2話 風流楓
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どうしたんですか、それはこっちの台詞だ。僕が聞きたい。
何故、風流楓はここにいて、更に平然と何食わぬ顔で狼もどきを殺めることが出来たのだろうか。
いきなりこの世界に順応している風流楓。まず最初に僕はその自然さになんと言うか、感謝でもなく感嘆でもなく恐怖心を抱いていた。
「……何で、お前……」
見ると、彼女の手には一つの刀が握られていた。それはもう血まみれで、殺しの悲惨さを物語っていた。
「何でって言われましても、ね? あなたこそ、こんなところで何をしているんですか?」
平然とした返し。
一切、動揺など見せない風流楓は、当たり前のようにそんなことを言った。
「……い、いや、あの狼もどきに喰われそうになって。でも、キミが来てくれて助かったよ。ありがとう。風流楓さん」
実際に今こうして風流楓と出会って、安堵を得たのもまた事実。見知らぬ場所に放り出されて、知っている人に出会った時の安心感を僕は風流楓から得ていた。故に、素直にお礼を言った。
「別に。お礼なんていいですよ。そんな大それたことはしていませんし。あと、楓で良いですよ夏さん」
風流楓は自然な感じで笑みをこぼす。また、それも可愛らしくて──。
彼女はなんて良い子なのだろうか。ほぼ初対面の僕に対して、こんな風に接してくれるなんて。それにいきなり親しく名前で呼んでくるなんて。夏さんだって。夏さんだって。夏さんだって! 恥ずかしいけど、正直嬉しい。
最初に感じた彼女に対しての恐怖心も次第に薄れていった。
しかしながら、僕はそんな風流楓に違和感を感じていた。
右手に握られてた血塗られた刀。
それは、いつの間にか何処かへ消えていた。今、風流楓は手ぶらの状態である。それに対してツッコミを入れようとした時だった。
「ところで夏さん」
綺麗な透き通った風流楓の声が急にドスの効いた声に変わった。
「……どうしたんだ?」
「夏さんは憶えてますよね。神様が言ったこと」
「…………神様が言ったこと……?」
「ええ、そうです。神様が言ったことです」
風流楓は綺麗な黒髪を触りながら、コクリと頷く。
──神様が言ったこと。
それは恐らく、僕たちがこの世界でするべきこと。与えられた使命についてのことなのだろう。そして、それを達成した時に与えられる褒美と達成出来なかった者が負う罰。
「ふふふ。見た感じ、夏さん。あなた、魔力を使いこなすことが出来ないようですね」
不敵に。
「……神様は言いましたよね。褒美を与えられる者は一人だけって。協力して魔王を倒してもいい。けれども、褒美を与えられる者は一人だけなのだから、当然そこで争いが起きる。そこで、更に神様は言いましたよね。殺し合ってもいいって」
「…………」
「ま、正直言いますと邪魔なんですよね、あなた」
風流楓。先ほど言った良い子というのは撤回しよう。彼女は、残忍で冷徹な性格だった。
あの笑顔も嘘の偽りのもの。だんだんと、僕は風流楓に殺されるかもしれないと思い始めていた。いや、もうこいつは僕のことを殺すつもりなのだろう。
殺気。
それが彼女からひしひしと感じ取れる。今まで人に殺気という殺気を向けられたことのない僕が敏感に感知できるほどの殺気。
先ほど、狼もどきから向けられていた殺気とはまた別の恐怖を抱く。相手が人間故の怖さなのだろうか。
しかし、こうも考えられる。相手は人間。動物と違って話が通じる人間。僕の出方次第では、命を奪うことはしないかもしれない。
「ちょ、ちょっと待てよ。いや、待ってください!」
「何ですか?」
「その……殺すのとか、やめてもらえませんかね……? 僕、死にたくないんですけど。死にたくないんですけど!」
「嫌ですよ? 何を言っているんですか夏さん」
えぇ……。
「むしろ、夏さん。あなたはここで私に殺されたほうが案外お得かもしれませんよ」
こいつ……。
「考えてみてください。仮にこの世界に送られた四人の勇者が魔王の目の前にまで辿り着いたとします。ま、そこで当然四人の中で争いが起きるわけですが、それって無駄じゃないですか? 苦労して、やっとの思いで辿り着いた魔王の御前。しかし、結果的に四人の内の三人の夢が儚く散ることになる。努力に努力を重ね、協力し合いここまで辿り着き友情……けれど、そこで争いが起きれば今まで培ってきたものがそこでパーですよ。で、私はあなたと残り二人の女の子たちを道中に葬り去ることに決めたんです。決して、あなた方に無駄なことはさせません。裏切るのも嫌だし裏切られるのも嫌。私を含め、みんなそう思っているはず。さ、夏さん。私があなたを救ってあげましょう」
と、綺麗事を並べているが自分のことしか考えていないカスみたいな女だ。ま、最もそれが本来の人間の在り方なのかもしれない。基本的に自分以外の人間なんて二の次なのだから。他人が一番というやつは善人かもしくは自分に酔った偽善者だ。
それを考えると、風流楓はまだストレートに我を通していてマシなのかもしれない。
「ま、夏さん。私が魔王を倒すまで精々あの世で楽にしていてください。あの世ならば、それはもう極楽なのでしょうから。あ、そうでした。死んだらそこで終わりでしたっけ。つまり、存在が消える。──でも、それはそれで案外楽で良いんじゃないんですかね。言ってしまえば、無になるということでしょうから、ね」
風流楓は、哀れみの瞳を僕に向け、そう諭した。