21話 炎の刻
「だいたいどうなっているのぉ……。この娘もお前も、魔界の民を脅かす唯一の魔法──魔装を使えるだなんて……。こんなチンケな地にまさか魔装使いが二人もいるだなんて思いもしなかったわぁっ! まぁ、それは嬉しい誤算ではあるけれど、ねぇ……」
魔人カオセルスの大きな手に携えられているのは華奢な身体の少女──風流楓だ。
カオセルスは瀕死状態の少女を乱暴に掴み、それを恍惚の表情で眺める。今にでも喰らってしまいそうだった。
「てめぇ……」
それを見た甘木夏は唸るも歯を鳴らし、怒りを静め、自制。人質を取られている今、下手な行動は相手を刺激してしまう。故に、甘木夏は魔人を圧倒する力はあるが、動けずにいた。
何のためにここへ来たのか──それは彼女を救うため。借りを返すため。彼女を失ってしまえば、元も子もないのだ。
ただ、今は待つのみである。
「安心しなさい。こいつの次はお前を喰らってやるわぁ。魔装出来るほどの人間を二人も喰らえば、俺は……俺は……魔王様の求める完全なる果実になるだろう……!」
舐め回すような目がいやらしい。餌である少女と少年を交互に見やる。その口元は綻びていて、見る者を不快にさせた。
甘木夏はグッと堪える。
──まだだ。
「……そうか。ところで教えて欲しい。その魔王様の求める果実ってのは何なんだ? 死ぬ前に教えて欲しい」
「いいわぁ。教えて上げるわぁ。果実とは俺たち魔人の魔力の総量がある一定のラインを超えた状態のこと。完全体とでも言うのかしらぁ。魔力を得るには人間の血を喰らうしかないのよぉ。人間の血には魔力が含まれているからな。故に、俺はお前たちの血を欲する」
──まだだ。
「へぇ。そうなんだ。だから、その一定のラインを超えるため、ハラヤ村の人々を拐い殺して喰らったのか。で、今度は強力な魔力を持ってそうな僕と楓を喰らうと」
「ええ、そうよぉ! お前たちならば、俺を最高の果実にしてくれるはずだわぁ!」
──まだだ。
「そうかそうか。で、魔王様は何故その果実を求めるんだ?」
「それは魔界で眠っていらっしゃる魔王様の完全復活のためよぉ。俺たちが果実となることによって、魔王様に食べていただくのぉ。さすれば、魔王様は完全復活。晴れて、この世界も終焉を迎えるというわけよぉ。素晴らしいでしょぉ!?」
──あと少し。
「ああ、素晴らしいよ。あ、でも、てことは今、魔王様は完全復活していないと。つまり、めっちゃ弱いと。そういう認識でいいっスか?」
「弱いだなんて失礼ねぇ!」
「まぁ、そんな怒るなよ。目の前には最高のご馳走があるんだ。そんな食べる前に怒ってたら、最高のご馳走も不味くなるぜ?」
時点で、甘木夏の魔装の残り時間は1分20秒。
人質である風流楓を犠牲にし、己一人、生き残るためには十分な時間だ。今の甘木夏に甘さはない。何なら、風流楓を犠牲にした上で魔人の息の根を完全に止めることだって可能だ。
だが、それをしてしまえば風流楓は救われない。魔人に喰われ糧とされてしまうだろう。
けれども、こうなってしまった以上、見捨てるというのも一つの選択肢なのかもしれない。どうせ、後々彼らは褒美を前に争わなければならないのだから。
「ま、元より喰わせる気なんてないけどね」
ボソッと。
不意に、ある衝動が甘木夏を襲う。抑えきれない笑いである。
「ククククク……アハハハハハハハハハハッ!」
「な、何がおかしいのぉ!?」
「いやー、なんかね。馬鹿だなって」
くすんだ黒色の髪の下から覗かせる慈悲の瞳。
言葉通り、魔人カオセルスは馬鹿だった。
「!?」
刹那。
カオセルスは腹部に違和感を感じる。
過去に貫かれた箇所の痛みは当然だが、そうではない。もっと圧倒的な何か。痛みを通り越えた何か────。
カオセルスは腹部に目をやる。
「あ、あ、あ……あ……」
言葉が出ない。それもそのはず。
何せ、
「ウギャァァァァァァァァァァッッッ!!!」
腹部は猛る業火により、焼かれていたのだから。
「熱い! 熱い! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
それの発動条件は、己を極限の状態に追い込むこと。甘木夏は天性の感覚でそれの発動条件を理解していた。
魔装の残り時間。
風流楓が喰われてしまうかもしれないという危機感。
以上の二点が作用し、極限の状態へ。やがて、それは発動した。
これは、以前風流楓が成した進化と似ている。彼女の場合、極限の状況に陥り発動した。甘木夏も同様、極限の状態に追い込まれ発動した。
だが、そこには違いがある。風流楓の場合は無意識の内に。甘木夏の場合は意図的に。
甘木夏には天性の才があったのだ。
無力と自虐し続けた日々。
この日、ようやっと甘木夏は己の才を理解し、力を誇示することが出来た。
「これが魔装の真骨頂。名付けて、『炎の刻』とでも言っておこうかな」




