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記し手の英雄  作者: rintin
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最初の町

 綾人は驚きの表情を浮かべたまま、ジャム、グルロイ、ティオラの順に顔を見た。三人とも苦笑いを浮かべているように見えた。


「帰してはもらえない感じ?」

「悪いな。そもそも帰す方法も分からない」


 急にティオラが冷たくなったように感じ、綾人は深く息を吐いた。そして、握りしめたまま放していなかった木刀を、机の上に置いた。十二年前からずっと使い続けている木刀だ。これまで一日も手入れを欠かしたことは無い。仕事の合間にも手入れをする。祖父から受け取った、命の次に大事なものだ。


「この世界にはモンスターってのがいるらしいけど、木刀じゃさすがに歯は立たないかな?」

「悪いが木では無謀だ。一撃…もって二撃ってとこだろう。すぐに折れて終わりさ」


 ティオラの残酷とも取れるその言葉に、綾人は肩を落とした。分かってはいたが、今まで使い続けてきた木刀がこの世界では無価値であることを知らしめられるのは、相当心に響くものがある。


「すまない綾人。本当に私は勝手だ。見ず知らずのお前をこんな世界へ呼び込み、挙句旅をしろなどと…。だが、私はどうしてもこの手帳に旅路を記してその国に届けなければならないんだ。こっちの世界での生き方はもちろん教える。お前に何かあれば、私がお前を護る。こう見えても私は槍術は得意なんだ。いざって時はお前を全力で護る。だからお願いだ。私と共に旅をしてくれないか?」


 ティオラは深々と頭を下げた。ジャムは頭こそさげなかったが、真っ直ぐと綾人を見ていた。生意気な鳥だが、その眼には何か感じ入るものがあった。綾人は頭を掻いて、口を開いた。


「確かにお前らは勝手だよ。俺をこんな世界に呼んで旅をしろだなんて…。けど、お前が履き違えていることが一つだけある」


 ティオラはゆっくりと頭を上げ、じっと綾人を見る。


「履き違えている?」

「ああ。俺はお前に護られるほど弱くはねえぞ。むしろ、逆だな。お前が俺に護られるレベルかもな」


 綾人はにっと微笑んだ。ティオラはその顔を見て、自然と笑みがこぼれた。綾人は立ち上がり、木刀を握りしめた。


「俺にも師匠がいた。何十歳も歳の離れた俺の祖父だ。その人は三年前に、病気で死んだ。俺は九年間その人に剣術を叩き込まれてきた。長い様で短い九年間だったよ。その人は頑固な上に意地悪で、まともな戦い方を教えてくれなかった。時には俺を本気で殺そうとするときだってあった。でもそんな祖父が、死ぬ間際に俺にやっとまともなことを教えてくれたんだよ」


 ティオラは黙って綾人の話を聞いていた。綾人の顔は、何とも言えぬ複雑な表情だったが、僅かに笑顔が混じっていた。


「お前は、自分が正しいと思う道で剣を振れ。自分が間違っていると思えば、決して剣を振るな。そう言って、祖父は死んだ。在り来たりな台詞の割に、意味は良く分からなかった。でもその意味が、今やっとわかった」

「今…分かったのか?」

「ああ。…ティオラだったか。俺はあんたが間違っているとは思わない。事情は良く分かんないけど、自らの使命に忠実になって、そのための方法を編み出し、成し遂げようとしている。だから俺は、そんなあんたのために、剣を振るいたい」


 綾人は木刀をティオラの顔の前に掲げ、強い口調でそう言い放った。そして、その木刀を和服の帯に差し込み、腰に携えた。ティオラは立ち上がり、両手を机について、深々と頭を下げた。


「ありがとう」

「その代り、お前が隠している事情とやらは、旅の中で徐々に聞き出すからな」


 綾人はそんなことを言いながら、身体を伸ばした。




 身支度を整えて、綾人とティオラは小屋を出た。ティオラの肩にはジャムが乗っていた。ティオラは長い槍を背負っていた。身の丈ほどあるその槍は、石突きの部分に青い硬そうな石が埋め込まれていた。ティオラは他に、数日分の食料などを用意していた。

 小屋の前で、グルロイが見送ってくれた。


「わしはこの小屋で、綾人…あんたを元の世界に戻す方法を探ってみるとするよ」

「ありがとうグルロイさん」


 綾人は丁寧にお礼を言った。グルロイは僅かに頭を下げ、そそくさと小屋の中に入ってしまった。あまりにもドライなグルロイの態度に、綾人は思わず口を開く。


「弟子が長旅に出るっていうのに、随分渇いた別れだな」

「師匠には自信があるんだよ。私は師匠から魔術や槍術を教わった。お前と同じく、小さい頃からね。自分の叩き込んだ戦術をもってすれば、長旅も乗り越えられると、師匠は自負してるのさ」


 グルロイをまだほとんど知らない綾人も、思わず頷いた。グルロイの年齢こそ知らないが、あの見た目では相当な手練れであることは間違いないだろう。逆に言えば、縁起が悪いが死期も近いことになるが…。

 すると、痺れを切らしたジャムが口を開いた。


「おい!いいから早く出発するぞっ!」


 ジャムにそう吐き捨てられ、ティオラはポーチから地図を取り出した。グルロイが描いた地図である。


挿絵(By みてみん)


「随分、適当というか…簡素な地図だな」

「やめろ、中のグルロイ師匠に聞こえるぞ」


 ティオラは親指で小屋を指しながら小声でそう言った。綾人は思わず右手で口元を抑える。グルロイの事はまだ良く分からないが、怒らせたらめんどくさそうだ。それこそ変な魔法を掛けられて虫にでもされてしまいそうだ。

 それでもやはり、地図は簡素だった。青く雑に塗られているところは恐らく海か湖だろう。


「私たちは今、このヒティア王国の所にいる。これから、ボル王国に向けて進んで行こう」

「このデルマ帝国ってのは何だ?すげえデカいぞ」


 綾人は指を指して尋ねた。やはりこうなると、地図の三分の一程を埋め尽くしているデルマ帝国がどうしても気になる。ティオラは答えた。


「この帝国は、東じゃ最大の国だよ。敵に回すと厄介なところだ。屈強なボル王国が間に挟まっていなかったら、このヒティア王国も侵略されてもおかしくは無いさ。なぜか知らんが今は、帝国も大人しくしている」


 地図は最近書かれたものとは思えないほど、皺や折り目がくっきりと付いている。ティオラは地図を折り目通りに折り畳み、ポーチに仕舞った。それにしても、このヒティア王国とやらも十分巨大な国だ。

 するとティオラは、何かを思い出したように、突然小屋の裏側へと走り出した。肩に乗っているジャムは微動だにしない。綾人は大人しく待っていると、ティオラが剣を手に持って戻ってきた。


「これをお前に渡そうと思ってな。剣だ。軽くて使いやすいと思うんだが」


 綾人は鞘に納められた剣を受け取る。まだほとんど使いこまれていない綺麗な剣だった。綾人は十二年間剣術を嗜んできたが、真剣を振ったことは殆ど無かった。早速鞘から剣を抜く。日の光が剣の刃に反射する。眩しかったが、綾人は眼を逸らさなかった。綾人の剣に対する視線に、ティオラは釘付けになっていた。本物の剣士の眼そのものだった。

 綾人は剣をその場で振ってみる。軽くて使いやすい。少し柄が持ちにくい気もする。布か何かを巻いて、柄をもう少し太くしたい。だが、文句のない剣だ。初めて振った割に、ほとんど何の不自由もない。


「なかなかやるではないか、綾人。良い剣筋だな」

「あたりめーだろ。ほら、さっさと行こうぜ」


 綾人は鞘に剣を納め、腰に携えた。木刀と一緒に並べられた剣を見て、綾人は複雑な気持ちになった。この木刀は戦闘では使えない。しかし置いて行くわけにもいかない。ただ持ち歩くだけだ。

 服もこのままでいいのだろうか。一般的に和服は多少動きにくいイメージがあるが、綾人はこの和服を着なれていた。寧ろどんな服よりも、こっちの方が動きやすいくらいである。

 

 二人は森を抜けた。

 森を抜けた所には草原のようなものが広がっており、砂利で道が作られていた。この道に沿って行けばいいと、ティオラは一歩前に出た。綾人はティオラの後を付くように歩き出す。

 暫く歩いていると、ティオラは突然立ち上がった。綾人も立ち止まり、前の方を見た。道の真ん中に、少女が蹲っているのだ。膝からは血を流し、痛そうに涙を流している。赤いワンピースの似合う、普通の女の子だった。綾人はすぐに声を掛けようと走り出す。しかし、ティオラがそれを止める。


「まあ待て、綾人。…ジャム、どうだ?」

「モンスターのにおいだね。あれは人間じゃない」


 ジャムが若干棒読みでそう言うと、ティオラは荷物をおろし、背中の槍を握りしめ、少女に飛び掛かる。少女は泣き顔を上げる。しかし、ティオラは躊躇することなく少女に向かって槍を振り下ろす。槍の先端が少女の額を貫いた。綾人は顔を顰める。


「なっ、何を!」


 綾人は叫ぶが、少女の様子がおかしい。少女の顔は段々と水のようにとろけ出し、やがて無数のコウモリとなって空高く飛び立っていった。ティオラは一つ息を吐いて槍を仕舞う。すぐに綾人が駆け寄る。


「い、今のは?」

「モンスターが少女に化けていたのさ。ああやって油断させておいて、近付いた所を喰うって策略だよ。まったく、ふざけてるね」

「モンスターじゃなかったらどうするんだよ!」


 綾人の声に、ジャムは鳥とは思えぬほどに不機嫌そうな顔を浮かべて答える。


「俺の鼻に狂いはねえよ!あれは間違いなくモンスターのにおいだったしな!」

「ジャムは鼻が効くんだ。それに知識も豊富で、飛ぶスピードも恐ろしいほど速いぞ」


 ジャムのすごさは分かった。しかし綾人は、どうしても複雑な心境のままだった。モンスターと云えど、少女の姿をしたものに槍を振り下ろすとは、相当な精神力を要しそうだ。戦い慣れるまでに時間がかかりそうだと、綾人は空を仰ぐ。


「大丈夫だ。すぐに慣れるさ」

「そういうもんかね…」

「それにしても今のはヤミコウモリだ。ジャム、どう思う?」

「どうだろうね。偶々ここに迷い込んだってことも考えられるぞ。けどまあ、警戒はしといたほうがいいと思うぞ」


 ジャムは流暢にそう語った。ティオラは静かに頷くと、再び歩き出した。ティオラとジャムの作り出すシリアスな世界観に、綾人はまだ入れずにいた。綾人のいた世界では感じたことのない緊張感だ。鳥と人間がああやって会話するだけでも異常なのに、内容まで異常だ。旅を続けられるかが不安だ。

 綾人は何かを思い出したような顔で立ち止まり、和服の内側から手帳とペンを取り出した。ティオラは振り向く。綾人は、『道中で少女に化けたヤミコウモリに遭遇』と書き、手帳とペンを仕舞った。


「気が利くね、綾人」

「まあ、頼まれたからには一応ちゃんとやろうかと」

「だが、道中は危険だ。気持ちは嬉しいが、そういうのは、安全な場所でまとめてやっちゃいな」

「ああ、悪い」


 綾人は一言言うと、小走りでティオラの元まで駆け寄る。二人は再び歩を進める。



 やがて、草原を抜けると、町の中へと入った。ウルという町らしく、あまり大きいとは言えない町だ。入り口では早速、男二人が口げんかを繰り広げていた。


「俺は止めろと言ったはずだ!」

「分かってるさ!俺だって止めたさ!だがあいつは言う事を聞かないんだよ!」


 何やら大変そうだ、としかティオラは思わなかった。綾人は話くらい聞いてやろうと身を乗り出したが、ティオラがそれを止め、首を横に振る。二人を無視して、町の中へと入る。

 町の中でいったんティオラと別れた綾人は、ティオラから受け取った金を見た。この世界での通貨はパルというらしい。綾人はティオラから二千パルを受け取っていた。少し不安でもあったが、綾人は最初に武器屋を探す。少し歩くと、武器屋はすぐに見つかった。


「あの、この剣に巻く柄糸か柄布を探してるんだけど」


 綾人は剣を差し出した。武器屋の男はニコッと笑い、言った。


「にいちゃん、良い剣持ってるね。この形だったら糸より布の方が良いよ。好きなのを選びな」


 武器屋の男は綾人に柄布を差し出した。桐箱に綺麗に入れられた柄布は、赤、青、黒の三種類だった。綾人は少し迷ったが、赤色を選んだ。武器屋の男は二つ返事で了承すると、その場ですぐに布を巻いてくれた。さすが武器屋。うまく巻いてくれたようだ。綾人は二百パルを差し出し、武器屋を後にした。

 そして辺りを見回し、色々な店を見てみた。その中でも、綾人の世界と大きく違うのは、魔法具というものの存在だった。漫画の世界とかで、何となく認識はあるが、使い方が分からないので、手を出すのはやめておこう。こういうのは、ティオラが買って使えばいい。


 やがて日も暮れてきた。そろそろティオラに会いたいと思い、町中を歩いていると、綾人の足元に人が倒れ込んでいた。頬の辺りを抑えている。その男は、先ほど町の入り口で喧嘩をしていたうちの一人だった。


「つべこべ言いやがって!なんで金が出せねえ!」

「そもそもあの子が怪我したのは…あんたの責任だろう!」


 殴られた男は立ち上がった。すると、殴った方の男は肩から短剣を取り出した。そして、狂ったように襲い掛かる。綾人は咄嗟に飛び出し、剣を抜いて、短剣を振り払った。そして、男の手を後ろで組み、地面に倒し、背中に乗った。


「丸腰相手に短剣出す馬鹿がどこにいるんだよ!」


 咄嗟にそう叫んだ。男も我に返ったのだろう。「すまねえ」と呟き、地面に額を付け、歯を食いしばっていた。綾人は息を吐き、男を解放する。男は転がった短剣を拾うこともせず、立ち上がりどっかへと消えてしまった。殴られた方の男は、ゆっくり綾人に近付く。


「すまねえなにいちゃん。中々いい動きだったよ」

「あ、いえ。すいません。関係ないのに仲立ちしちゃって」

「いいってことよ。とりあえず、うちに上がらないかい?」


 綾人は自分が町の人々に注目されていることに気付いた。あまり目立つのが好きではない綾人は、やや俯き気味で頷いた。相変わらずティオラがどこにいるかは分からないが、とりあえず、この男の家にあがらせてもらうとするか。

 綾人は男に続いた。


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