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やがて、僕たち勇者は殺しあう  作者: いろはに
第1章 竜装・火竜篇
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3話 揉ませてくれっ!

  「まぁ、腹をくくりましょうか」


  そう切り出したのは風流楓だった。

  短いため息を漏らし長い黒髪をサッと後ろへ流す。彼女は決意を固めた目をしていた。


  えぇ……正気かよ、と思いつつも僕は風流楓のその強い意志に負け、短いため息を漏らす。


  「……はぁ。で、大丈夫なのか?」


  「そうですね。怖いですけど、夏さん。あなたがいるので、何とかなるでしょう」


  頼りにされている。

  男としてそれは大変嬉しく、誇らしいことなのだけど、僕は無力なのである。


  『魔装』とやらを扱えない僕にこの件は無理難題だ。魔物だの魔人だの魔王だの物騒なワードが当たり前のように並べられているが、無力な僕の場合それらをどうこう出来る力も知恵もない。


  だが、そんな僕とは裏腹に風流楓は、

 

  「それに元々魔王倒すつもりでしたし、魔人の一人や二人倒せなきゃお話になりませんからね」

 

  満更でもなさそうなやる気に満ちていた。

 

  どうやら、今度こそ本当に死を覚悟しなければならないようだ。多分、もう風流楓はこれ以上引き下がらないだろう。妙に正義感が強いところがあるからな。

 

  全くやれやれ。


  「ということで、ユーリさん。その依頼引き受けましょう」


  「え!? 本当ですか!? ありがとうございます!」


  思わぬ朗報にユーリは目を見開き微笑した。そして、また例の如く頭を下げ風流楓に深く感謝の意を表した。


  「……まぁ、その……私──いえ、私たちに任せてくださいね」


  やけに照れ臭そうに風流楓は言った。

  誰かから頼み事をされるということにあまり慣れていないのだろう。はにかみ微笑した。


  「はい。ありがとうございます。頼もしいです」


  顔を上げたユーリは期待の双眸を風流楓に向けた。

  しかし、その後ユーリは僕を一瞥すると、急に小首を傾げる。

 

  「ところで、楓様は私たちと言いましたが、夏様も行かれるのですか?」


  「ええ、そうですけど」


  「しかし、彼からは魔力が感じられないのですが……大丈夫なのですか?」


  いや、大丈夫じゃないけど。ものすごく行きたくないのだけど。


  「ああ、その事ですか。心配しないでください。今の夏さんは魔力のコントロールで魔力を抑えているんですよ」


  以前の僕の発言をそのまま真に受けていたらしく、風流楓はそれをユーリに伝えた。

  しかし、当然それは有りもしないただのデタラメなので、ユーリは首を傾げる。


  「魔力のコントロール?」


  「ええ、そうです。普段は魔力を抑えて、ここぞという時に魔力を解放し、敵を討つ。当然、夏さんも私と同じように『魔装』を使いこなすことが出来ます」


  いや、出来ないけど。何そのドラゴンボールの気の設定みたいなやつは。


  「そういう事だったのですか。魔力のコントロールなんて聞いたことなかったもので……。てっきり、夏様は魔力がないただの一般人かと思っていました。夏様って意外と器用なのですね。見くびっていました。最初の無礼をお許しください」


  今度は期待の双眸を僕に向けるユーリ。さっきまでの僕を無下に扱う態度は何処に消えていた。


  「ふん。まぁ、せいぜい期待しとくんだな。僕が本気を出せば魔人とやらも瞬殺だ」


  と強気な態度の僕である。


  本当は心の底から震え上がっているのに。本気はもう逃げ出してしまいたいのに。変な嘘のせいで僕は逃げ出せずにいた。

 

  ってか、何でこうもデタラメを信じちゃうんだよこいつら。おかしいだろ。人を疑うってことを知らないのかよ。


  が、もうこうなってしまった以上、後には引けない。同時に僕も馬鹿ではないので考えがある。


  「ということで、その依頼は受けるが、まずは前金を受け取っていいか?」


  「前金……ですか?」


  キョトンとしたユーリの返しに僕は、


  「ああそうだ。まぁ、ざっと10万Fくらいで」


  間髪入れずにサラッと言った。


  それを聞いていた風流楓は、は? みたいな顔をしていたが、僕は気にせずユーリを見やる。


  「前金として10万Fくれ。まぁ、知っての通りこちとら一銭もないんだ。それに魔人の討伐となるとそれなりの準備が必要になる。どうだ?」


  おそらく、この世界のお金の価値は1F=1円と考えるのが妥当だろう。先日食べたパスタセットが900Fだったこともあり、それは間違いない。ならば、10万Fで10万円分の価値がある。


  今から僕たちは魔人の討伐に行くのだ。なら、それなりの装備やアイテムは整えていた方がいい。ゆえの10万F。

  見た所、この世界には、マジックアイテムなるものが存在している。『物体移動札ムーブメントラベル』が、この世界の運送事業を担っていることを考えれば、マジックアイテムもそんなに高値ではないことが考察出来る。


  つまるところ、10万Fを得て僕がすべきことは自己防衛と依頼達成のための武器類、マジックアイテムの収集だ。


  これがなきゃ、僕は死んでしまうし、ユーリの依頼も達成されないだろう。


  「そうですね……」


  ユーリはしばらく黙りと考え込んだ。


  当然の反応だ。見ず知らずのやつにいきなり10万くれ、と言われて、はい差し上げますというわけにはいかない。だが、今回の件に関してはユーリの方から僕たちに頼み事をしているので、彼女に拒否権など皆無なはずなのだ。自ずと、首を縦に振るしかない。


  「いいでしょう。こちらから頼み事をした身、夏様が望むならば10万Fは前金ということで──」


  再び、ユーリが懐から分厚い茶封筒を取り出した時だった。


  お節介の如く横から奴が、


  「何を馬鹿なことを言っているんですか!」


  妙な正義感、妙な常識人アピールアタックを僕にぶつけてきたのである。


  「いや、考えてみろよ風流。今から僕たちは魔人の討伐に行くんだぞ? ゲームで言うところのボスを倒しに行くみたいなもんだぞ? それをお金も無し、装備も無し、アイテムも無しで倒せると思うか? 倒せないだろ⁉︎」


  「まぁ、確かに……」


  「だろ? 倒せないだろうが。そのための前金なんだよ。しかも、相手の強さだって未知数だ。いくら僕たちが『魔装』を使えたところで、相手の強さが予想を上回ってたらどうする!? 詰むぞ! 死ぬぞ! いいのか!」


  命に関わることなので、結構強めに叱責した。


  「そんなに怒らなくても……。まぁ、そこまで言うのなら別にいいですけど。てっきり、私は夏さんが前金として10万を貰い、そのまま逃げるのかと思っただけですから」


  うわ。なんか、めっちゃ信用ないな僕。


  「でも、そこまで考えているのなら、私は止めません。案外、夏さんって抜け目のない奴と言いますか、色々策士ですからね。私はあなたを信用します。で、前金を得て夏さんは何をしようとしているんですか?」


  「さっきも言ったが、武器類やアイテム無しの丸腰状態じゃさすがにお話にならないから、武器類やアイテム類を軒並み揃えるんだよ。文句あるか?」


  「ないです。文句の付けようもないくらい最高のアイディアです。流石ですね!」


  流石、と言われるほどのことはしてないんだが、どうやら、お許しをもらえたようだ。


  「ということで、ユーリ。前金を頂こうか」


  「あ、はい」


  再び、僕はユーリの方を見やる。ユーリもまた僕の指示に応じた。


  懐から取り出される分厚い茶封筒。

  よくよく考えるとこの世界にも紙幣があるのだな、と驚かされる。まぁ、実際便利だし。その辺は別に突っ込まない。


  「では、これを」


  ユーリは紙幣10枚をテーブルに並べてみせた。


  一、二、三……どうやら、ちゃんと1枚1万Fの紙幣10枚があるようだ。


  これだけのお金なら現実世界でさぞかし豪遊出来るのだろう。と言っても、僕もまだ十代後半なのでたかが知れてる範囲の豪遊なのだが。


  「確かに受け取った。これで、契約は成立だ。任せとけ、必ずキミの村人たちを救ってあげるよ」


  そんな力ないのに、どの口が言っているのだか。

  しかし、後戻りは出来ない。


  僕があの時──風流楓と出会った時あんなハッタリをかまさなければ、今こうして訳のわからない状況にならなかったのかもしれない。だが、あそこでハッタリをかまさなければ、死んでいたのも事実。


  今こうして生きているのなら、結果オーライというか──よかったじゃないか。


  後は、これから先どうするか──どうやって生き抜くのかだけを考えていればいい。どう転ぼうとも人生であり、結果は変えられないのだから、僕は最善を尽くすつもりだ。


  けれど反面、この世界に来て何度も死に直面した僕は、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない、と心底恐怖する。

 

  本当に死んでしまうかもしれないとなった今、未練というか心残りが一つだけある。


  18年の人生で一度やってみたかったこと。


  今なら、彼女──風流楓は……無理だ。ユーリにお願い出来そうな気がする。


  「あと、頼みがあるんだが……」


  「頼み……ですか?」


  「ああ……」


  らしからず、僕は頬を染めながら一言、


  「その! いやらしいおっぱいを揉ませてくれっ!」


  午後のティータイムの喫茶店内で、童貞の儚い叫びがこだました。





 


 


 


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