3話 鬼装(きそう)・赤鬼(あかおに)
「では、さよなら夏さん」
次の瞬間。
風流楓の周りが赤く発光した。
すると、
「鬼装──」
掛け声に、今度は赤い光が風流楓を包み込んだ。目がくらむほどの強い光。まるで、炎のように力強く、そして、儚い光。
「──赤鬼」
光が晴れた先には、先ほどとはまるで別人──長くて綺麗な黒髪を鬼の角のような簪で結い上げ、赤い和服のような鎧で全身を装甲している風流楓の姿があった。そして、右手には先ほど狼もどきを殺した一本の刀が握られていた。
「へぇ……、案外上手くいくもんですね」
まさか、これが魔力解放の儀で得た能力なのだろうか。だとしたら、僕もこんな風に変身出来るのだろうか。
……って、そんな悠長なことは言っていられない。
目の前には刀を持った、そして、何やらわけのわからない力で変身した少女がいるのだ。さらに言うなれば、彼女は僕に殺意を向けている。殺す気満々だ。
「お、おい! ちょ、早まんなよ!」
「何ですか? 夏さん。あなたもこれをやればいいじゃないですか」
「と言われてもなぁ……」
「あははっ! そうでしたね。どうやらあなた、魔力を使いこなせないみたいですしね」
言いながら、風流楓は何処からか取り出したかもわからない一枚の紙切れをひらひらさせた。
「何だよ、それは……」
「マニュアルですよ。魔力とこの世界についての。……って、え、まさか持っていないんですか?」
突然、風流楓は僕の言葉にキョトンとした。
「え、いや、ないんだが……。そんなものは……」
どういうことだよ。おい。だいたい、何だよマニュアルって。僕は知らねーぞ。おい。
「……えっと、これはなんかこの世界で目覚めた時に制服のポケットに入っていたみたいで、読んだみたら魔力の使い方とこの世界で生き抜くための知恵と言いますか、知識と言いますかその他諸々書いてありましたよ」
何故か、敵意むき出しの風流楓は優しくレクチャーしてくれた。同情でもしてくれたのだろうか。
「え、いや、マジで何それ……」
当然、ポケットを漁ってみるもそんなものは何処にもなかった。何だこれ。マジで何だこれ。
「てっきり私は、あなたがこれを読んだ上で魔力を使いこなせないかと思いました。なんか、すみません……」
「いや、別にいいけどさ……」
本当、何だこれ。さっきまで、さも戦闘が始まるかの勢いだったのに。同情された。何だこれ。
「ともあれまぁ、運も実力。あなたは、運に見放されていたんですよ。所詮、その程度だったんですよ」
風流楓は、僕に刀を突きつける。途切れた殺意をもう一度、僕に向ける。もちろん、それは本物の殺意だ。
「三分」
言うと、風流楓は指を三本立てた。
「あなたを三分以内に殺します。と言っても、これの制限時間が三分しかみたいなんですがね」
ウルトラマンかよ。カップラーメンかよ。なんて、ツッコミなんて言えず。風流楓の殺意に気圧される。
しかし、これだけは言っておきたい。
「言っとくが、お前がべちゃくちゃお喋りしてるせいでもう一分経ったからな」
「……ふ、ふーん。そうですか。ま、ま、二分あれば片付きますよ」
なんと言うか、もう。
殺すとか何とか言っている風流楓だが、実はそんなに殺すことに躊躇いがあるのではと思い始めた。いや、この世界に来る前は普通の女子高生みたいだったようだし、それはそれで当たり前のことなのかもしれないが。
「……ふふふ。この刀をあなたの血で染めてみせます」
「おう、もうあと一分半しかないぞ」
「…………」
不憫だ。この子もう不憫過ぎる。かわいそうになってきた。
「……まだ、一分半もあるんですか。よ、余裕ですね」
なんて、強がりを言う風流楓。
そうこうしている内に本当に三分が経過してしまいそうだった。このまま、風流楓が一人でお喋りをしてくれれば、僕は助かるのだが。
現実はそう甘くない。彼女もまた人間だ。学習もする。
風流楓は刀を構え、腰を低くする。
「では、いざお覚悟を──」
掛け声と共に地に立てられた足は、まるで弾丸のごとく放たれた。
ほんの一瞬きの間。逃げる間のなく、目視では捉えられないほどの速さで風流楓は僕に詰め寄ってきた。
「……え」
首元に迫る刃。
やばい。このままだと本当に──。