4話 はじめてのおつかい
「そんなぶっ叩かなくても……」
10万Fを握りしめ、文無しを逃れた僕は一人、始まりの町スターメンで打たれた頬をさすりながら歩いていた。
「……ったく……こちとら命かけるってんのに……」
不貞腐れながら、あいつの顔が脳裏に浮かぶ。
風流楓。
「誰もてめぇの乳を揉ませろなんて言ってねーだろうが」
僕はユーリにおっぱいを揉ませてくれと頼んだのだが、何を思ったのか横にいた風流楓が僕の頬を引張叩いたのだ。
そこはユーリが引張叩くところだろうが……。
肝心のユーリはというと、頬を赤く染めながら満更でもなさそうに「……あの……その……別に」と言葉を濁していた。
なかなか萌えた。
「もういい忘れよ」
よくよく考えると結構──というかかなりアウトなことを口走っていたと思う。黒歴史になりかねないほどの発言だった。だから、忘れる!
改めてこの世界の町を見渡すと、感慨深いというか本当に異世界なのだなと実感する。
中世風の建物があちらこちらに建ち並び、町の通りを行き交う多種多様な人々。それぞれ古臭いというかよくRPG系のゲームで見かけるような服装で、中には僕たちと同じような冒険者の姿も見える。
彼らは武器やら防具やらを身につけ、やたら目立つ──が、それが当たり前なのだろう、町の人々はいちいち気にしてはいなかった。そして、彼らが向かう先にはこの町の中央に位置するドーンとした石造りの建物が構えられているギルド。彼らはそこで仕事を請け負い、生活しているのだろう。僕たちと同じく常に死と隣り合わせ──なのに、何処か彼らは楽しそうだった。
「すごいなぁ……」
それに比べて僕といったら……。
ビビりまくりだし、ホラ吹きだし、かと言って強いわけでもないし。それに一応仲間である風流楓には未だに疑念の目を向けている。
他の冒険者のようにパーティでワイワイしたい。
一層のこと、僕もこのまま一人で旅たち、愉快な仲間たちと冒険や安住とかしようかな……。
が、そうも言っていられないのも事実。うかうかしていると、風流楓とその他の女の子たちが魔王を倒すかもしれない。そうなってしまうと、安住どころの話でない。魔王を誰かが倒してしまうと、その時点で僕の存在が消えてしまうのだから。それはつまり死ぬのと同意義である。
僕に魔力がない以上、知恵などでそれを補うしかない。
そこで、僕は町の道具屋に来ていた。
露店形式の道具屋で並べられているアイテムを凝視しながら僕は唸る。
「うーん」
正直言って、この世界のアイテム事情に乏しい僕は何を購入すればいいのか皆目見当もつかない。
ゲームとかならば、そのアイテムの説明書きを見ればどんな効力を持つか一目瞭然なのだが。
よし、ここは店主に聞こう。
「おっさん、なんか良い品ないッスかね? こう、なんていうかボス戦とかで役立つような品」
コミュ力皆無の僕が精一杯捻り出した言葉。フランクな感じで接すれば問題ないだろう。
「ボス戦?」
そりゃそうだ。この世界にゲームなどないのだから、当然の反応だ。
「あー、いや、その……僕、今度魔人と戦うんッスすけど、なんか良い品ないッスか?」
「アッハッハッハ! ボウズそれは何かの冗談かね?」
商人のおっさんは偉く愉快に笑った。
何かおかしなことを言ったか? と思ったが大体察しはつく。
「魔物ならまだしも魔人となれば、ボウズ。お前さんは死んじまうぞ。ひよっこ冒険者が集うこの町でこんな命知らずの馬鹿に会えたのは初めてだ」
何故だか知らないが恥ずかしい。うぅ……と萎縮して僕は商人のおっさんから目をそらす。コミュ力皆無の反応だった。
「見た所、まともな武器や防具も身につけてやしねぇ。お前さんは本当に冒険者かね? しかも、その見慣れない服装。本当にやる気があるのか?」
「あ、いや、その……はい……ありますけど……」
何だろう。異世界にまで来て、こんな仕打ちを受けるって……。
道具屋の露店でポツンと立ち尽くす僕。
通りすがる奴らも僕に注目し始める始末。
ハハハ、何だろう。涙が出てくる。
「それにお前さん、お金はあるのかね? うちは文無しに売るほど商売繁盛しとらんでね。さ、帰った帰った」
しっしっと、商人のおっさんはまるで小動物を追いやる動作で僕を払いのけた。全く相手にされていない。
当然、今のは頭にくるものがある。
「は、はぁ? ちょっと待て! 商人が客にそんなこと態度とっていいと思ってんのか! 僕は客だぞ! お客様は神様だぞ! クレーム入れてやる!」
虚しくこだまする悪質クレーマーのような言いがかり。
実際には、僕がお客様は神様だ! と主張するのは誤用であるが、僕は気にしない。
てか、何処にクレーム入れればいいんだろう……。
「?」
商人のおっさんは小首を傾げながら苦笑い。
流石の僕も苦笑い、とはいかず、
「もういい! 帰る!」
怒り心頭。
殺すぞこのクソジジイ。人が何も言い返せないと思って無下に扱いやがって。
胸中を支配する汚い言葉たち。しかし、それを口にする勇気もなく、僕は一人で半べそをかきながら店を後にした。
★
「くっそ、マジで殺すぞクソジジイ」
さらに不貞腐れながら、僕はスターメンの町をプラプラとしていた。
風流楓とユーリと別れて一時間くらい経ったか。
彼女たちとは夕暮れ時に再び、落ち合う予定にしている。場所は最初僕たちが無銭飲食をしたあのお店。
時間にして、あと四時間程度しかない。
今頃、あいつらは何をしてんだろう……。
そんなことを考えながら、途方もない足取りを辿っていた。
「……はぁ。どうしたものか」
10万F分の札束を握りしめながら、漏れる短いため息。
まさか、まともに店で何かを買うことすらままならないとはな。
はじめてのおつかいの子供たちはすごいよ。
はじめてのおつかいなのにおつかい成功しちゃうんだもん。
それに比べ、僕はこの有様。あのガキたちより劣ってるとはな……。
「まぁ、まともに物を買うことが出来ないとなると……」
この地に土地勘があるわけでもなかったが、方向音痴ではないため、徐々にこの町の地図が頭の中で完成されていく。
そこで、脳裏に浮かぶ文字。
カジノ。
ま、元々行ってみたいと思っていたし。この際だ。行ってみてもバチは当たるまい。
が、カジノという文字が脳裏に浮かぶ中、同時に風流楓の顔もチラッと浮かぶ。
ちっ。あいつは何なんだよ。僕のお母さんかよ。何であんなにお節介なんだよ。
でも、もしカジノで10万スったって知ったら、風流楓は間違いなく怒るだろうな。いい加減愛想を尽かされるかも。ま、別に構やしないけど。
……カスだな僕。
「ああ、もう無視だ無視」
僕はブンブンと首を振り余計なものを捨て去った。
捨て去るべきなのはその煩悩なのだがな。
構やしない。
「よし! 行ったるぞ! 待ってろよカジノ!」
10万F分の札束を握りしめ、いざ、大人の遊びへ!