10話 混沌の城 その2
刀により切り開かれた城門。木製ということもあり、いともたやすく木っ端微塵に刀の餌食となった。
残り2分50秒。
門の先は城の扉まで真っ直ぐ続く伸びた石造りの橋だった。どうやらこれを渡らなければ城内には侵入出来ないようだ。しかし、橋は今にでも崩れそうなほど脆く朽ち果てている。橋の下は奈落の底とでも言った方がしっくりくるくらい暗黒に支配されていた。落ちたらひとたまりもないだろう。
だが、風流楓は気にしない。臆することをしない。魔装をした状態で全力で橋を渡りきった。
そして、その先に待ち構えていたのは二体の魔物だった。
猿のような見た目と獣のような毛に覆われた大きな図体。器用にも手には棍棒が握られていた。魔物たちは扉の前に立ち塞がり、風流楓の行く手を阻む。
風流楓の存在に気づいた魔物たちは瞬時に棍棒を振り下ろすモーションをとった。
が、大きな図体の俊敏さなどたかが知れている。風流楓は二体の魔物の間に出来た隙間に入り込む。そして刀で弧を描いた。当然、 弧を描くにあたって刀は魔物二体の図体を通り道とする。それが意味するものは言わずもがな。
刹那、魔物たちの奇声──いや、断末魔が響き渡った。
血の雨に濡れながら、二体の魔物を突破した風流楓。魔物たちのうるさい断末魔にも耳も当てず、扉の先へ進む。
残り2分40秒。
城内内部は突き抜けるように高い天井で開放感があり、左右には柱がずらーっと並んでいた。ただ、何処となくジメジメとしていて雰囲気がよろしくない。足元にはこちらをボスのところまで誘導しているかのような赤い絨毯が真っ直ぐと伸びていた。これを目印に進んでいけば、自ずとここの主とご対面出来るというわけなのだろう。
風流楓は迷わずその絨毯を目印にしながら全力で駆けた。
途中出くわす魔物たちを風流楓はまるで赤子をあやすように殺める。右から襲いかかってくる魔物、左から襲いかかってくる魔物、はたまた上部から襲いかかってくる魔物をも見ることなく、あっさりも刀の餌食としてしまう。その姿まさに鬼神の如く。
風流楓が見据える先は、目の前の殺戮のみだった。
残り2分20秒。
そして、やがて辿り着いた先。
そこは正方形の大きなフロアで、その中央には螺旋階段が柱の如く聳え立っていた。
恐らく、ここを登っていけば城の最上部へ。そこには魔人がいるのだろう。
果てしなく続く渦巻く階段の上部に目をやりながら、覚悟を決める風流楓。
だが、それはまだ早すぎた。
瞬間、何処からともなくわらわらと魔物の群れが現れる。
数は1、2、3、4、5、6…………目則では正確に計ることが困難だった。ざっと30は超えているだろう。
凶悪な魔物が30体である。1体倒すのに1秒かかったとして30秒。それに加え、この真ん中に聳え立つ螺旋階段を駆け上がり、魔人の元へ辿り着くまでの時間を加味すると少なく見積もっても60秒はかかる。
現在、魔装開始からすでに40秒は経過している。残り2分20秒である。さらにそこから60秒引くとなると、残りは僅か1分20秒だ。それを過ぎれば、必然と風流楓の魔装は解除され身動きすら困難な状況に陥ってしまうだろう。
この事実に風流楓は焦りを感じ始める。
眼前の数多の敵。それに加え、それらを越えた先に待ち構えているボス。
これは詰んだと言わざるを得ない。
「ふふふふ……」
この絶望的状況で頭がイカれたのだろう、風流楓の口から渇いた笑いが漏れた。刀を鞘に収め、俯き脱力する。それはまさに傍目から見れば『降伏』しているかのようだった。
無理もない話だ。このまま行けば眼前の敵は倒せても、それを越えた先に待ち受ける魔人に殺されてしまうかもしれない。このまま逃げに徹した方が賢明であることは明白だ。
敗北。
「ここまでのようですね……」
風流楓は己の未熟さを理解し、敗北を自ら認めた。
「でも」
正直、投げやりになりたかった。何もかも投げ出して、逃げたかった。
それはもちろん、死ぬのが怖いからだ。その後のことなんて命の二の次だ。逃げ出したくて逃げ出したくて堪らないほど怖かった。
──でも。
だが、風流楓はこの絶望的状況の中、そんな言葉と共に笑みを浮かべた。
眼前にいる無数の魔物たちを一瞥して一呼吸置き、
「でも、何やら楽しそうじゃありませんか」
何かに駆り立てられるような強い双眸輝かせた。
真紅に満ちたその双眸は、眼前の敵を一瞬だけれども圧倒する。
同時に再び鞘から抜かれた刀が、まずは間合いに居た魔物の首を捉える。斬られた魔物自身、それを理解するまで少しのタイムラグが生じた。
まずは1体目の撃破である。
「10秒もあれば十分でしょうか」
風流楓の刀捌きは、以前よりも確実に成長していた。以前というのはこの城へ突入した時のことである。時間にして、僅か45秒である。
これはこの極限的状況という境地に陥ったからこそ成せた進化。追い詰められると追い詰められるだけ強くなる──まさに風流楓はそういう体質なのだろう。
風流楓はもうすでに人間に非ず。
まさに鬼そのものだった。
「さ、行きますよ」