1話 魔装(まそう)とブロンドの髪の少女
おっさんの店の従業員控え室で一夜を過ごした僕たちは、おっさんにお礼と共に謝罪を述べ、店を後にした。
出発する時、おっさんは僕たちに達者でな、なんて気前よく手を振るものだから、思わず目元が熱くなったよ。
まぁ、泣いてなんかないけどな!
「いやー、それにしてもあのおじ様人情味が溢れてていい人でしたね」
「ああ、そうだな。一日分の飯、風呂、寝床全てあのおっさんが賄ってくれたからな。多少、嫌な思いはしたけれど、中々充実してたよ」
「ふふ。案外、捨てたもんじゃありませんねこの世界も」
見知らぬ地に見知らぬ顔。右も左もわからなかったけれども、今や最初の不安は遥か彼方。町並みも見慣れ、ここは異世界ではなく元の世界な何処かの外国──そんな錯覚に陥る。身の危険はあれど、新鮮味を感じる生活。このまま順応していけば、晴れてこの世界の住人認定。異世界ライフの始まりだ!
僕は不安だらけだったこの世界に少しずつだけれど慣れてきたような気がした。
なんて言うか修学旅行二日目みたいな気分だった。
「ところで夏さん」
「ん? 何だ?」
「これから当分どうするんですか?」
「そうだな……」
何も考えていなかった。というか、疲れでそれどころではなかった。だが、十分休んだ今、僕の頭の中は活発化している。
まずはアレだ。アレがなきゃ何も出来ない。
「まずは、お金を手に入れることが最優先だろう。お金がなければ飯も食えない、床にも着けない。金だ金。金さえあれば何でも出来る!」
「金金賤しいですね……夏さん。ま、でも、それがもっともな意見だと思います」
うんうんと頷きながら潔く同調。
抗議の嵐を予想していたが彼女にしては珍しい。まぁ、最初棘が刺さるような視線を感じたが。問題なし。
「だろ? で、どうやってお金を稼ぐのかって話なんだが」
「どうするんですか? この町のギルドにでも行ってみるつもりですか?」
「んいや、ギルドに行ってもどうせろくなクエストしかない。もうクエストはギルカウスの件で懲り懲りだ」
「じゃあ、どうするんですか……?」
不安気に訪ねてくる風流楓。
なんて察しのいい子なのだろうか。
ハッハッハッ! その通りなのだよ。キミが抱いている不安は的中さ。
「片っ端からその辺の家に忍び込んで金品をゲットしに行くんだよ。ほら、ゲームとかで他人の家から金やら種やら武器やら装備品を壺やタンスの中から盗むだろ? アレをやればとりあえず何らかの金品は手に入る。どうだ? やるだろ?」
「…………」
風流楓は呆れて物も言えないような様子でジトーっとこちらへジト目攻撃。
「本当、あなたは何処まで愚かなんですか……。これじゃあ、昨日の無銭飲食と変わらないじゃないですか!」
「いや、わかるけどさ。悪いことだってことくらい百も承知だけどさ。それじゃあどうすんのって話になってくんの。わかる!? お前がその辺で野垂れ死にたいのなら話は別だが」
「……そう言われると………駄目です! もう私はあなたの意見に流されませんよ!」
ちっ。
「いやいやだからさ、お前、この世界での金の稼ぎ方とかわかんの? わかんないでしょ? 戸籍とかあるわけ? ないでしょ? なら、一応僕たちは魔王を倒す勇者なんだから、ここは善良な市民から金品を頂いて、それを糧に生きていこうじゃない! 誰も咎めやしない。むしろ、魔王を倒してくれるんだ! って感謝されると思うんだよね」
「あっ、そうです! 働きましょう!」
いや、僕の話聞いてた? 何で無視するの? ねえ? 何で!?
「ちっ。ってかお前正気かよ」
とんでもないことを言い出す風流楓に僕はドン引きした。
だって、考えてみろ。働くんだぞ? この意味がわかってんのかこいつ。
「ええ。生きていくためのお金を稼ぐということがどれだけ大変なのか、あなたは身をもって知る必要があります。もちろん、私も一緒に働くので一週間くらい頑張ってみませんか?」
「いや、僕は遠慮しとくよ。それよりカジノでコイン拾って稼いだ方が早くね?」
「…………本当にあなたは……カスですね……」
怒りを抑えているのだろうか、風流楓はプルプルと身を震わせながら出来るだけ声を抑える。呆れたジト目から軽蔑を含むガチ目へと変貌。殺気を感じなくもないが、僕は気にしない。無視だ無視。
「いや、待て考えてみろ。お前、こんなところまで来て働く奴が何処にいるんだよ。ここは異世界だよ? 言うなれば、せっかく旅行に行ったのに昼飯をマックで済ませるみたいなもんだぞ? わかってんのか!」
「…………でも、ですね……」
「んだよ、文句あるのか? なら、昼飯お前マックな。僕は優雅に、オシャレなレストラン──サイゼリアで昼食を済ませるから」
「何の話ですか!」
「こっちが聞きたいわ!」
思わぬ脱線事故。正直、僕も何を言っているのかわからなかった。
「だいたい、私はマックなんて栄養価の低いファストフード店には行きませんからね! 時代はサブウェイですよ!」
「いや、お前こそ何の話だよ」
いつまでこの話引っ張るつもりだよ。
とりあえず、風流楓がサブウェイ大好きっ子なのはわかった。
「で、話戻すけど、金を稼ぐのに働くという選択肢はなしだ! 一番現実味かつすぐ手元に金が入ってくる方法は窃盗しかないんだ。妥協してくれ」
「あなたは一体、昨日何を学んだんですか!? 犯罪はダメです!」
「だーかーらー! 魔王を倒すためには多少の犠牲も必要なの! 昨日言ったよな? 正義の為ならば多少の犠牲も必要なのだと!」
「でも、その結果が昨日のアレです! いい加減学習しましょう、働きましょう! 夏さん!」
「ああー! もう! 拉致があかねぇ!」
「何を言っているんですか! あなたが妥協さえすれば、それで話は──」
風流楓が何かを言いかけたその時だった。
「どうやら、お金のことでお困りのようで」
背後からそんな声が聞こえた。
女性の声。
あまりにも突然かかった声だったので僕たちはビクっとなり硬直した。
「誰だお前は……?」
振り向くとそこにはローブ姿の女がいた。
背は風流楓と同じくらいか。顔はローブのフードで見えないが、長いブロンド色の髪の毛が見えた。
「あなたには用はありません。私はそこの方に用があるのです」
ローブ姿の女は風流楓を指差す。
風流楓は、は? と怪訝な顔でローブ姿の女を見ていた。
そして、すぐさま僕に耳打ちする。
「誰ですかアレ」
「知るか!」
見るからに怪しげな雰囲気を醸し出すローブ姿の女。顔すら見えないことに僕たちは不信感を募らせる。
恐らく彼女は宗教勧誘、もしくはお金のことがどうとか言っていたので金貸しか?
どちらにせよ、あまり関わらない方が吉と言えよう。
ここは一発ガツンと言ってやらんと。
「誰だか知らねーが、いきなり不躾じゃないか? 僕たちは今、取り込み中なんでね。さ、どっか行った行った」
手で追い払う仕草でしっしっと軽くあしらう。
だが、ローブ姿の女は、
「さっきも言ったように、あなたには用はありません。私はそこの方に用があるのです」
僕を一瞥すると、すぐさま風流楓の方へ視線を移す。全く、相手にされてない様子だった。
ぐぬぬ……こいつ……。
しかし、僕も男だ。こんな態度取られて、押し黙るわけにはいかない。
「うちの風流に何か用があるなら、まず僕を通してもらおうか。話はそれからだ」
「何度も言わせないで下さい。あなたには用がありませんから」
この女……!
「あ? 上等じゃねーか。 何処の誰だか知らねーが、この僕に喧嘩を売ろうとはいい度胸してるじゃねーか。ということで、よし! 風流! 殺ってしまえ」
「何でですか!」
間髪いれず突っ込まれた。
「もういいですよ。私が応対しますから。夏さんは大人しくそこに居てください」
風流楓は少しため息混じりに言い残し、ローブ姿の女の元へと近づいた。
「で、私に何か用ですか?」
「はい。先日のあなたの戦いを拝見させていただいたのですが」
「戦い?」
「はい。ギルカウスとの戦闘です。その際、アレを使用してましたよね?」
「アレ、とは?」
「『魔装』です。アレは死地を乗り越えた者のみが使用可能な、己の能力を全て限界以上に高めることのできる最強魔法。使えるのですよね?」
「ああ、まぁ、はい」
魔装だの最強魔法だの言われ、若干戸惑いを見せる風流楓。
『魔装』風流楓が戦う時に見せる変身。アレはそういう総称があったのか。さらに、どうやらそれはこの世界でも重宝される力のようだ。
羨ましい。妬ましい。本来ならば僕がそういう役どころにつくはずなんだが……。何で、僕はその『魔装』とやらが使えないんだよ!
「では、お願いがあります」
すると、急にローブ姿の女は地に膝をつけ乞う姿勢。
ローブのフードに手を掛け、隠していた顔を明かす。
歳は僕の一つ、二つ上だろうか。長いブロンドの髪。少し吊り上がったパッチリとした目。その双眸にはくすんだ緑を宿す。整った顔立ちからは、幼さを残すも何処か大人の艶かしさを感じる。出るところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。全体的に見てスタイルオールオッケー。
これまたなんと言う美少女なのだろうか。
そんなブロンドの髪の少女の態度にたじろぎを見せる風流楓。自身、こんな態度を取られたのは始めてだったようで、周りをキョロキョロしながら、「あ、いや、その……」と外視線を気にし、
「い、いきなり何ですか!」
とりあえず、恥ずかしさのあまりなのだろうか、声を荒げる。
だが、ブロンドの髪の少女は気圧されることもなく、
「私たちの村をお救いください。救世主様!」
風流楓にすがりついた。
最後の希望と言わんばかりの双眸で。