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やがて、僕たち勇者は殺しあう  作者: いろはに
第1章 竜装・火竜篇
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12話 混沌の城 その4

  刹那。

 

  巨体の右肩辺りに違和感を感じたカオセルス。


  痛い。


  この時、生まれて初めてこんな感覚を味わった。


  しかしまだ、戦闘すら開始されていないように思える。敵の少女はその場から一歩も動いていない。更に言えば少女はまだ扉の付近に居て、とてもじゃないが、刀如きのリーチでこちらまで届く距離ではない。なのに何故このような感覚が襲ってきたのだろう──カオセルスは敵の少女を見ながら訝しんだ。


  だが、答えはすぐにわかった。


  「血、出てますよ?」


  その言葉と共に噴き出す血の雨。

  痛みはやがて、猛烈な熱さへと変貌し絶叫を間逃れず。


  「ウギャァァァァアァァアアァァ!! な、何をしたぁぁぁ!! お前ぇぇぇ!!」


  「何をしたって、簡単ですよ。その醜い肩をちょこんとこの刀で斬っただけですよ」


  事実、風流楓は僅か零コンマ数秒でカオセルスの元まで駆け、跳び、刀を振り下ろし、元の位置まで戻るという一連の動作を行ったのだ。ちょこんと斬った──その言葉に嘘偽り無し。

 

  「斬っただと⁉︎ どうやって……ま、まさか……目にも留まらぬスピードで……」


  「そうですけど。って、え、まさか見えなかったんですか? ふふふ。大したことないですね魔人さん♪」

 

  「おのれぇぇぇ…………!」


  「さっきまでの余裕は何処にいったんですか? 私の血が欲しくないんですか? 顔色悪いですよ?」


  「グッグググ……」


  カオセルスから消え失せた余裕。

  次第に勝てないかもしれない、と生まれて初めて恐怖を感じはじめた。だが、同時に怒りも沸いてくる。目の前の少女を引き裂き殺したい。そして、その血を飲み尽くしたい。やがて、恐怖より怒りが勝る。


  「こ、殺してやるわぁ……。殺してやるぅぅぅ!!」


  「殺れるもんなら殺ってみてくださいよ」


  風流楓の言葉に間髪入れず、カオセルスは巨体を傾ける。狙いは少女の首。この大きな手でその首をへし折ってやる、という魂胆なのだろう──カオセルスは風流楓の元へと駆け寄り左手を伸ばした。


  「捕らえたわ!」


  手に残る感触。これは間違いない、と歓喜の声を上げた──のも束の間、


  「ウギャァァァァアァァア!!」


  それは悲鳴へと変わった。


  「手がぁ! 手がぁ! 俺の美しい手がぁぁぁぁぁ!!」


  手のひらに突き刺さる刀。それは手の甲にまで届いていた。


  「どうしたんですか? 何を捕らえたんですか? 自分から刀に突っ込んでくるなんて馬鹿なんですか?」


  煽りに煽りまくる風流楓。


  カオセルスの絶望とは裏腹に風流楓は確実な勝利を前に半分遊び呆けていた。いつでも殺せる──そう確信を得ているからこそ生まれる慢心。己の力を誇示することがこんなにも楽しいだなんて、と手の甲を突き抜けた刀をグリグリとえぐり続けた。


  その間にもカオセルスの悲鳴は止まない。悶絶するほどの痛さゆえなのだろう、ただただ悲鳴を上げていた。


  「あなたがしたことは決して許されないことです。お粗末に首まで並べて……。苦しみながら死んでくださいっ!」


  言いながら、振り下ろされる刀。それはカオセルスの左手首をバッサリと斬り落とした。


  そして、間髪入れず、カオセルスの腹へキック。脚力も凄まじいもので、カオセルスの腹は重力を無視したかのように凹み──恐らく内蔵は潰れたのだろう、カオセルスは吐血し、血という血をぶち撒けながら後方へと吹き飛んだ。まるで、バトル漫画のそれの如く。


  土煙を上げながら、姿を見せるカオセルス。その姿はもうすでにボロボロ。瀕死状態だった。


  「こ、この俺が……この俺がぁぁぁぁ!! ちくしょぉ……何故、この俺がこんな小娘如きに……ッッ!」


  「本当、笑わせますよ。なんですか、この体たらく。聞くに、魔人は魔王の手下──所謂幹部とかいうやつじゃありませんか。なのに、この私に手も足も出ないだなんて。この分だと魔王も大したことなさそうですね。ビビり上がっていた頃が懐かしく思えてきますよ」


  カオセルスに近づきながら言う風流楓の瞳はもうくすみ、呆れきっていた。


  あまりにも弱すぎる。いや、自分が強すぎるのか。そんなことを思いながら、高まる慢心。もっと痛めつけなきゃ、と風流楓の足はカオセルスの顔面へと向かった。


  「ウゴォッッ!」


  「痛いですか? 痛いですよね。だって、痛くしているんですから。あなたに殺された人たちだって、これと同等──いや、それ以上の痛みを味わいながら死んでいったんですよ? もっと、あなたも苦しまなきゃ公平じゃありません」


  更に顔面に一撃。その後も更に更にと間髪入れず、風流楓はカオセルスの顔面に蹴りを入れ続ける。それはもう顔面が潰れるくらいに。


  手も足も出ないとはまさにこのことなのだろう。カオセルスは反撃もおろかその場から動くことすらままならない。


  「な、何故だ……。食事は十分すぎるくらい済ませたはずなのに……! この俺が敵の力量を見誤るなんてあり得ないわ!」


  「あり得ているから今、こうして私にボコられているんでしょ?」


  更に一発。

 

  今の風流楓を支配しているのはもはや正義感ではない。如何に敵を痛めつけられるのか──そして、またそれを行うにあたって得られる快楽が正義感よりも勝っていた。


  この感覚は以前、ハラヤ村で退治した化け物を痛めつけている時の感覚と似ている。

 

  結局、人間というものは自分より弱い者を痛めつける時が一番輝く。以前の件も然り今回の件も然り。残虐な一面を見せる風流楓だが、それは人間らしいと言えば人間らしい一面なのかもしれない。

 

  「さて、お遊びもここまでにして、そろそろ本番といきましょうか」


  言うと風流楓は痛めつけるのを一旦止めた。浴びた返り血を拭い、ふーっと吐息を漏らし高ぶっていた、荒ぶっていた気持ちを鎮める。

 

  今までとは違うその風流楓のギャップと台詞からカオセルスは、何かを感じとる。


  「な、何をする気……!?」


  「何って、馬鹿なんですか? 本番と言えば殺すに決まっているじゃないですか」


  その言葉を聞き、恐怖で顔を歪めるカオセルス。まさか、己が死ぬことになろうとは思いもしなかったのだろう。震える声音。


  「や、やめろ……」


  恐怖するカオセルスの眉間に突きつけられたのは刀だった。

  それは死へのカウントダウンを意味していた。


  「あ、そうだ。一つ聞き忘れていたことがありました。魔人さん、魔王の居場所ってわかりますか?」


  思い出したように問う風流楓。

  だが、カオセルスは問いに対し、


  「や、やめろ……」


  「もう一度聞きます。魔王の居場所は?」


  「や、やめろ……」


  「最後の最期のチャンスです。魔王の居場所は?」


  「や、やめろ……」


  それしか言えなかった。もはや風流楓の問いなど届いていないのだろう。唯一、カオセルスの五感が捉えているものを挙げるならば、視覚により見える刀の刃先。故にそれしか口に出来なかったのだろう。


  風流楓はそんなカオセルスに対して大きなため息をつき、卑下の目を向ける。


  「はぁ……。やれやれ、とうとう話も通じなくなってしまいましたか。残念です。大人しく死んでください」


  風流楓の手に力が入る。後はこの手を前に突き出せば刀が連動、カオセルスの眉間を撃ち抜くだろう。


  カオセルスを殺す準備は整っていた。

 

  「ま、痛いのは一瞬。すぐに地獄へ送ってあげますからね、魔人さん♪」


  冷徹ながらも、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、


  「──即殺し」


  その場で考えついたような技名を口にする風流楓。


  その言葉と共に、それは弾丸より弾丸らしく。真っ直ぐで綺麗な軌道を描きながら──。


  「やめろぉぉぉぉ!!!」


  甲高い、癪に触るような声をも無視し──。


  やがては、魔人の眉間に──。




  「あれ……」


  間抜けな声と共にカランカランと何か金属類が地へ落ちる音が混沌の部屋へ響き渡った。

 

  落ちたのは刀。気づくと、それは儚い光を撒き散らしながら何処かへ消えていった。


  それと同時に今度はバタンと重みのあるものが地へ落ちる。


  風流楓だった。腑抜けた魔人を前に、更に地を這うように倒れこむ風流楓。魔装も解除され、いつもの制服姿に戻っていた。


  一体何が起こったのか、この時点では両者はまだ気づき得なかった。

 

  無音状態が続き、やがて理解が追いつく頃、風流楓は顔面蒼白。

  脳裏に浮かんだ文字は『死』だった。


  「時間切れ……? 何で……何で……まだ、時間はあるはず……」


  そう。魔装状態でいられる時間はまだある。いや、あったと言うべきか。風流楓が技名を口にした時点で残り制限時間は30秒程残っていた。時間切れで魔装が解除されたわけではない。それは風流楓自身、体内時計というやつでしっかりと把握していた。当然、今までカオセルスを痛めつけていた時にも制限時間だけは頭の片隅に置き、ゆとりある時間配分を考えていた。故に、残り30秒を切ろうとしていた時にカオセルスへのとどめを決意。決行しようとしていた。


  だが、現実は非情である。


  「何で……何で……何で……!!」


  悔しさ、いや、自分の不甲斐なさにより生まれる怒り──それを拳に込め地を叩こうとするも、身体が言うことを聞かず、ただただ「何で」を繰り返すのみ。


  「何で…………」


  この感覚は魔力切れの時と同じ感覚だ。一切、身体が言うことを聞かない。でも、何故このタイミングで魔力切れしたのか、それは風流楓自身もわからず、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。


  ──何で。

 

  考えられるとするならば、ここへ辿り着く途中に成してきた進化。


  ただでさえ魔装は多量の魔力によりリミッターを外し、桁違いの力を手に入れる諸刃の魔法。その代償は大きく制限時間は3分、それに加え3分過ぎると魔力切れによりしばらく身動きすらままならない。にも関わらずさらにその中で、進化──それ即ち、さらなる魔法を消費しリミッターを外していた。風流楓は知らないうちにかなりの魔力を消費し、結果として3分ではなく、2分30秒で魔力切れを起こした。


  要するにリミッターを外している魔装中にさらにリミッターを外し、結果的に魔力の消費に拍車をかけていた。


  「ふふふふふふ……ウアハハハハハッッッッ!!」


  唐突に響き渡る胸糞の悪い声。

 

  風流楓がピンチに陥っている時、それを好機としている者がいた。魔人カオセルスである。


  カオセルスはボロボロになった身体を起こし、風流楓を見下ろす。


  「どうやら、魔力切れを起こしたようねぇ! 哀れだわぁ! 愚かだわぁ! 俺を散々痛めつけた怨み──晴らさせてもらうわぁ!」


  「や、やめてください……何でもしますから……」


  形勢逆転。


  力を失った今、もはやなす術などない。


  さっき、自分があれだけ気持ち良かったんだ、今のカオセルスもさぞかし気持ち良いのだろう。


  弱い者を一方的に痛めつけるときに得られる快楽。

  普通には殺されない──じわじわと嬲り殺される──そう思った風流楓は、さきのカオセルスと同様恐怖で顔を歪めた。


  「死にたくない……死にたくない……死にたくない……」


  「安心しなさぁい。 すぐには殺さない。地獄を味わわせてから殺してあげるわぁ!」


  カオセルスは風流楓に顔を近づけ恐怖を誘う。

 

  「いや……」


  目の前に見えるのは醜い悪魔。

  死が近づいていると思うと、叫び声をあげることもままならない。腹の底から何かが込み上げてきそうで、吐き気を催す。

 

  「何でこんなことにっ……」


  風流楓が出来ることは過去を悔やむこと。

  もっと早くカオセルスを殺していれば。

  もっと言えば、意地になってこんなところへ一人で来なければ。


  悔やみ、悔やみ続けて次第に噛み切れる下唇。だが、痛みなど感じない。状況が状況なのだから。

 

  気づくと風流楓の眼前に迫る鋭い爪。

  それは右眼に向かって伸びてきおり、このままだと、


  「ひゃぁ……や、やめてください……」


  右眼が潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。潰される。


  最悪な未来が予知できた。


  「まずは右眼を潰してあげるわぁ!」


  やはり潰される。風流楓の顔からはさらに血の気が引く。嫌だ嫌だと逃げようと身体を動かそうとも言うことを聞かない。どうすればこの状況から抜け出せるのだろうか。冷静になれ──しかし、冷静になれない。無理もなかった。こんな極限の下におかれ、冷静になれだなんて無理だ。


  全てを悟った風流楓の瞳からは『希望』の光が消え去った。


  そんなとき、口から漏れた1人の名前。


  「夏さん……」


  しかし、ここでその名を漏らしても彼が助けに来てくれるわけがない。都合のいい考えとはまさにこのこと。自分勝手に行動した結果、加えて、自分の力を過信し過ぎた結果がこれだ。


  「私って、本当馬鹿ですね……」


  この時、初めて自分が馬鹿だと気づいた。しかし、気づいた時にはもうすでに遅い。


  刹那。


  風流楓の右眼は光を失う。

 

  もう痛みとかどうでもいい。死にたくないけど、生きるとかどうでもいい。何かもう全てがどうでもいい。

  もう助からないのだから。


  思いながら、風流楓は未来への光を閉ざした。

 

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