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やがて、僕たち勇者は殺しあう  作者: いろはに
第1章 竜装・火竜篇
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13話 瞳に焼きつく現実

  早く行かなければ彼女──風流楓が危ない気がする。


  僕はもとい僕たちは風流楓が向かったであろう魔人の城へと向かっていた。

 

  僕は全身のゴツゴツとした鎧を脱ぎ捨て、軽装──元の制服姿。背中には頼り甲斐のある大剣を預けた。これがなければ僕の攻撃手段は皆無だ。持っていくのは当然だろう。鎧を脱ぎ捨てた理由は単に邪魔だから。折角、買っておいて言うのもなんだが、やはりこんなものは要らない。邪魔だ。


  一方、僕の隣を走る少女──歳は18、19位だろう──向かい風で舞うブロンドの髪が綺麗で素敵な少女。名はユーリ。格好は如何にも魔法使いという感じでローブを身に纏い、その手には大きな杖が握られている。


  曰く、一応、魔法が使えるらしく並の魔物なら葬り去ることが出来るらしい。


  まぁ、僕にとっては大変心強いのだが無理してついてこなくてもいい、と僕は思っている。

 

  確かにこの件はユーリが僕たちを巻き込んだ。しかし、なんの策もなしにいきなり飛び出した風流楓によってこの件はさらなる悪化をみせようとしている。これは僕たちが片さなければならない件だ。依頼主であるユーリには大人しく町で果報を待っていて欲しい。


  でも、ユーリは、


  「私もお供させていただきます。夏様」

 

  言って聞かなかった。


  こうして渋々僕はユーリと共に魔人の城まで向かっていた。


  正直言って僕が魔人の城まで行ったところで何か出来るとは思わない。もしかすると、もうすでに風流楓が1人で魔人を討伐しているかもしれない。僕が行ったところで、結局何も変わらないのが現実であろう。


  でも、僕は風流楓の元まで向かわなければならない気がした。嫌な予感がする、と言うのも事実だがそれだけではない。


  あんな別れ方をして、あんな目をされて──女の子の後ろ姿を黙って見送る男が何処にいる。それに風流楓は僕のことを救ってくれた。命の恩人だ。そりゃあ、まぁ、殺されかけたことだってあるが、救われたのも事実。


  まだ出会って数日だけれども、なんやかんや言って僕は風流楓のことを仲間だと思っている。この世界においての知り合いらしい知り合いは彼女しかいないのだから。きっと僕は心の何処かで彼女のことを拠り所としているのだろう。


  そんな彼女──風流楓のことを僕は見捨てられない。

 

  故に僕は風流楓の元へと向かっていた。

 

  たとえ、それが意味のないことだとしても。

 


 

  ★




  「何だよ……」


  走り続けて疲労困憊した先に待ち受けていた現実。


  悲惨なハラヤ村を駆け抜け、辿り着いた魔人の城。

  滅茶苦茶に破壊された城門を突破し、城内へ進入。風流楓による破壊の跡を辿りながら、やっとのこさ辿り着いた魔人のいるであろう部屋の扉の前。


  扉は開かれ、中の様子が僕の瞳に焼きつく。


  化物に蹂躙されている風流楓の姿。


  ボロ雑巾とはまさにこのことなのだろう。グシャグシャに引き裂かれた服からは華奢で白い肌がむき出しになっている。その白い肌も血に染まり、身体はビクとも動かない。そして、彼女の右目からは血か涙かわからぬものが流れていた。恐らく血だ。右目は完全にえぐられ、開かれている左目は何処か虚ろだった。


  僕の存在に気づいた風流楓は短く、


  「……な……つさん……」


  「……お、おい……」


  その光景に僕は手を伸ばそうとしたが──動かない。足も動かない。動かない。動かない。動かない。


  恐怖。


  何せそれが僕に刻まれているのだから。


  まさか、風流楓がこんなことになっているとは。あり得ない。信じたくない。受け入れたくない。

 

  しかし、これは紛うことなき現実だった。


  ガタガタと震える身体。傍に目を向けると、同じくユーリも震えていた。


  「…………いや……」


  か細い声を漏らし、後ずさるユーリ。恐らく、ハラヤ村で襲撃された時のことを思い出し、加え今の魔人の姿、そして、風流楓の現状に怯えているのだろう。


  さらにユーリは見てはならぬものを見てしまった。


  それは部屋の中で無数に転がる生首。

  だいたい察しはつく。恐らく、ハラヤ村の人々のものなのだろう。


  それを見たユーリは次第に顔色を変え、


  「……いや……イヤァァァァァァァァ!!」


  絶叫。まさに阿鼻叫喚だった。

 

  叫びたいのは僕も同じだ。だが、それすらままならない。

  恐怖で呼吸も困難に思えてくる。


  「…………ぁ……っ……は……」


  何をしてたらいいのか。逃げればいいのか。助ければいいのか。どうすればいいのか。


  わからない。


  僕とユーリは魔人の部屋の前で狼狽し、部屋の中では風流楓が瀕死状態。


  絶望的状況とはまさにこのことだろう。

  僕たちに未来などなかった。


  そんな状況に陥り、僕はある衝動に駆られる。


  逃げたい。逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。


  助けたいという衝動よりも逃げたいという衝動が勝った。


  ──でも。


  逃げたら終わりだ何かも。


  「でも……僕は何も出来ない……っ!」


  自分の無力さを嘆く。


  助けたいけど助けられない。逃げたいけど逃げられない。


  「………………くそッッ!!」


  無力な僕はこのまま風流楓が化物から蹂躙され、殺されていく様を見続けなければならないのだろうか。


  ピクリとも動かない──動けない風流楓は、嫌だ死にたくないと瞳から雫を零し、死に対して争う。


  そんな彼女を見捨てるこの場から逃げることなんて出来るのだろうか。いや出来ない。僕は彼女が死にゆく様を見たくない。見たくなかった。


  だが、僕は何も出来ない。

  出来ることと言えば、


「楓……」


  彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。

  普段はこっぱずかしく呼ぶことのなかった彼女の名前を無意識の内に口走っていた。


  目の前で人が殺されるかもしれない──そんな光景を目の当たりにした僕は、過呼吸気味になりながらも彼女に手を伸ばす──が届かない。


  僕は己の無力さを呪い、またこの世界へ僕を導き、風流楓という一人の少女と出会わせた──神様を恨んだ。

  そして、傍で僕と同じように怯えているブロンドの髪の少女を憎んだ。

 

 

 

 

 

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