20話 絶対的自信
甘木夏の身体は激しく燃え盛る炎に包まれていた。赤い炎に包まれながらも、その心は冷たい氷のような冷静さを携えている。
双眸に見据えるのは眼前の敵のみ。今までの自分の無力さ、不甲斐なさ、惨めさを呪い、また恨み──それらを晴らすためには眼前の敵を殺す他ないのだと、冷静さを持ちながらも、熱い闘志が煮え滾っていた。
「………………っ!」
炎は眩い光へと変わり彼の身体の中心部に集まり、弾け飛ぶ。光が晴れた先に待っていたのは、変わり果てた少年の姿。
赤い鎧に身を包み、背には二本、それぞれ黒と白のロングソードが交差している。二本のロングソードは何処か竜の牙を彷彿とさせる。
すぐさま、甘木夏は背中のロングソードを抜剣。見惚れるほどそれは真っ直ぐと伸び、触れるだけで危険と思える程の斬れ味が見て取れる。短く吐息を漏らし、
「へぇ……」
心底感嘆した。
実際、こんな感覚は初めてだった。力が身体の底の底から湧き出てくる感覚。どんな相手だろうがこの剣で瞬殺。その時の感覚が如何様なものなのか、楽しみで仕方ない。
今ならば、風流楓がどんな気持ちで戦っていたのかわかる。出会ったあの日や初めてのクエストの時、躊躇いなく血を咲かせた彼女の気持ちが、今ならば手に取るようにわかる。さぞ、気持ちよかったのだろう。
殺すことに躊躇いなんていらない。血を浴びたい。血を嗅ぎたい。血を味わいたい。そんな欲求のためならば、力を駆使し、行使するのみ。そこに躊躇いなんて生まれるはずもなかった。
自然と口角が上がり、笑いが込み上がってくる。
「ハハハハハ……」
絶対的自信。これは過信ではない。あくまで自信だ。自身、それを承知。これがどれだけ恐ろしい力なのか。故にか、笑いも虚しくなり、止めてしまう。ただただ、眼前の敵が哀れで仕方なかった。
くすんだ黒髪の下から見える嘲たような黒い瞳。見据えた先は、哀れな魔人。以後、ロングソードは振られ、臨戦態勢へ。
「……いくか」
「来るがいいわぁ!」
皮切りに甘木夏は地を蹴り上げる。土煙が上がる中、その身体の上半身は右へ捻られ、そのまま真っ直ぐと魔人の懐まで入り込み、捻りを返してその勢いを利用し、ロングソードは振られる。
「……!?」
魔人が気づいたのも束の間、腹部に二本のロングソードが直撃。二つの大きな傷跡が生じ、そこから血飛沫が噴き出す。魔人は断末魔のように叫び、もがき苦しむ。
「ウギャァァァァァァァァァァッ!! 死ぬぅっ! 死ぬぅっーーーー!!」
も、間髪入れず、次へ。完全に魔人の懐へ入ることが出来た甘木夏は、依然としてそこに居据わり、その手を緩めるどころか、スピードを速め狂喜乱舞かの如く乱れる。傷跡が刻まれていく度に血が噴き出し、まさに地獄絵図。
「この雑魚がぁっ! 雑魚がぁっ! 雑魚がぁっ! 雑魚がぁっ!」
まるで、狂人の如く、その双眸見開かれ噴き出す血の雨を堪能する。
もはや、今の甘木夏に正義の心──人としての心はない。ただただ残虐を繰り返すことを楽しむのみ。
も、甘木夏は冷静さを携えている。当然ながら、己の力の制限時間を頭に入れている。制限時間は3分。これを過ぎれば、魔力切れで身動き取れなくなる。それは百も承知だ。
時間にゆとりを。風流楓の今の姿を見れば容易に想像できる。大方、時間切れでああなってしまったのだろう。これは風流楓の悪い癖だ。何も考えず、魔装すれば自ずとそうなってしまう。
甘木夏が知る限り二回、風流楓は魔装による魔力切れで彼に救われた。そして、甘木夏は知る由もないが、彼とユーリがここへ来る前にも風流楓はリミット外しによる激しい魔力の消費に気づかず、倒れてしまった。要は、魔装には計画性が必要なのだ。
残虐を楽しみたいのであれば、それ相応の時間配分を考えなければならない。
甘木夏は承知の上、そろそろ決着をつけようと試みる。
「おりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に大技と言わんばかりに、二本のロングソードを束ね、腹部を斬るのでなく、貫いた。
「ぐはっ……」
伴い、吐血する魔人。
その膝は折れ、硬直した。
「悪りぃな。こちとら制限時間があるみたいで、ちんたらやってる暇はないんだ。いっきに片してもらった」
言うと、甘木夏は魔人の腹からロングソードを抜剣。必然的に血の雨に濡れた。
腹を抑えながら前へ崩れる魔人。その巨体からか、ドスンと大きな音を立て、土煙を上げながら倒れこんだ。
暫しの沈黙。
静寂が空間を支配した。
「呆気ないな。こんなものか」
この時、甘木夏は魔人の死を確信していた。例え、死んでなくても、どの道助からないだろうと、動けないだろうと高を括っていた。
証拠に、甘木夏はロングソードを背中に預け、燃え盛る魔人の亡骸に背を向ける。ふーっと息を漏らし、安堵。そこに油断を生じさせた。
だが、
「…………殺してやるわぁ……」
静寂の中、轟く甲高くもドスの効いた低い声音。それはズタボロになった巨体から聞こえるものだ。巨体はよろめきながらも身体を起こす。貫かれた腹を抑え、その眼光は甘木夏を捉える。
「ま、まさか、この俺が……二度も敗北するだなんて……!」
「……んなっ!?」
確実に仕留めたと思っていた甘木夏にとってこれは思わぬ誤算。絶対的自信が生み出した誤算とも言える。
「腹貫かれて生きてる馬鹿が何処にいるんだよ……」
通常の生物ならば、死んでたであろう一撃。それは甘木夏も例外ではなく、いくら最強の力を身につけろうが、万物の通常生物ならば、一定の出血や内臓の損傷により死に至るはず。それがこの世の掟であり、理でもある。いや、生きていること自体不思議ではない。問題なのは、致命傷を負いながら、なおも活動し続けるその身体。動けるはずがないのだ。
なのに、魔人は生きており、なおかつ以前と変わらぬ活動力を見せる。
証拠に魔人は憎悪を含んだ咆哮。後に、
「一度目はあの娘……俺を何度も何度も何度も痛ぶりやがってぇっ……! 二度目はお前だ……! 腹を蹴られ、顔を殴られ、腹を貫かれ燃やしやがってぇっ……! 絶対にぃっ! 許さないわぁ……許さないわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
圧倒的なパワーとスピードを駆使し甘木夏をのけ飛ばし、背後の壁際へと向かった。
「ぜーはぁ……ぜーはぁ……もういい……! 今ここでこいつを喰らってやるぅっ!」
そして、壁際で魔人が手にしたものは──華奢な身体。綺麗な黒髪は無残にも乱れ、瀕死状態である風流楓だった。
「て、てめぇ……!」
当然ながら、頭に血がのぼる甘木夏。同時に自分の甘さを呪った。
所詮、力を得て狂人になったとしても、やはり根は人間。どうしても、そこに甘さや隙が生じてしまう。化物に勝つためには化物になるしかない。今更ながら、甘木夏は諦観した。




