11話 ギルカウス二頭を討伐せよ! 二頭目
僕たちはギルカウス一頭の討伐に成功した。と言っても、風流楓が一人で討伐したのだが。
討伐されたギルカウスは、マジックアイテム『物体移動札』という紙切れで指定された場所へと送られた。
このマジックアイテムはこのクエストを請け負った際にあのおっさんから受け取ったもので、討伐したらこの紙切れを討伐されたギルカウスに貼り付けろ、とのことで僕はそれに従いギルカウスに貼り付けた。すると、討伐されたグロテスクな姿のギルカウスはその場から消え去った。
なんて便利なアイテムなんだ、と僕は感心すると共に目の前の光景に目を疑い驚愕した。
てか、この『物体移動札』やつ便利すぎるだろ。この世界での運送事業はどうなってんだよ。
そして、ギルカウス一頭を討伐した今、僕たちはもう一頭を討伐するためにこのイストリア平原を歩いているのだが……。
いや、歩いているのは僕だけだった。風流楓はというと、僕の背中でくつろいでいらっしゃる。魔力が切れて動けないというので仕方なく僕がおぶっているのだ。
「ちょっと、夏さん。手がお尻に当たってるんですけど」
「あ? うるせーよ。仕方ないだろ。なら、自分で歩けや」
「なにそんなにイライラしてるんですか」
「お前な……僕はこの世界に来て不眠不休で現在に至るんだぞ……」
「いや、パスタセット食べてたから不休ではないと思うんですが」
「お前……飯食ったからって体力が全回復すると思ってんのか? あ? お前は飯食ったら、眠らなくても休まなくても体力が回復するのか? あ? 違うだろ。ゲームじゃねーんだぞ。いい加減にしろ! だいたい、いいよな、お前は僕の背中で優雅に過ごすだけで」
「あ、ちょっと、お尻触らないでくださいよ!」
こいつ……。
もう何と言うか鬱陶しい!
やばいよ。本当にやばいよ。ハゲ上がりそうだよ。これはアレか。僕を殺すための作戦で精神攻撃だったりして。
「お願いだから、少し黙っててもらえませんかね風流さん?」
「何でですか。お尻を触るのはセクハラですよ! セクハラ! セクシャルハラスメント! 英語ですけどわかりますか⁉︎」
「馬鹿にしてんのか」
うわぁぁぁぁぁぁ! もう! 頭がイカれそうだぜ。
それに加え、あともう一頭ギルカウスを討伐しなければならないという。それも僕一人で……。
てか、どうしよう。本当にどうしよう。
風流楓の魔力が無くなった今、僕一人でギルカウスを討伐しなければならないという現実がここにある。
僕一人で倒せるか? いや、倒せないね。殺されるのがオチだ。
あと考えてみろ。でかい図体をした動物を素手で殺せるか? いや、殺せないね。ビビり上がっている未来しか見えない。
せめて、武器さえあればまだどうにか出来たのかもされないが……僕には何もないのである。
あ、そうだ。おっさんからもらった残り一枚の『物体移動札』を生きているギルカウスに貼り付け転送して貰えば……いや、転送先がパニックに陥る未来しか見えないな。僕も鬼ではない。さすがにそんなことはしないけど。
不眠不休の僕。
武器無し、魔力無しの僕。
それに加え、人ひとりをおぶっている僕。
考えてみれば、色々とハンディキャップを背負いすぎだろ……。
あーもう! 無理!
「ま、期待してますよ! 夏さん♪」
下ろすぞてめぇ……。
★
小一時間歩いたところで、僕たちはもう一頭のギルカウスと出くわした。
先ほどの個体と大差ない図体。いや、むしろこっちの方がデカイか。加えて、もう何十年何百年と生きているような貫禄が伺える。
詰んだ。
「マジかよ……」
「さ、夏さん! ファイトです! あ、ファイトって意味わかりますか? 英語ですけど」
「何なのお前マジで……」
無駄話をしている間にもギルカウスはこちらに好戦的な動作で威嚇してくる。
とりあえず、僕はおぶっていた風流楓を下ろし、丸腰の状態でギルカウスの前に立ちはだかってみたが……。
「ギュルルルル……」
何だろうこれ……。
突進されたら一撃で死んでしまうんじゃね……?
「夏さん! 手加減は無用ですよ。あなたの本気を見せてもらいましょうか」
風流楓は座り込んだままそんな無責任なことを言い放った。
僕も風流楓のような力があればそうしたいところだが、如何せん僕にそんな力は皆無だ。力の使い方を知らない以前に、あのおっさんが言ってたように僕には、本当に魔力がないのかもしれない。
が、風流楓の前でそれを悟られてはいけない。
「あ、ああ。任せとけ。その目をよく見開いとけよ? 僕の活躍に酔いしれるといい!」
そう言って、あるはずもない魔力を高めるために全身を力ませる。
そして、溜まるはずもない魔力を全身に纏わせる。
「──────‼︎」
クッと前に拳を突き上げるも、結果的には何も起こらず……。
「………………」
「………………」
「ギュルルルル……」
変な沈黙がイストリア平原に訪れるのであった。
「あ、やっぱりごめん僕には無理だ」
ギルカウスの前で、ちょこんと座っている風流楓に僕はそう告げた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、その……」
正直に言えねぇぇ……。
実は、僕は魔力を使えますから的な感じで散々風流楓を騙してきて数十時間。このハッタリに命こそ救われたが、もう限外だ。しかしだ。ここで僕が本当のことを打ち遂げてしまえばどうなる? 僕が無防備だと知った時に風流楓はどう行動にでる?
殺しにかかってるくるに決まっているだろ。
あの時の恐怖を僕はまだ忘れない。
だから、僕は。
「ちょっとさ、もう僕限界なんだよね……」
「いや、何言ってるんですか。目の前にはギルカウス、そして、後ろには魔力切れの私がいるんですが」
「うん、わかってるけどさ。さっきも言ったけど不眠不休なんだよ僕」
「それがどうかしたんですか?」
「わかんない? わかるでしょ? アホなのかな、キミは。いや、アホですわ」
「……む」
不機嫌面で僕を睨む風流楓。
「あ? なんだよその面は。何か文句あんのか?」
「いや、文句しかないんですが。てか、どうするんですか! あなたが戦わなければ、私たちやられてしまいますよ?」
「んなもん、最初からわかってんだよ。だからさ、もう詰んだねって話」
「は?」
「ま、もっとも詰んだのはお前だけなんだがな風流さん」
「は?」
風流楓には悪いが僕はここいらで……。
僕は軽快なステップを踏みながら、ギルカウスに背を向け、
「つーことで、僕はこのままダッシュで逃げるから、さようなら」
「え……はぁ? 何を馬鹿なことを言ってるんですか! そんなことしたら、動けない私はどうなっちゃうんですか! 死んでしまいますよ!」
「うん、だから。どうぞ、ご勝手に死んでください。僕はもう疲れましたさようなら」
「そんな……」
ま、他人より自分が一番だと思っている僕が取る行動といえばこんなところだろう。それにこの先、生きていくならば風流楓や他の二人の女の子も蹴落とさなければならない。早かれ遅かれ、どの道結果は同じなのだ。
「……じゃあな」
冷酷にも僕は半泣きの風流楓を見下ろし、言い放った。
思えば、風流楓には出会ってから散々迷惑をかけられてきた。同時に僕も風流楓に迷惑をかけたと思う。そこはお互い様ということで。
だが、何故だろうか。
風流楓の虚ろな瞳を見ていると、無性に……。
「…………はぁ……」
思わず深いため息をつく僕。
ああ、やっぱり僕はこういう人間なのかもしれない。
素直じゃないな全く。自分で自分が嫌になるほどに。
「何ですか」
「……ほら、逃げるぞ」
そう言って僕は風流楓の前で腰を落とし背負われるようにと促した。