリなのだと言うべきなのだろうか。
いや、
「……ふん。今のお前を殺したところで僕の後味が悪くなるからいいよ。それに、僕にくたばっちまった奴を殺す趣味はねぇ」
「…………そうですか」
結局、真実は告げず嘘は嘘のままで格好つけてその場を去る。僕はこれがベストと考えた。
「ま、そういうことで」
これから何をするのかとか何も考えずに、僕は漠然とした足取りで一歩を踏み出す。
もうこれ以上風流楓とは関わりたくない、という思いで。
しかし、かと言って僕の目の前には同じ境遇の子がいるのだ。
右も左もわからない状況で、まずは協力し合うというのも選択肢の一つだと思う。
だが、彼女といることにより僕に身の危険が生じることもなきにしもあらず。
もし、さっきのアレがハッタリだとバレたら──恐らく、その時が僕の最期となるだろう。考えるだけでもゾッとする。
初っ端にして、僕は最大の分岐点で立ち尽くすのであった。
でもまぁ、命の方が大事だ。
ということで決まりだ。
「じゃあな。風流楓さん」
言いながら、僕はそそくさとその場から離れ──。
「……ちょっと待ってくださいよ」
弱り切ったか細い声で僕を呼び止める声。風流楓だ。
まだ何かあるのかよ。
「なんだよ」
「なんだよじゃなくて、私……ちょっとその……動けないんですけど」
「え?」
「……いや、だから私ここから動く体力がないんですけど」
いや、知らねーよ。勝手に力尽きて僕に助けを求めようってか? いやいやいや。おかしいだろ。図々し過ぎだろ。
それにここで風流楓を助けたとして、どうなると思う? 殺しにかかってくる。再び、殺しにかかってくるよ絶対。
さっき決めた通り、命の方が大事なので、
「言っとくが、僕はお人好しでもなんでもないからな。殺しにかかってきた奴を助ける義理が何処にあるんだよ」
動揺を隠しつつ、キザな感じであしらった。
だが、奴はめげない。
「……あ、それはすみませんでした。だから、その、助けてもらえませんか? 近くの町まででいいので、そこまで運んでもらえると助かります……」
「あ、いや、だから……」
図々しいなこいつ。何こいつ。なんでそんなこと僕に頼んでこれんの? さっき僕のこと殺そうとしたよね。もう、そういうことを言える仲じゃないだろ。命の駆け引きをした仲だよ? ありえん……。
「……私、さっきのアレでもう動けそうにないんですよ。お願いですから……ね? 夏さん……?」
「…………」
え、ちょっとどうしよう。この子上目遣いでめっちゃ見てくる! 可愛いけど。可愛いけれども! まるで、弱りきった子猫だよ。
まぁ、今の風流楓はさっきのような力もないようだし、何より弱り切っている。この状態ならば襲ってくることもないと思うが……。これが演技じゃなければの話だが。
しかしながら可愛い子だな、と改めてその乞うような瞳を見て思った。
これが演技じゃなければ、最高だ。是非とも嫁にしたい、というか妹にしたいというかペットにしたい。いや、これの尻に敷かれるのもまた一興か。
どうしよう。助けてあげるべきか。見捨てるべきか。
どちらにせよ、メリットデメリットの双方を見込めるが、如何せんまだ出だし。後々のことなど予想も出来ないのが現状である。
「………………」
「…………お願いします夏さん……」
散々悩んだ挙句、
「わかったよ。わかりましたよ!」
「……本当ですか? ありがとうございます……」
「ただし、僕が送るのはこの近くの町までだ。条件は道中、僕のことを敵として認識するな。僕もお前のことは殺さないから」
「……はい」
「言っとくが、お前が敵意や殺意を僕に向けた時……その時はわかるな?」
「……はい。大丈夫です。夏さんの絶大な力により私は──殺される」
「よし」
「ありがとうございます」
僕はボロ雑巾のようになってしまった風流楓をおんぶして何処にあるかもわからない町を目指すことにした。
初めての旅たちである。
真っ暗な月明かりのみで照らされた森をひたすら歩く。その間、風流楓は疲れきっていたのか、グッスリと眠っていた。どさくさに紛れてこのままお尻を少しだけ触ろうかとも思ったが起きて逆上でもされたらたまらないのでやめた。
魔王の討伐。
果たして、これからどうなるのだろうか。
ぶっちゃけ、僕は魔王討伐なんてやめてこの世界で平和に暮らしていけばいいのではとも考える。確かに元の世界にも戻りたい。しかし、元の世界に戻れるのは四人の内たったの一人だけ。そこで、必然的に争いが生まれるわけだが……。
風流楓の寝顔を見ていると、争いとか殺し合いとか──なんだかなぁ……。
何故、神様はあんなことを言ったのだろうか。
まさに神のみぞ知るである。