19話 竜装(りゅうそう)・火竜(かりゅう)
「どいつもこいつ邪魔しやがって! 今度は何なのぉ!?」
カオセルスは振り向く。何度も何度と『良いところ』で邪魔が入り、いい加減堪忍袋の緒が切れそうだった。
声の主を確認した瞬間、首を飛ばしてやろうと、ユーリを持ち上げている方とは別の手に自ずと力が入る。
だが、
「……な、何故……お前……」
それは主の姿を見た瞬間に憚れる。酷い動揺。酷い目眩。あり得ないのだと顔を強張らせる。
何せ、その声の主の正体は、
「あ? いい加減、その汚ねぇ手でユーリを触ってんじゃねーよ。カマ野郎」
あの時、殺したはずの少年だったのだから。
あの時、確かに頭を潰したはず。それはもうスイカだとかリンゴだとかみたく、グシャッと酷い音を立てて。
当然ながら、頭蓋骨は粉砕、中身も言わずもがな。
カオセルスは、突如して現れた──復活した甘木夏に困惑の色を隠せなかった。
「……お、お前……どうやって……!?」
「さぁ? それは僕が聞きたいよ。ってか、早くユーリを離せよ」
得体の知れぬ少年の指示。得体の知れぬ故か、思わずカオセルスの手は緩められる。
伴い、少々乱暴に地に身を預けることになったユーリ。その双眸に映るのは、今までとは何処か違う──ひと回りもふた回りも成長した甘木夏だった。
「……な……つさま……」
意図せずとも零れ落ちる雫と呼応して漏れる少年の名。
途切れかける意識をなんとか持ち堪えさせ、その双眸に彼の勇姿を焼き付ける。
「ああ、よくやってくれたよ。おかげで、楓も生きてるようだし、お前も生きている。十分だ。あとは僕に任せろ」
言い、甘木夏は、まず瀕死の風流楓を回収。後に、ユーリの回収も済ませ、彼女らは傍に寝かせられた。
少女たちに安堵の時が訪れる。ユーリは表情を和らげその目を閉じ安眠。風流楓も同様、意識はないが、その曇った表情を晴らし、安息を得たのだった。
その間、カオセルスはただそれらを黙って見ているのみだった。直感的に、本能的に今、ここでちょっかいをかけたらヤバイと感じたのだろう。巨体は小さな者の気圧されていた。
甘木夏は少女たちを寝かせた後、再びカオセルスの前へ立ちはだかり一呼吸。
冷たい瞳でカオセルスを見やる。その表情は何処か穏やかで、淑やかで、過去の仕打ちなんてなかったかのようだった。
「…………」
「……な、何かしらぁ?」
なんてのも束の間、
「まずは挨拶がてらっ!」
「ぬぐっおおうっ」
彼の右足はカオセルスのみぞおちへ直撃。みぞおちは重力を無視したかのように凹んだ。
が、カオセルスは予期せぬサプライズにも関わらず、何とかその屈強な足で地を踏ん張る。も、直後、直撃した場所が悪かったのか、口からは意図せずとも吐物が吹き出る。
「グハァッッ……」
やがて巨体の膝は折れ、額からは大量の汗が滲み出た。
「……な、なんだ……と……」
恐怖している。魔人カオセルスともあろう者が恐怖をしている。カオセルスのプライドはその一撃により、折られたのだった。
「お、おまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
逆上。
咆哮と共にその双眸は少年を捉える。歯を食いしばり、キリキリと歯を鳴らすも、先ほどのみぞおちへの攻撃の余波により一歩を踏み出せず。カオセルスはたじろぐのみ。目の前の少年に、完全に気圧されていた。
「にしても、お前。随分とまぁ、変わったな。変わり果てたな化物」
儚げな瞳を細めながら、魔人の眼前にて堂々たる態度で微笑。変わり果てたその姿を改めて見やる。
「何が起きたのか知らないが、以前よりも強くなったって認識でおっけー?」
飄々と投げかけられる愚問。死んでいる間、何が起こったかなんて知る由もない甘木夏にとって、今の魔人の姿の変貌はちょっとしたサプライズ。自然と妙な高揚感が湧き上がっていた。
だが、それに対しカオセルスは、
「お前にはわかるまい……この俺の未知の力! 今度は……そうだ。もっと苦しみを味わいながら死ぬといいわぁ!」
演技じみた振る舞いで豪語。
まだ、意地があるのだろう。かつて、瞬殺した相手──赤子も同然だった少年に負けるはずがない、とさっきのみぞおちへの直撃は不意打ち+当たりどころが悪かったと解釈。こうして、生き返ったのも何かの間違いであり、決して────。
「死ぬのは……てめぇだよっ!」
「ぬぐうわぁっっ!」
再び一撃。
今度は魔人の右頬にストレートパンチ。これまた、みぞおち同様、重力無視の一撃だった。
「前まで大剣のフルスイングを持ってしても傷一つ付けれなかったのに、すげーな僕。まさか、ここまでとは。魔力が備わったからって、素の力まで上がてんじゃねーか。こりゃあ、今なら楓の気持ちもわかる。自惚れる気持ちもわかる。気持ち良いよこれ」
甘木夏は己の拳をニギニギ。何やら一人ブツブツと呟く。その口角は吊り上がっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぬぐ……な、何故なのよぉ……何故なんだぁ!」
対して、カオセルスは予想外の展開に殴られた頬を抑えながら、硬直。後にその場で地団駄を踏む。その表情はまるで般若。恐怖と共に怒りがふつふつと煮え滾る。
ここまで来ると流石にカオセルスもこのまま黙っているわけにはいかない。自然と反撃という文字が脳裏に浮かぶ。
も、
「早まんじゃねーよ」
少年の眼光により反撃は躊躇われる。
「一体、何が……」
一体、彼に何が起こったのだろうか。大方、カオセルスの思うところはこんな感じなのだろう。
呆気なく死んだと思ったら、いつの間にか生き返っていて、かと思えば以前よりも桁違いに力を付け、目の前に立ちはだかる。
あまりにも不可解な事だらけで、頭の中で狼狽。ただただ、言葉を失うだけ。そして、その身体は震えていた。まだ、自覚はないが、確かにカオセルスの身体は震えていた。が、まだ無自覚の域であり、気丈に振る舞う。
「ふ、ふん! まぁ、いいわぁ! いくら雑魚が復活したところで何も変わりはしないわぁ!結果は同じ。どうせ、また俺に殺される運命なのよぉ!」
「おうおう。ほざいてろよカマ野郎」
にしても、甘木夏のこの態度。以前のビビっていた時とは比べ物にならないくらい自信に満ち溢れていた。確かに現段階においてカオセルスを圧倒するだけの力を持ち合わせているように思える。が、まだ本格的な戦闘は始まっておらず、加え姿を変貌させた魔人の力は計り知れないこともあり、そこから絶対的自信なんて生まれないはず。そこからどう展開が転ぶかなんて誰も知る由もないのだから、当たり前の話である。
言わば、今の魔人は未知の領域。果たして、そんな相手に対し、ここまでの態度を取ることが出来るのだろうか。少なくとも、以前の甘木夏ならば自暴自棄で死に急ぐことはあれ、相手の力を承知し、それに伴った行動を取るはず。
「まぁ、見せてやるよ僕の力を」
根拠があるのだ。
彼には根拠がある。絶対に負けない、屈さない、死なないという根拠が。
「さて、なら、そろそろ本番といこうか」
それは、一度カオセルスに殺され、後に生まれ備わったもの。
「…………クククク……フハハハハハ! いいわぇお前。以前とはまるで別人。言動、行動全てに芯が通っている。お前の血が欲しくなったわぁ! いいわぁ! 来なさい! 喰らってあげるわぁ!」
つまり、彼の中に秘められていた可能性。
「そうか。なら、いかせてもらうよ──」
それは一度死んだことにより、今ここに開花する。
「竜装──火竜!!」
刹那。
身を焼き尽くす業火。メラメラと燃え滾る風靡なる炎が少年──甘木夏の身体を纏った。




