9話 クエスト
おっさんから付いてきなと言われ、僕たちはのこのことおっさんに付いて行った。
何されるんだろう、という不安を抱えながら……。
「夏さん、これマジで何されるんですかね……?」
おっさんの後ろを付いて行く最中、風流楓は小声で不安げに言った。
「……アレだ。このお店のメニューにスペシャルステーキセットっていうやつがあっただろ? 多分、アレの肉にされるんだろう……」
そう。メニュー表に載っていたスペシャルステーキセット。なんと僕たちが食べたパスタセットが900Fだったのにも関わらず、それは500Fだった。当時、僕たちは安さに惹かれこそしたがあまりにも安すぎるため無難なパスタセットにしたのだが……。
「…………ヒェ……」
冗談で言ったつもりが風流楓の顔は青ざめていた。にしても、あのスペシャルステーキセットの肉って本当に何なんだろう……。まさか、本当に……あはは……。
「着いたぞ」
そうこうしているうちに木造りのドアの前に辿り着いた。おっさんはドアを開ける。
「まぁ、中に入れ」
どうやら、ここは店の従業員控え室のようで、殺風景ながらも、従業員の制服やら私物やらで以外とゴチャゴチしていた。
真ん中に木製のテーブルがあり、おっさんはここに座れみたいな感じて僕たちを誘導したので僕と風流楓は有無を言わず、並んで椅子に座った。おっさんはというと僕たちの真ん前にドンと座り込んだ。
「何っスか、面接でも始める気っスか?」
何だか、そんな雰囲気がしたので聞いてみた。
「いんや、違うな。折り入って君達に頼みがあるんだ」
神妙な顔をしたおっさん。
何だよ頼みって。怖いんだが。
「君達、どうせ金が無いんだろ? 見た所、まだひよっ子冒険者と見た。違うか?」
ひよっ子冒険者か……。そもそも僕たちにはまだ冒険者だなんて自覚はない。流れ的にここへ辿り着いただけであり……って、それをこのおっさんに言ってもどうしようもないな。
「ま、そんなところっスね」
「やっぱりそうか。君達みたいな若者──特にひよっ子冒険者はお金が無く、よくこの辺の店で無銭飲食をするんだ。うちの店もそりゃあ何度も被害にあってな。ま、ここは始まりの町とも言うし、そういう輩が居てこその町だからな。冒険者の芽を摘みたくないんだ。だから、俺たちは決して怒らない」
意外と良いおっさんだった。何だよ無銭飲食をしても怒らないって。働かずしてここで一生食っていけるじゃん。冒険者様さまだな。
と思ったのも束の間、
「だが、やはりそういった冒険者にはペナルティが必要だ。そこで例の頼み事なんだが」
うわぁ……。何だろう。皿洗いとかさせられんのかな。嫌だな……。
「君達にやってほしいクエストがある」
ああ、そういうやつね。そういうパターンね。だってそうだもの、僕たちは冒険者なんだからね。
「ほれ」
そう言って、おっさんが差し出してきた一枚の紙。
そこにはこう書いてあった。
『東の平原に生息するギルカウスを二頭討伐せよ! 報酬 ランチ』
えぇ……。
風流楓はともかくとして、何も武器も力もない僕がこんなの出来るはずないだろ……。何だよギルカウスって。明らかに強いだろこの名前……。それに何だよ報酬ランチって……。馬鹿にしてんのか? あ?
「これをクリアすれば無銭飲食の件はチャラってことですか?」
「ああ」
「聞きましたか! 夏さん! 私たち助かるんですよ! チャンスですよ! なんて気前の良いおじ様なのでしょうか!」
いや、気前の良いおじ様って誰だよ。このおっさんのことか? 僕にはひよっ子冒険者に無理難題を押し付けるカスみたいな悪魔にしか見えないんだが。
「まぁ、報酬にランチとは書いているが晩飯も追加報酬として出してやる。このギルカウスってやつの肉は上手くてな。うちのナンバーワン人気メニューなんだぜ。こうやって君達みたいな冒険者から狩りとってもらった仕入れ値ゼロのギルカウスの肉をうちの店で出してるってわけだ。クエストクリアしたら褒美として食わせてやるよ」
ああ、あのスペシャルステーキセットの肉はこのギルカウスってやつの肉だったのか……安心した。
「聞きましたか! 夏さん! クリアしたら晩飯までご馳走してくれるそうですよ!」
こいつ、罪がチャラになるためのリスクを考えてないだろ……。討伐出来んのか? このギルカウスとかいうやばそうなやつ。 いや、風流楓ならいけないこともないか……?
「ああ、聞いてるから少し黙っててくれ」
どうしようか。これを拒否れば今度こそ警察に突き出されるかもしれないし……。でも、ギルカウスか……。やばそうだな……。
すると、僕の顔色を伺ってか、おっさんは僕にフォローを入れてくれる。
「まぁ、そう心配はすんな。ギルカウスってのは名前は強そうだが、案外そうでもないんだ。武器や少しの魔力を扱えるなら誰にだって狩ることができる魔物さ。見た所、武器は持ってないようだが、君達──いや、そこのお嬢ちゃんにはとてつもなく強い魔力を感じるよ」
「本当ですか⁉︎ やったー! 私、そんなに魔力が高いんですか⁉︎」
「ああ。だが、そこのにいちゃんには全く魔力が感じられないね。武器も持ってないようだし、大丈夫か?」
そこのにいちゃんには全く魔力が感じられないねの『そこのにいちゃん』というのは僕のことなのだろうか。僕のことなのだろう。
おっさんからは哀れみのような目を向けられる。なんか、察し……みたいな目を向けられる。
一方で風流楓からは、え? どういうことですか? みたいな目を向けられる。
確かに僕は自身が魔力を扱えないのは知ってたけれども。魔力が感じれないってなんだよ。確か、神様に『魔力解放の儀』とやらで魔力を解放されたはずなんだが。どういうことだよ。
それに風流楓には僕が魔力を使えないことを隠してたのに。僕は魔力を使えます的な設定で、実は抜け目のない奴みたいな感じで隠し通していたのに。このおっさん、あっさりバラしやがった。
僕の無力を知った風流楓に、いつまた命を狙われるかわからない。
まぁ、いい。
「おっさん、僕を侮ってもらっちゃ困るよ」
「どういうことだ?」
「確かに今の僕には魔力はおろか武器すらない。だが、魔力のコントロールが出来る」
「何だ? その魔力のコントロールとやらは」
「戦闘時には魔力を高め、そして今のような日常時には魔力を消す、これが魔力のコントロールだ。ま、もっとも常人には縁のない話だが」
なんてこと言ってるが嘘だよ。
「はぇ……。今時の冒険者はそんなことが出来るのか。たまげたもんだ」
「さすが夏さんですね。抜け目のない人ですね」
「ま、まぁな」
馬鹿だろこいつら。僕にそんな力ねーよ。自分で言っといてなんだが、何だよ魔力のコントロールって。
さて、僕の期待が高まったところで。
「じゃあ、風流。あとは頼んだぞ。ということで僕はこの辺で」
僕が席を立とうとした時だった。
「夏さん?」
ニコニコした風流楓。何を考えているのだろうと、思ったのも束の間、ガッと僕の手首を掴む。何痛い離して!
あんなこと言っといてなんだが、マジで行きたくないんだが。てか、僕が行ったら確実に死ぬだろ。
「何処に行くつもりなんですか?」
「ちょっと散歩を……」
「座り直してください」
「はい……」
なんやかんやで尻に敷かれている僕であった。