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やがて、僕たち勇者は殺しあう  作者: いろはに
第1章 竜装・火竜篇
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14話 男らしく

  「もう無理だ……こんなの……」


  思わず溢れる弱音。


  瀕死の風流楓。何もできない無力な僕。傍で怯えているユーリ。そして、絶望を誘う魔人。状況が状況で──無理、と弱音を吐かない方がおかしい。


  もう無理なんだ。何かもかも。


  だいたい何なんだ。魔装とか魔法とか魔物とか魔人とか魔王って。物騒極まりない。前の世界の僕ならばこんなワード惹かれこそすれど、深くは突っ込まなかったのに。何で僕はこんなところにいるんだ。


  ちょっと前までは普通の高校生活を送っていたのに──気づけば死んだだの世界が滅びただの言われ、こんなアホみたいな世界にぶち込まれ死に怯える日々。たった数日で何回死んだ、と思わなければならないんだ。アホかよ。


  仮にここでも生き残ったとしても、訪れるのはまた過酷な試練。果たして、精神をすり減らしてでもこの世界で生き残る意味なんてあるのだろうか。


  いっそのことここで死んで、魔王はおろか魔人すら倒せませんでした、と神様に土下座でもして存在を消してもらった方がマシだ。


  もう、辛いんだよ僕は。


  しかし、弱音を吐いたところで何か変わるわけでもない。残酷にも時間だけが過ぎ去る。


  こうしている間にも風流楓は魔人から嬲られていた。

  腹に蹴りを入れられ、出るものも出尽くしたのか、叫びあげながら咳き込むだけの風流楓。次は髪を掴まれ、壁へと叩きつけられる。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。その度に鈍い音が聞こえた。やがて、それから解放されるも、額からは生々しい赤か黒かもわからぬ血が滴れる。


  それが終わると、今度はえぐられた右目をさらに掘り返すようにグリグリとグリグリと──無音の部屋に風流楓の聞いたこともない、聞きたくもない、思わず耳を塞ぎ目をそらしたくなるような狂いに狂いきった叫び声が響いた。


  もうこんな姿見たくない。魔人は何をやっているんだ。一思いに殺せよ。生き地獄じゃないか。何で殺さない。殺してやれよ。


  もう僕は見たくない。

  聞きたくもない。

  何で殺さないんだ。

 

  助けたいだなんて淡い希望も枯れ果てる。


  同時に、もう何かどうでもよくなった。

  生きることとか死ぬこととか。


  もういっそのこと、みんなここで魔人に殺されよう。


  ただ、殺されるのなら始めは僕からの方がいいな。

  人の死を黙って見るのも嫌だし、先に死んだ方がその先の展開も見ずに済むし。その方が楽だ。


  ここは男らしく。


  「………………」


  「…………え、な、夏様……?」


  後ろから聞こえてくる声を無視し、僕は魔人の部屋へ足を踏み入れる。

 

  そして、そこで遊んでいる魔人の背後に寄った。

 

  巨体。まさに化物。

  殺されるのなら、その時さぞ怖いのだろう。

  だけど、今の僕にそんなことは関係ない。

  死ににいくのだから。


  「………………おい。ゴミ」


  「ああ?」


  酷く醜い面。

  見た目的には人間と大差ないが、人相が人間のそれとは異なる。怒り、憎しみ、悦び、愛、それらが入り混じったような醜い面だ。


  「ああ? じゃねーよ。遊びはやめてそろそろ本番と行こうぜ。僕が相手してやる」


  「何かと思えば…………ふふふふふ……アハハハハハハハハッ! 魔力の欠片もない人間如きがこの俺の相手だと!? 笑わせないでちょうだい! 今、ちょうど楽しいところなのよぉ。最高の魔力を持った人間を痛ぶっている最中なのよぉ。まだ、調理は終わってないわぁ。後にしてちょうだい!」


  「……は? 何ごちゃごちゃ言ってんの? いいから、僕が相手してやるからさっさとかかってこいよこのカマ野郎」


  「……ああ! もう! うるさい人間ねぇ! あっちに行ってちょうだい!」


  「ちっ」


  こいつ、やはり風流楓を痛めつけるのを楽しんでやがる。調理だの何なのわけのわからんこと言いやがって。何なんだこいつは。

  風流楓はとうに虫の息だ。これ以上、痛めつけられるのなんて見ていられるか。


  ああ、もううぜぇ。


  僕は背中に預けた大剣の柄に手をかける。重い大剣を鞘からゆっくりと取り出し、やっとの思いで抜剣。

  こりゃあ、振るのにも苦労しそうだな。

  これを買った時、僕はよくもまぁ意気揚々としていたものだ。数時間前の出来事だが、今となっては懐かしい話だ。


  「……僕の相手をしろ! このカマ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


  大剣は魔人の背中へ直撃。

  だが、剣戟の基礎も知らない僕の一撃はただのへなちゃこ攻撃。魔人の背中に直撃こそすれど、傷はおろか痛みすら与えられなかった。


  「……鬱陶しいわねぇ」


  しかし、魔人の気を引きつけることには成功したようだ。

 

  巨体はこちらを正面に向き、臨戦態勢に入る。


  「ほら、こいよカマ野郎。醜い面さげやがって、不愉快なんだよこのボケがっ!」


  狩ゲーのように上手くはいかないな、と思いながら大剣を振り回す。腹に直撃させ、腕、脚、顔面と順に攻撃。狩りゲーならば血飛沫をあげ、だんだんと弱っていく様を見られるのだが、魔人はそうもいかずピンピンとしていた。


  とてもじゃないが、やはりこんなチンケなもんじゃ魔人は倒せないか。そりゃそうだ。魔装を使いこなす風流楓があんな様なんだ。僕なんかが倒せるわけがない。


  まぁ、しかし、ここまで挑発したんだ。後少しで僕も殺されるだろう。やっと死ねる。風流楓より先に死ねるはずだ。

 

  「ったく、きめぇんだよこのゴミが! ほら! どうした! ははは! まさか、僕の攻撃に恐れをなしているのか! ほらっ! ほらっ!どうしたよこのカマ野郎!」


  罵詈雑言。

 

  それを魔人に浴びせながら、大剣での剣戟ラッシュ。重い大剣を振り、起こし、振り、起こし、振り、起こし、何も生まないただの作業を僕は繰り返す。


  魔人がキレさえすれば僕の勝ちだ。死ねる。死ねるんだ。どの道みんな死ぬんだ。なら、僕が先に死ぬ。


  もう後戻りは出来ない。


  「ほらっ! ほらっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ!」


  と叫びつつも本当に死にたいのは僕自身。何たる皮肉。


  「どうした! このままだと本当に死ぬのはてめぇだぞ! おらっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ!」


  どうして。


  「死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ!」


  どうしてこんなことになったんだろう。

 

  「死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ!」


  思い返してみれば、あの見知らぬ世界から全ては始まった。


  そこで神様と出会い、女の子3人と出会いなんやかんやあって異世界へ。偶然にもその3人の女の子のうちの1人と異世界で再開し、それが風流楓だった。


  殺されかけたり、助けられたり、助けたり、一緒に無銭飲食したり、クエストに行ったり、一緒にご飯食べたり、依頼を受けたり、


  ──喧嘩したり。


  あの時、僕が変に拗らせていなければ彼女と喧嘩することもなかったんだろう。


  僕も馬鹿だが風流楓も馬鹿だな……本当に。


  喧嘩さえしなければ。


  喧嘩さえしなければこんなことにはならなかっただろう。


  まぁ、それも今となってはわからないが。知る由もないが。少なくとも後悔だけは残っている。


  出来ればハッピーエンドを迎えたかった。


  いや、神様言いようだと最終的に迎える結末は恐らくバッドエンド。今ここでハッピーエンドを迎えようがいずれ訪れるのはバッドエンドだ。それは早いか遅いかの違いでしかなく、バッドエンドという結末からは逃れられない。


  でもまぁ、それなら良かったじゃないか。

  早めにバッドエンドを迎えることによって今までの努力とか友情とか愛情とかは生まれない。つまり、損をしないということだ。それまでの過程──築いてきたものがないのなら、それも一種の幸せかもしれない。


  「死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっ! 死ねぇっこのやろぉぉぉぉぉ!!」


  なんと言うかまぁ、この歳で悟りを開くってのも中々。

 

  ははは。何だか、笑えてくるよ。


  「はぁ……はぁ……はぁ……うぅ……はぁ……」


  一方的な激しい剣戟の末、僕の体力は限界を迎える。

 

  しかし、魔人は無傷。

  まぁ、わかりきったことなのだけれど、ここまでしといて無傷ってのも癪にさわる。


  これで最期だ。


  「はぁ……はぁ……うぐ……! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


  顔面をぶった斬る勢いで、僕は大剣を振り下ろした。

 

  激しい息切れ、この短時間でできた手のひらの血豆。

  どれも僕の最期の勇姿を讃える証となった。


  だが、やはり魔人は無傷。

 

  これ以上、僕がやれることはない。


  後は、死を待つのみである。


  「で、終わったのかしらぁ?」


  「…………はぁ……はぁ……見てわかんねーのかよ」


  「そぉう。なら──」


  目の前を覆い隠すほどの大きな影がこちらへ伸びてくる。

  それは魔人の手のひらだった。


  何をされるのだろうか、と考える前に。


  僕の頭は魔人に掴まれ、


  「死になさぁい。雑魚め」

 

  鈍い音と共に勢いで砕ける地。それほどの威力を持って僕は叩きつけられた。


  そして、さらにそのまま地にめり込まんとするほどの力で僕の頭は押さえつけられる。


  圧倒的な圧迫感。痛い。死ぬ。けれど、叫ぶことすらままならない。魔人の手のひらが僕の鼻と口を丁度良い具合に塞いでいるのだから、叫ぶことはおろか息すら出来ないのも当然だ。


  頭がめきめきと鳴っている。このままだと果物よろしく血という名の果汁を噴き出し潰れて死んでしまうだろう。

 

  もう終わりだ。


  ふと横目で傍を見るとぐったりとしている風流楓を確認。


  思わず手を伸ばすも届かず。

 

  ──ごめんよ。風流楓。先に行くから、お前も後から付いてこいよ。


  これを皮切りに僕は思考することが出来なくなった。

 

 

  ────────────────。


 


 

 


 

 


 


 

 

 


 

 

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