2話 ユーリの依頼
立ち話も何なので、僕と風流楓、そしてブロンドの髪の少女は近くの喫茶店に来ていた。
四人掛けのテーブル席に僕と風流楓が並び、向かいにブロンドの髪の少女が座る。
「って、何であなたまでいるのですか。私はそこの方に……」
ブロンドの髪の少女は注文したてのアイスミルクティに手を伸ばし、風流楓を気にかけながら無愛想に言った。
飛ばされる眼光。
なんで僕がここまで邪険な扱いを受けなければならないんだ。
「あーもう、そういうのはいいから。てか、このケーキうまっ」
僕はブロンドの髪の少女を嫌みたらしく一瞥して、勝手に注文したチーズケーキセットを優雅にアイスティの香とチーズケーキの濃厚な口溶けを味わい、至福オーラ全開。
風流楓もしれっと苺タルトセットを注文していて、甘酸っぱい苺を頬張り至福の時を過ごしていた。
「あっ、最初に言っておくけど、僕たち一銭もないから。ここの代金お前持ちな」
「…………っ!」
このクズ! みたいな目で僕を見てくるブロンドの髪の少女。だが! その刺すような視線がなかなか……こう、くるものがあった。
「…………わ、わかりました」
ブロンドの髪の少女は、一瞬だけ視線を僕から風流楓へ視線を移し、ため息混じりに渋々頷く。
この女わかっているじゃないか。風流楓と僕はワンセット。二人で一人。ブロンドの髪の少女は、どうやら風流楓を崇拝しているようなので、必然的に僕を無下には扱えず僕に嫌々ながらも従うしかないのだっ!
チョロ。
「だいたい、ほら常識がなってないっしょ。まず、初対面なんだから自己紹介くらいしないと」
「……は、はい……」
何だろう。この悔しそうに、僕の言うことに従うブロンドの髪の少女の表情が何かいい!
人を従えるっていうのはこんなにも気持ち良いものなのか。知らなかった。
「いや、はい、じゃなくてさ早く自己紹介してもらえる? 僕たち暇じゃないんでね」
「……は、はい」
「あーもう、だからさぁ?」
「ちょっと、夏さん」
おっと。ここで何やら妬くような視線でこちらを睨みつける風流楓が横槍を入れてきた。
「あまり、彼女をいじめないでやって下さいよ。可哀想じゃありませんか」
「いや、別にいじめているつもりはないが。復讐だよ! 復讐! こいつ、さっきから僕のことをのけ者みたいな扱いしやがって! 舐め腐ってんだろ!」
「沸点低いですね、夏さん……」
立場が逆ならば、絶対風流楓もこうなってると思うんだが。人間、除け者にされるのが一番堪えるからね。
「あ、あの……」
ここでブロンドの髪の少女が口を開く。
完全に僕を無視して、風流楓の方だけを見て言う。
「自己紹介遅れて申し訳ございません。私はこの町の東に位置するハラヤ村出身のユーリと申します」
ユーリとか抜かす女は風流楓だけに深々と頭を下げた。
「なら、私も自己紹介しますね。私は風流楓といいます。で、こっちの不貞腐れてるのが甘木夏さんです。まぁ、こんなカスみたいな人ですが悪い人ではないと思いますよ……多分」
何だよ多分って。
「で、私たちに──いや、私に何か用ですか?」
風流楓は改まり、ユーリに問う。
「はい。楓様は見たところお金に困っているようで」
「まぁ、そうですけど……」
お金に関して他人から首を突っ込まれて不快に思ったのだろうか、風流楓はバツの悪そうに顔をしかめた。
まぁ、本当のことなので仕方ないのだが。
「では、これを──」
何やらごそごそと、ユーリは懐を漁り茶色の封筒を取り出した。それは何とも分厚くまるで、中に札束でも入っているかのよう──って……。
「札束じゃねーか!」
文無しの僕は目の前の大金に目を大きく見開きさけびあけだ。頭の中にカジノカジノカジノと過るが、首を振り煩悩を消し去る。
「えっと……ユーリさん……? これは一体何なんですか?」
風流楓も目の前の大金にたじろいでいた。
「ざっと100万Fあります。楓様。私から──いや、私たちハラヤ村の民から折り入って頼みがあるのです」
「頼み……とは?」
「これを報酬にどうか、私の村の人々を救ってください──お願いします」
ユーリは頭を擦り付けるように頭を下げた。余程のことなのだろうか、ユーリは何かを思い出したように肩を震わせる。その瞳からは悲しみの雫が溢れていた。
「あ、いや、顔! 顔を上げてくださいよ!」
周りからの視線に痛々しい思いをしながら風流楓は慌てふためき、ユーリに顔を上げるように促す。
ユーリはそれに素直に従い、手元のアイスミルクティを少しだけ口に含み落ち着いた。
「で、どうしたんですか?」
風流楓からの質問にユーリは、思い出したようにクッと過去を噛みしめ、
「話すと長くなってしまいますが、端的に言うと私以外の全村人が知恵を持つ魔物──魔人に連れさらわれてしまったのです。老若男女関わらず連れさらわれてしました。私の母や父、弟までもみんな連れさらわれてしまったのです」
語った。
「それはまた……返す言葉もありませんね……」
風流楓は同情でもしているのだろうか、ユーリの話を神妙に聞き入っていた。そして、この反応。事が事だけに、ユーリに視線を合わせられない。
僕はというと、アイスティをストローでブクブクさせ、一連の話を他人事のように聞いていた。だって、他人事なのだから。それに、除け者されたのだから仕方ない。これ以上、僕はこの話に首を突っ込む気にもなれなかった。
「……どうかお願いします、楓様。村の人々を救ってください……!」
再び、頭を下げるユーリ。
対して、風流楓はため息まじりに、
「……すみませんねユーリさん。どうも私の手に負えそうにない話で」
後は察してください、とあしらった。
風流楓も僕と同じ考えのようだ。村人全員をさらってしまうような魔物、ましてや知恵を持つ魔物──魔人なんて僕たちがどうこう出来るとは到底思えない。
最初に僕が出くわした狼もどきの群れやギルカウスだったらまだ何とか風流楓が引き受けるだろうが、知恵を持つ魔物──魔人となると、得体も知れず聞いただけでも身構えてしまう。脳が危険だと本能的に判断している。
いくら金を積まれようが、命を危険にさらしてまで真っ当する事柄ではない。
何せ、僕たちには他にやるべきことがあるのだから。いちいち、そんな危険なイベントに参加する必要もない。ましてや、僕たちは正義の味方でもヒーローでもないのだから。おこがましい話である。
そんな僕たちの他人事のような冷たい反応にユーリは、そんな……、と言葉を失いつつもまだ何とか風流楓に縋ろうという意思を表示する。
「……お願いします楓様……。報酬ならさらにこれ以上出しますから」
ユーリのしつこさに流石に見兼ねた僕は、
「この案件は僕たちじゃ無理だ。いくら風流が『魔装』とやらを扱えたとして、見ての通り、僕たちは文無しひよっこ冒険者なもんでな。まだ冒険のぼの字も知らない初心者なんだ。この町にあるギルドにでも行ってクエストとして募集をかけてこいよ。僕たちよりも頼りになる輩なんて沢山いるだろ」
「…………ですが……」
「ここが始まりの町ってのも百も承知だ。なら、ギルドの元締めとやらがあるだろうから、そこに行けよ。それだけの金があるんだったら向こうさんも気持ちよく引き受けてくれるだろう」
すると、どうだろうか。ユーリは、違うそうじゃない、と静かに首を振った。
「王都サザンズフォンにあるギルド総本部にも行きました。ですが、相手が魔人ということでクエストを引き受けてもらえなかったのです」
「何で?」
「魔人とはつまり、魔界を統治する王である魔王と直接的な主従関係にある者たち。そこにギルドが首を突っ込むと何やら厄介なことになるようで。ギルド側もビビり上がり、クエストは受理されませんでした。ギルドが受理するクエストはあくまで雑用や魔物の討伐のみらしいのです」
腐ったもんだ。何のためのギルドだ。何のための冒険者だ。ま、僕たちがどうこう出来る問題でもないが。
……って、あれ? 今このユーリとかいうやつ、何て言った?
「ちょっと待て。今魔王がどうとかって……」
「え? あ、はい。魔王は、魔物や魔人を従える魔界の王なのです。……まぁ、流石に私も魔王を倒してきてくださいとは言いません。ですが、せめて魔人だけでも……お願いします」
本来、僕たちがこの世界へ来た理由は魔王の討伐。
その魔人とやらに接触すれば、魔王に関する何らかの手がかりがつかめるはずだ。
僕はユーリに、ちょっと待てね、と手で待ったをかけ、風流楓に耳打ちする。
「おい。どうする? 魔王だってさ」
「……そうですね。手がかりになるなら、私は構いませんが」
「でもさ、考えてみろ。僕たちの当分の目標はなんだ?」
「えっと……お金を稼ぐ、ですか?」
「ああ、その通りさ。お金を稼いで十分な生活ができるようになることが僕たちの目標だ。そして、ここからは僕の思惑なんだが、この世界の事を理解し、順応し、力をつけ、魔王とやらの核心に迫りたいと思っている。だが、いきなり魔王の手下と一戦交えるとなるとな……。ちょっとまだ心の準備が……」
「でも、この件さえクリアしてしまえば、お金と情報の二つを得ることが出来ると思うんですが……」
「だよな……」
この件を素直に受け入れることは僕たちにとっても良い話だしユーリにとっても良い話だ。利害の一致というかなんというか。
しかし、こんなチンケな冒険者ごときがいきなり魔王の手下──魔人と戦えるのだろうか。
少なくとも、今の僕ではどうにも出来ないだろう。殺されるのがオチだ。
風流楓の力が何処まで通用するのかわからないが、下手に首を突っ込むような話でもないのも事実。
どうしたものか……。