お前は全力で叩き潰す!
これは果たして恋愛なのか?
私は呆然としていた。
人が密集しているのにも関わらず私は一定の距離を保たれ、周囲の生徒たちの非難の目は全て私に向けられている。そして私の目の前に立つ一際目立つ人物たちは、全く見当違いな事をさも事実のように語っていた。
何これ?
いや、聞くまでもない。この状況が何なのかはすぐに検討が着いていた。
この「何これ?」という言葉は、意味が分からずに困惑して問いかける言葉ではない。状況を理解した上で、青筋を浮かべて、相手の言い分を聞くために問いかける言葉だった。
いくら嫌いだからって、普通ここまでしますかね?
私のこの怒りは目の前の人物たち全員に向けられているようで、事実ただ一人に向いていた。
泣いている少女でも、少女を慰めている少年でも、私を睨んでいる少年でも、私を責め立てている少年でも、ましてやありもしない事実を告げている少年でもない。
私をこんな状況に追い込んだ目の前の人物たちの中に一人だけ、怒りを内に秘めたように無表情で私を見つめる少年がいる。
いや、本当はそんな少年はいない。正しく表現するのなら、笑いに耐えるように無表情でいる少年、だ。
今にも高笑いをしだしそうなこの少年は、実は私の幼馴染みだったりする。
幼馴染みと言えば可愛く聞こえるが、その後に腐れ縁、天敵、互いに足を引っ張り合う関係と続く。
野郎、遂にやりやがった。
おやつの奪い合いから始まったこの関係が、遂にここまで来たかと私は戦慄した。このままだと私は学校にいられなくなる。
最近ヤツの様子がおかしいとは思ってはいたが、まさかこんな手の込んだ事をしてくるとは敵ながら恐れ入る。
お前どんだけ私のこと嫌いなんだよ。
無表情で私を見つめる少年は、私の中では既に、私の事を指差してゲラゲラと高笑いする姿に脳内変換され、それがより一層怒りを増大させる。ヤツが今本性を表せば、そのまんまの光景がもたらされることだろう。
私は少年を怨むと同時に、この世界をも怨んだ。
いくらシナリオから外れたからって、こんな軌道修正の仕方は無いだろ!
***
私、西園寺美麗は転生者だ。このやたら金持ちを連想させる名前の通り家は大きく、名前負けしない程度には容姿は整っていると思う。
つり上がった目はキツイ印象を与えるが、それは私が悪役令嬢という肩書きを持っているからに他ならない。
前世の記憶が有ることに気付いたのは物心がつく頃だった。しかしだからと言って、子供の私は何をするわけでもなく、お金持ちの有り難みを感じるだけだった。
転機を迎えたのはそれから数年後、幼稚園生の頃だ。家の付き合いで同じ年頃の少年と出会った。
少年はとにかく無口で、私と会話という会話をしなかった。恥ずかしがっているのではなく、興味自体が無い様子だ。
私はそのことに不満を抱く。何故なら今世、私は蜂蜜のように甘く育てられていた。
記憶はあっても精神は子供。それがあの頃の私だ。
私は記憶が有ることで同年代の子たちより大きく先を行っていた。それが褒められる褒められる。「えらいのね」「すごいわ」「かしこいこだ」と言われている内に、私は褒められ慣れてしまっていた。
関心が向けられるのは当たり前、さあ褒めろ!
今となっては黒歴史に過ぎない。
私は腹いせに少年に出されたお菓子を、大人の目を盗んで奪った。それも後で大切に食べようとしていたであろうお菓子。この時初めて少年の関心が私に向いた。
私はニヤリと優越の笑みを少年だけに見えるように浮かべる。対する少年は親の仇を見るような目で私を睨んだ。
これを合図として、私たちのお菓子の攻防が始まる。
相手のお菓子を奪っては奪い返し、テーブルの下では激しい蹴り合いを繰り広げ、お互いに射抜くような目で睨み合う。それが大人たちにバレないはずが無く、親の制止でこの争いは幕を閉じた。
これが私、西園寺美麗と少年、黒崎伊織の最悪な初対面である。
もう二度と会いたくないと思った。しかし私と伊織の家は互いの思惑が重なり合い、子供の我儘でどうにかなる間柄ではなかった。
何かと顔を合わせては睨み合い、おもちゃを奪い、壊し合い、脛を蹴り合った。しかしそれは水面下での争いだ。
私も少年もませていて、私たちの仲が悪いと親が不都合なのは、最初の一件で理解している。だから表では付かず離れず、良くも悪くもない関係に見せかけていた。
親がいなくなると、私と少年は途端に本性を表す。
「わたしの人形どこに隠したの!」
「証拠もないのに決めつけないでくれる?まあ、前回なくなったぼくの本を土下座で返すなら探してあげないこともないけど」
「それこそ知らないなーあ!前々回なくなったおもちゃのピアノをお菓子つきで返すなら考えないこともないけどなーあ!」
「それなら前々々回なくなったパズルを前々々々回なくなったラジコンカーと一緒に返すなら考えてあげるよ」
私と少年は他人にしてみればくだらない争いを続け、回を追うごとに私と少年の口は悪くなり、争いはヒートアップして行った。
「えっ、社会のテスト95点だったの?あんなに簡単だったのに?」
「あんたこそ算数のテスト93点だったの?あんなに簡単だったのに?」
「やんのかテメェ」
「上等だ。表出ろ」
そして勝負の後は勝者の高笑いが恒例となっていた。
「おーほっほっほっほ!!私に勝とうだなんて一千光年早ぇんですのよ!バーカバーカ!私の前に平伏しなさい!!」
「……ふっ、ふはっ、フハハハハハッ!!この程度かよ!良い気分だぜ!フハ、ハハハハハハハハッ!!」
両者とも悪役さながらだ。
全力で勝利して、全力で馬鹿にして、全力で叩き潰す。それが私と伊織の関係だった。
しかしある日、私は思い出してしまう。ここって乙女ゲームの世界じゃないか?……と。
きっかけは中学生の頃、行く事になる高校の学校案内をパソコンで何気無く見ていた時だ。既視感を感じた。そして色々な事がこの時に繋がった。
私の西園寺美麗という狙ったような名前と、あいつの黒崎伊織という腹黒そうな名前。そして見たことがあるような容姿。高校の外観。全て前世でしたことのある、とある乙女ゲームと一致した。
乙女ゲームに出てくる西園寺美麗は、高飛車で我が儘な典型的なお嬢様だ。ゲームでの立ち位置は当然、悪役令嬢。主人公の恋路に立ち塞がる弊害だ。
お金持ちが集まる高校で突出した権力を振りかざし、特待生として入学して来た庶民の主人公を虐める、悪役の中の悪役である。
そして乙女ゲームでの黒崎伊織は攻略対象だ。無口、無表情、無関心と三拍子揃った腹黒キャラ。しかもただの攻略対象ではない。隠し攻略対象だ。
伊織は図書室に入り浸り、他人と必要以上に関わらない本の虫だ。そのため他の攻略対象に一切関わらない勢いで攻めていかなければ、関心すら抱かれない最難関の難易度となる。
更にこの二人の関係が私の頭を痛くさせる。
今までの腐れ縁から分かる通り、私と伊織の家は利害関係の一致がある。当然のように婚約者という間柄なのだ。黒崎伊織が最難関であるのにはこれが起因している。
まあ、伊織の性格もあるので一概には言えないのだが、こいつのルートでの西園寺美麗はアグレッシブだ。
信じられない事に、ゲームの私はこんな腹黒いヤツが好きで、許せない事に、あんなヤツにへこへこしているのだ。
あいつが主人公に陥落した後の展開など、思い出したくもない。
明らかに多くの相違が生じている。
私とゲームの美麗は前世の記憶がある地点で、もう完全に別人だ。私は高飛車ではないし、ゲームの美麗のような陰湿な事はしない。何よりあんなヤツにへりくだるなんて断固拒否する。
更なる違いを言うのならば、私の方が勉強も運動も何倍もできる。
伊織も私の影響か、ゲームの伊織と似ているようで似ていない。
確かに外面だけなら似ているが、ゲームのあいつは中学生にもなって、奪われたら奪い返すような大人気ない事はしない。テストや徒競走で張り合っても来ない。女子と殴り合いの喧嘩などは決してしない。
それにいくら腹黒くても、あんなに口は悪くないし、悪役さながらな高笑いはしない。
婚約者という間柄もそうだが、勿論現在の私たちにそんな事実は無い。
何故ならお互いにさり気なく蹴飛ばしているからだ。友人ならまだしも、そこまで演じるのは御免だ。
これはゲームがスタートした時、確実にシナリオが狂うだろう。弊害の無い緩やかな恋愛、そして大人気ない残念な隠し攻略対象。
それはそれで良いのかも知れない。
弊害が無ければ育たない恋愛など所詮その程度だと思えば何てことないし、あいつは攻略対象と言っても隠しなのだ。それも一点集中突破の最難関。
よほど主人公が物好きでなければ、関わることも無く終わるだろう。
そう、関わらなければ良いのだ。シナリオに関わらなければ全て丸く収まるのだ。
私は主人公に関わること無く、普通に過ごし、普通に無関係の人と仲良くして、ついでに恋愛をしていればいい。
しかしそうなると、あいつと関わるのは不味いな。隠しといえども攻略対象。いつ巻き込まれるのか分かったもんじゃない。
家の付き合いは仕方ないとしても、学校では関わらない方がより確実だろう。
「よし、距離を置こう」
高校に上がってからでも良いのだが、どうせ距離を置くのなら早い方が混乱も無く、自然な状態で入学できる。
あいつは負けず嫌いだから最初は腑に落ちないだろうが、嫌いな私が距離を置いたとしても、そこまで深追いはしないと思う。
こうして翌日から私は伊織を避けるようになった。そして私の予測通り、不満気ではあったが文句は無く、無事に伊織と距離を置く事に成功した。
案外簡単な物だな、と拍子抜けしたくらいだ。
まあ、家の付き合いの時はいつも通り外面同士で仲良くしたり、影で罵り合ってはいたけれど、競い合う事は明らかに減っていた。
そのまま何事も無く高校に上がると、他の攻略対象と主人公がそこにはいた。やっぱりここはあの乙女ゲームを模した世界だと確信する。
高校2年になって本格的にゲームが始まると、私は警戒しながらも興味津々に観察していた。
主人公は順調に攻略対象と仲を深めて行き、どんどん逆ハーレムが形成されていた。これがデフォルトの状態で、間も無くそれぞれのエンディングへ向かう山場に突入するだろう。
ゲームを抜きにしても、人の恋路とは美味しい物だ。
この乙女ゲームは多彩なエンディング数で有名だった。ハッピーエンドが複数あり、それぞれ関係性が異なるエンディングが楽しめる。
私は忠犬攻略対象の『あなたは私の犬END』や真面目攻略対象の『全てあなたの為にしましたEND』などがお勧めだ。そのルートへ行く予定はあるのだろうか。見逃せないところである。
しかしこうも順調だと、私の存在意義が分からなくなってくるな。
私って弊害ではあるけれど、その場を盛り上げたり、関係を進展させる役割だと思っていたのだが、違うのだろうか?いなくても大丈夫なの?
若干悲しい気持ちになりながら見守っていたある日、私はとんでもない光景を目にした。
私は先生からの頼まれ事で職員室へ向かう途中だった。まだ昼ご飯を食べていなかったので、少し近道をしようといつもは近づかない図書室を横切ろうとした。
少しだけなら大丈夫だと思って向かった図書室だったが、とんでもない爆弾が仕掛けられていた。図書室の前で見知った人物が二人、仲良さげに会話をしていたのである。
その二人というのが、主人公とまさかの黒崎伊織。
私は驚愕して引き返す事も忘れ、曲がり角に身を潜め聞き耳を立てる。しかし主人公も伊織も声が大きい方ではなく、この距離では何かを話している事しか分からない。
表情は二人とも穏やかで、楽しそうに見える。
おかしい。
話している内容は分からないが、どんな話をしていようと外面のあいつに表情は無い。あんなに楽しそうには話さないし、それどころか人と関係を持つことを避ける。
なんせあいつは無口、無表情、無関心の三拍子を兼ね備えた腹黒だ。
どうなっている?
私はゲームでこの緩み切った今のあいつの状態を知っていた。だが信じられない。
あれはエンディング間近の関係だ。しかしまだエンディングには半年程の猶予がある。更にあいつは一点集中突破しか手が無い筈なのに、主人公にそんな気配は無かった。
シナリオが変化した事で攻略方法も変わったのか?
そうなるといよいよ、私の存在意義を問いただしたくなる。ゲームの私は本当にただの弊害で、邪魔しかしていなかったのだろうかと。
私がいない事で、こんなにもさらりと仲良くなれるという事はそういう意味だろう。
いやいや、逆に私と関わった事であいつ自身の難易度が急降下しただけだ、そうに違いない。
えっ、ていうかこのままあいつのルートに入るんじゃないだろうな?
あいつのルートの私、婚約破棄の為に色々と悲惨なエンディングばっかり迎えてるんだけど。
現在もかろうじて婚約はしていないが、だんだん婚約についての話が本格的になって来て、危うい状態が続いている。
親はどうしても私と伊織に結婚して欲しいらしい。
どうか別の方法で繋がりを作って欲しいものである。
このままあいつのルートに入れば、私の危険度が段違いに上がる。阻止せねば。
傍観者気分が一転、崖っぷちに立たされている心地だった。
お前それでも隠し攻略対象かよ、チョロすぎるよ!
ガッカリである。私は何処かで何かを期待していたのだ。この期待が具体的には何なのかは分からないが、私が敵として認めていたヤツが、こうも簡単に陥落した事にガッカリしているんだと思う。
せめてもう少し粘って欲しかった。
私はその日から暗躍を始めた。主人公からとにかくあいつを引き剥がし、他の攻略対象と幸せになってもらおうという考えだ。
関わるにしてもモブ程度に止める事を大前提として、私は伊織以外の攻略対象と主人公の仲をそれとなく良い方向に持って行く。
とにかくあいつを引き剥がす。その一心で攻略対象なら誰彼構わずくっつけようと、恋のキューピッドに徹した。
そしてとんでもない結果がもたらされる。
これって『逆ハーレムEND』じゃね?
『逆ハーレムEND』とは、主人公と攻略対象の全員が良い感じになって終わるエンディングである。
ちなみにそのエンディングでの私の末路は、悪事を暴露されて学校を追放されるバッドエンドだ。
自分で自分の首を絞める結果に、この時ばかりは意気消沈した。
私は悪事などしていない。しかし私というイレギュラーがいるにも関わらず、ゲームのシナリオは順調に、大きく踏み外す事なく進んでいるのだ。
シナリオは確実に軌道修正を行っている。そうなると私が巻き込まれる可能性は大いにあった。
今からのルート変更はゲームの場合できない。しかしここは現実。そこに賭けるしかない。
あれから1ヶ月。結論を言うのなら、モブ程度がどうにかできる問題ではなかった。
しかし私はこの1ヶ月で違和感に気づいた。
主人公の正体不明の虐め。そして黒崎伊織の挙動。
まず主人公の虐めだが、本来私がしていた筈の行動を、別の誰かが代行しているようである。
いつ私になすりつけられるか分からないため、代行している人物の正体を探ろうとしたが、不明。
主人公の前に姿を表さず、人のいないところを狙っているようで、目撃した者はいない。
随分と警戒心の強い代行者のようである。
黒崎伊織の挙動については、主人公の虐めについて調べていた時の副産物だった。
私はこっそりと主人公の後をつけて、何か手がかりは無いかと模索していた。そんな時、主人公と伊織が二人きりになり、その様子を間近で見る機会が訪れた。
始めの内は「腑抜けやがって」と様子を伺っていたのだが、あいつに違和感を感じた。
何かその表情、作ってない?
よく見ると偽物めいていて、胡散臭いのだ。
ああ、思い出した。これ私を馬鹿にする時の嫌味ったらしい満面の笑顔にそっくりだ。
完璧過ぎて嘘臭い。こいつ普段無表情でいる所為で表情筋が弱っちいのに、意識しないであんな普通に、完璧な笑顔を出せる訳がない。
私の黒崎伊織に対する偏見は凄かった。一つの事が嘘だと判明すると、他の悪い事を無理矢理にでも黒崎伊織に直結させる。
こうして完成した私の結論は、黒崎伊織は主人公を弄んでいる事と、逆ハーレムは黒崎伊織が誘導した事と、主人公の虐めは黒崎伊織が関係している……というこじつけのオンパレードだった。
無理のあるこじつけばかりだが、黒崎伊織は何かしら企んでいる。
私はどれか一つは当たりがあると踏んで、思い切って伊織に接触してみることにした。
どうせルートもシナリオもどうしたって変わらないのだ。今更気にしたところで無駄だろう。
「伊織」
普段避けている学校で呼び止めたが、伊織は普通に振り返り、いつもの無表情で私を見た。口を開くことはないが、立ち去らない事から要件は聞くらしい。
ここは学校の為私を例にして、いつ誰が見ているか分からない。要件は手短に、外面で話す。
「貴方、仲の良い女生徒がいるようですけれど、あれは何を考えての行動ですの?」
相変わらず自分のお嬢様言葉には慣れない。話す相手がこいつだと尚更だ。
お嬢様の高笑いと、なんちゃってお嬢様言葉は喜々として使うのだが。
伊織はその言葉を受けて、何か考えるように視線を斜め上に逸らしてから、もう一度私に向ける。
「……別に、気まぐれ」
「嘘ですわ。貴方は気まぐれでこんな事はしないでしょう」
「するよ」
伊織は話は終わったとばかりに、私に背を向けて行ってしまう。
私は制止の意味を込めて「伊織」と強めに投げかけたが、本当に話す気は無いようで、反応すら返されなかった。
益々、怪しい。こいつ何か企んでる。
私は主人公に加えて黒崎伊織の調査も開始した。私は日に日に暗躍スキルが高まり、最近では忍者になれるのではと思い始めていた。
だがヤツの尻尾は簡単には掴めない。あいつの暗躍スキルも相当高い。
私が長期戦を覚悟した頃、それは唐突にもたらされた。
「西園寺美麗。お前が虐めの主犯だな?」
「……は?」
長期戦などと呑気に言っている暇など無かったのだ。自分の浅はかさに呆れる。
私の目の前に立つ攻略対象たちは一様に私を責め、周囲の生徒たちを味方につける。
この状況は『逆ハーレムEND』のシナリオそのままだ。ただ違う点を上げるとすれば、本来ならいない筈の黒崎伊織が私の目の前に立っている事か。
黒崎伊織は最難関の隠し攻略対象であり、一点集中突破しか攻略手段が無い。そのため『逆ハーレムEND』に黒崎伊織は登場しない筈なのだ。
それが、何故、当たり前のように登場しているんだ。
私は無表情を貫き通している黒崎伊織に怒りの念を送る。しかし私にそんな余裕は無い。このままだとシナリオ通り、追放だ。
相手が提示している証拠は私の姿が頻繁に消え、その時間帯と虐めの犯行時間が重なっている事。逃げる姿を見たという目撃証言。そして虐めに使われたと思われるマジックペンを去り際に落として行ったという物証だ。
目撃証言と物証、これは証言をした人物が嘘を言ったのだろう。この人物が本当の虐めの主犯である可能性が高い。
しかしこの様子だと、証言をした人物を私に教えてはくれなさそうだ。
犯行時間は……犯人に利用されたか、本当に偶然の産物かだろう。深くは考えない。
どうしたものか。全て嘘の証拠でも、それを証明する方法が思い浮かばない。
とりあえず会話で時間を稼ぐ事が一番現実的だろうか。
「私にそのような事をする理由はありませんわ」
「それを証明できるのか?」
「……証明と言われましても」
ああ、ダメだ続かない。会話に頭を使って証言をどうのと考える余裕すら無い。
私、本格的にヤバイんじゃないだろうか。
四方八方から責められ、追い詰められているこの状況で冷静に考えるのは難しい。最悪の状況だ。
証言が出せないのなら、せめて否定しなければ犯人だと決めつけられてしまう。
「私は虐めなどやっていませんわ」
「なら何故犯行時間に姿を消している?」
「それは暗……っ、ではなくてその……」
「言えないのか?」
「い、言えますわ!図書室に!図書室に行っておりましたの!」
「黒崎、図書室で西園寺美麗を見たか?」
えっ、よりによってそいつに聞くの?
話を振られた伊織は当然のように肯定してくれる筈も無く、無表情で首を振るだけだった。
こいつっ、後でしばく!
「黒崎は見ていないそうだが、読んだ本や貸し出した本は?」
「読んだ本や、貸し出した本……ですの?」
「そうだ」
あるわけがない。私は本を読みに図書室に来ていたのではない。主人公や黒崎伊織を監視する為に図書室にいたのだから。
嘘でも知っている本の名前を行ってしまう?しかしそれがバレた時、いよいよ信じてもらえなくなるだろう。
「何も、読んでいませんわ……」
「それなら何をしに図書室に来ていたんだ?」
「き、気になる方が、図書室にいるもので……」
嘘は言っていない。勝手に恋愛話だと受け取ってこれ以上踏み込んで来ないでくれ。
「それは誰だ?」
ダメだこいつ、デリカシーが無い!鈍感だとしてもこんなに人が沢山集まっている中で発表させますか!
屈辱だがここまで来て嘘はつけない。もうどうにでもなってくれ。
「……っ、く、黒崎っ伊織ですわ……ッ!!私は隠れていましたので、気づかれなかったのでしょうっ」
「確か黒崎と彼女は仲が良かったな。それが彼女を虐める理由になるんじゃないのか?」
こいつ鈍感じゃねぇ!
ただ単にデリカシーが皆無なんだ!
私が次の言い分を言おうとした時、悲痛な叫びが私の言葉を遮った。
「私です!やったのは私なんです!西園寺さんは関係ありません!!」
辺りは静まり返り、私は唖然と声のした方向を見た。
ボロボロと涙を流し「ごめんなさい」と繰り返す少女。私と同じクラスの、見知った少女だった。更に続くようにしてその隣にいた少女も「私もやりました」と告白した。
それが連鎖のように続き、合計4人が虐めをしたと名乗り出ていた。
それからは私を置き去りにして、怒涛の展開が始まる。
「やっと出て来たか。西園寺美麗、すまなかったな。もう帰って良いぞ」
「……はい?」
「ごめんなさいっ、嫉妬したんです!」
「全て私たちがやりましたっ」
「ごめんなさい、西園寺さんっ!」
「詳しい話は生徒会室で聞く。着いてこい」
とんだ茶番劇に巻き込まれた気分だった。
そういえばこの攻略対象、主人公の為なら手段を選ばないようなやつだった。
黒崎伊織のような腹黒ではないが、主人公という大義名分の前では良いことも悪いことも平気でする。少しヤンデレの入った、厄介な攻略対象だ。
他の攻略対象と主人公の様子を伺うと、全員訳の分からない様子で唖然としているのが分かる。
泣いていた主人公は直ぐに立ち直ると、慌てた様子であの攻略対象に駆け寄り、事情を問いただしている。他の伊織以外の攻略対象も同じように主人公に続く。
単独犯だった?
いや、黒崎伊織だけは冷静で、無表情の表情をよく見れば何故か残念そうだ。
私は周りが騒然としている中、混乱に紛れて伊織に近づき、他の人に聞かれないようこっそりと声をかける。
「伊織、ちょっと来て」
伊織は視線だけを私に向ける。こいつが関心を向けたという事は、肯定と同義だった。
私は人が密集するその場から離れ、人がいない事を確認してから空き教室に入る。
暫くして伊織がやって来ると、私は空き教室の鍵を閉めた。
これで外面無しで話せる。
「着いて来たって事は事情、説明するんだよね?」
私が隠していた怒りの感情を表に出すと、黒崎伊織の無表情だった表情に、腹黒い微笑が浮かんだ。
そう、これがこいつの本性なのだ。こいつの本性と対峙したのはいつ振りだろうか。高校に上がってから本当に家の付き合いだけだったので、随分と久しぶりな感じがする。
「今回の件で僕は本当にちょっとしか関わってない。したことと言っても、あの生徒会長にあんたを囮に使うよう持ちかけただけだ」
「囮に持ちかけた?」
「誘き出すのに偽の証拠をでっち上げて、あんたを犯人仕立て上げようって話」
「ちょっ、それで誘き出せなかったらどうすんの!」
「だいたい犯人の性格は分かってたし、失敗しても僕にとっては笑い話だ。……ククッ。五分五分だったんだけど、運が良かったな」
「そんな不確かな策略に私を巻き込むんじゃねぇ!」
「あの公開告白で惨めさをより一層際立てたのが良かったんだろうなぁ。あれは傑作だった」
私は反射的に殴りかかったが、予測していたのか簡単にいなされてしまった。
な、なんて腹黒い……。私を潰しにかかっていたのは、事実って事じゃねえか。
「まあそれでも、あの生徒会長が僕の話に乗ったのは、本当にあんたを使うのが一番可能性が高かったからだ。ほら、あの犯人ってあんたを尊敬してるみたいだったから」
それを知っているって事は、犯人の正体は分かっていたのに、自白させる為に私を使ったという事か。
実は私、自分で言うのも何だが、このお金持ちの学校でトップクラスの権力を保持する、文武両道の美少女として有名である。
軌道修正が働いているのか、このキツイ見た目の所為かは分からないが、評判は良くないのだが、慕ってくれる人は少なからずいる。それが名乗り出た彼女だったのだろう。
「いちおう聞くけど、そんな事をした理由は?」
「あんな絶好の火種があったら使うしかないだろ?」
ああ、あんたはそういうヤツだわ。
しかしそうなるとあれは何だったのだろう。話を聞く限りは無関係そうだ。
「じゃあ、あの女生徒に対する演技は何?」
「……ああ、あれは前に言った通り、本当にただの気まぐれ」
「嘘だ。あんたはあんな面倒な事はしない」
「普段ならしない。けど、関心はあったんだよ」
「あんたが……?」
欺瞞に満ちた目を向けると、伊織は「心外だ」と肩を竦める。
信じられるわけが無いだろう。私は子供の頃だったからあんたの関心を引けたが、ゲームの黒崎伊織と同じようにこいつの関心を引くのは難しい。
腐れ縁の幼馴染みだから分かる。こいつの関心は自分と密接に関わるものにしか向かない。
例えば親だったり、お菓子や本など、自分の好きな物。
確かに連鎖的に関心が向けられる事はあるが、それだけ。主軸は別にあり、そこまで深入りすることは無い。
ゲームでの主人公への関心は本を主軸として、徐々に主人公自身に関心が向けられていた。
今回はどうなのだろう?
まず、本を主軸とするのなら、本当に一点集中突破しか道はない。
あいつは無機物に関心を向けやすいが、好意的な感情からの連鎖はしにくい。つまり私のような負の感情は向けやすいが、好印象を与える事は難しいのだ。
となると、主軸は別にある?
思いつかない。こいつが一目惚れをしない限りあり得ないように思う。しかしそれは無い。好きならばあんな偽の笑顔で接するだろうか?
「あんた、随分と肩入れしてただろ?」
「わっ、私ぃ!?」
まさか私から連鎖したの?
ていうかバレてたの?
「何で、あの子の事を私が気にしてるって……」
「視線でバレバレだけど。何かあるのかと思って観察してたら、あそこの人間関係凄いね。結構楽しかった」
「え、どういうこと?あの子じゃなくて、あの子の人間関係に関心を持ってたの?」
「まあそうなんだけど……」
何か含みのある表情に、私は一歩後ずさった。
「あんたが僕のこと避けるから、ここ何年か張り合いが無くてつまらなかったんだ」
「あ、ああ、そうなんだ……」
伊織が一歩前に出て、私は更に後退する。
張り合いって、ゲームのあんたはそんな事しなかったよ。寧ろ避けてたくらいだよ。
「だからあんたが肩入れしているやつに近づいたんだけど、やっぱりあんたじゃないと駄目みたいなんだ」
「いやいやいやいや……」
様子がおかしい。何をしようとしている、こいつ。
この場から逃げ出そうと出口に向かって駆け出そうとするが、呆気なく確保され、更に壁へ追いやられる。
「い、伊織、一旦落ち着こう。冷静になってその手を離すんだ。そして保健室に行った方が良い」
「冷静になるのはそっちじゃない?」
「目を覚ませ!あんた私のこと嫌いでしょう!?」
少しでも離れようと壁にひっついている私に、追い打ちをかけるように至近距離まで近づく。
「僕にはあんたが必要だ」
「待って、早まるな!」
耳を塞ごうにも、動きを封じられた私に抵抗らしい抵抗はできない。
分かった、分かったから言わないでくれ。
私の願いは聞き届けられる事は無く、無情にもその時はやって来た。
「美麗、好きだ」
伊織の見慣れない甘ったるい声。決して笑みを浮かべているわけではないが、それが余計に真実味を帯びていた。
むず痒い雰囲気に、遂に私は限界を迎えた。
「うっ、嘘臭いいぃぃいいッ!!バレバレだから!私が嘘だって分かってるの知ってて、最後あんな事言っただろ!何なの、嫌がらせ!?」
「本当の事だけど」
「それだけは無い!あり得ないから!あんたが私を嫌いなのは知ってんだよ!これまだ続けんの!?」
「嘘じゃない」
「しつこい!」
「好きだ」
「……」
「……」
一向にネタバレがやって来ない。私と伊織は無表情で見つめ合い、相手の出方を伺う。
なんとも言えない沈黙が流れた後、私は痺れを切らして、おもむろに口を開いた。
「私がそんなバレっバレな嘘に騙される訳ないだろ。バーカバーカ!」
何を考えての行動かは分からないが、いくらそれっぽい雰囲気が流れたとしても、こいつが私を騙せるわけが無いのである。
するとあいつは目線を私から逸らし、俯きながら左手で口元を押さえる。表情は見えないが、私は冷めた目でこいつを見ていた。
もう間も無くの事である。
「……クッ、ククッ」
押し殺した笑い声がどこからか聞こえてきた。出元はそう、こいつ。黒崎伊織だ。
始めは小さな笑い。しかしそれは治まるどころか、エスカレートして行くのがこいつの笑い方である。
「……ふはっ、フハハハっ!……っ、ハハハハハッ!!アハハハハハハハッ!!」
目に涙を溜めて、盛大に笑い出す。
何なの?何がそんなに可笑しいんだこいつ。
「アハハっ!そうコレ、最高!!ふははっ、ハハハハハッ!!やっぱおまえ最高だぜ!あいつじゃこうは行かなかった!フハハハハハハッ!!」
「あいつじゃって……あんたこんな軟派なことする性格だった?あんたの数年に何があった」
「ククッ、暇だったんだよ」
私は今までの怒りをぶつける勢いで、油断している伊織の脛に蹴りを入れた。伊織は「ぐっ」と声を上げると、直ぐに私の脛に蹴りが直撃した。。女子に対しての遠慮が足りない一撃だった。仕返しにストレートパンチを鳩尾に決め込み、続いて私の頭に拳骨が降ってくる。
野郎、引く気がねぇ。
一頻りやり切るとお互い息を荒くしながらも、何事もなかったかのように格闘技の構えを解く。
「お前、大概私のこと嫌いだな」
「お互い様だろ」
暫く睨み合っていたが、途端に私と伊織の表情にニヤリとした笑みが浮かぶ。
お互い嫌いは嫌いでも、好敵手くらいには思っているのだ。
「美麗」
伊織は笑みを引っ込めて、滅多に呼ばない私の名前を呼ぶ。また冗談でも始めるのかと思ったが、さっきとは違う本当に真剣な表情だ。
私は少し警戒しながらも伊織と向き合う。私が話を聞く態勢に入ると、伊織は口を開いた。
「何で僕を避けるようになった?」
今頃それを聞くか。唐突な質問に私は狼狽えた。
正直に前世がなどとは流石に言えない。私は視線を彷徨わせながら何か言い訳を探す。
「……気まぐれ」
「ふざけるな」
「……」
こいつが前に言っていた言葉を使って回避しようと試みたが、失敗に終わる。簡単には逃がしてくれなさそうだ。
嘘は苦手なんだよなぁ。
私は諦めたようにため息を吐いて、事実はそれとなく隠しながら話すことにした。
「もうすぐ気まぐれも終わるから、それまで待って」
今回の事件でゲームは終盤を迎えている。本編が終わる頃には主人公たちも丸く収まっているだろう。
『逆ハーレムEND』が果たして丸く収まると言えるのかは分からないが、その逆ハーレムに伊織は加わっていないのだから多分大丈夫だと思う。
「まあ、私も結局あんたと同じで、張り合う相手がいなくて物足りなかったから。終わったら真っ先にあんたを叩き潰してやるから覚悟してろよ」
ビシッと人差し指を伊織に向けながら喧嘩腰に宣言してやると、伊織が高圧的に笑いながら、自分に向けられた私の人差し指を掴んで捻った。
私は痛みで歪みそうになる表情を抑え込み、伊織を睨み上げるようにして見据えた。
「上等だ。そっちこそ覚悟してろよ」
私の指を掴んでいた手が離されると、あいつは腹黒い笑みを消して外面の無表情に戻る。そして終わったとばかりにさっさと教室を出て行った。
私は強く握られていた自分の人差し指をさすりながら、あいつが出て行った後のドアを睨んだ。
「お前は全力で叩き潰す!」
今回はしてやられたが、次に高笑いしてやるのはこの私だ。
私はそう意気込みながら、外面を取り繕ってあいつの後を追った。
***
「伊織ぃいいぃいッ!!」
あの事件からたった数ヶ月後の事である。私は鬼気迫る勢いであいつの胸倉に掴みかかっていた。
伊織は掴みかかられている状況だというのに、無表情で私を見下ろしていた。
「これはどういう事?」
「何が」
とぼけている事は直ぐに分かった。
私は怒りに任せて舌打ちをすると、胸倉を更に締め上げる。
「婚約についてだよ」
ついさっき、いつもの両家の交流にて婚約したという事後報告がされたのだ。しかも私が既に婚約を承諾しているという事になっていた。
身に覚えがないにも程がある。
私は動揺しながらも話を早々に切り上げて、広間から離れたこの部屋にこいつを呼び出したのである。
「あんた2年になってから家のこと手抜いてただろ」
「それは色々と忙しかったし、てっきり阻止してくれてるもんだと!」
「僕だけでどうにかなる訳ないだろ。それに……」
「それに何?」
何か言おうとしたところで区切り、私から視線を逸らした伊織に、私は更に詰め寄る。
するとこいつはとんでもない事を言い出した。
「面倒臭くなったんだよね。仮にお前との婚約が無くなっても他の婚約話しが来るだけだろうし、結婚相手とか誰でも良いからどちらにしろ同じじゃないかなって」
「そこは関心持とうよ!将来に関わるよ!?」
無気力に語られた心情に突っ込みを入れ、こいつの自分自身のことに対する関心の無さに呆れた。
突然何を言い出してんだこの野郎。
「昔からあんたが大っ嫌いでムキになってたけど、何か最近気づいたんだ」
「何に?何でこんな事になってんの!?」
「あんたといるの割と楽しいし、楽なんだよね。どうせ結婚するならお前とが良いかなと思って」
「良くないよ!諦めるなよ!」
「めんどくさいじゃん。もういいよ、どうでもいい」
「私はどうでも良くない!」
悲痛な思いで叫ぶと、伊織は無気力な態度から一転、口角をニヤリと上げて馬鹿にしたような目で私を見る。
あいつは言った。
「お前、あれで恋愛結婚できると思ってんの?学校であんなに避けられてるのに?ククッ、馬っ鹿じゃねぇのぉ?」
「テメェに決めつけられたくねぇ!できるし!できるに決まってるし!できる筈なんだっ!!」
容姿は良いんだよ?愛想も良い方だし、勉強もスポーツもできる。
これだけ揃えば人気者になってもおかしくないだろうと思うのに、何故か怖がられる。男子にも女子にも。
くそっ、どれもこれもゲームのシナリオの所為だ!私は悪くない!
「それにあんた本当は僕のこと、言うほど嫌いじゃないだろ?」
「好きなわけでもないから!」
「……クククッ。だからさ美麗」
私は眉を顰めた。これからこいつが言おうとしている言葉が信じられなかった。
また何処かでどんでん返しでもあるんじゃないかと思った。またあの嘘臭い言葉なんじゃないかと思った。
「結婚しよう。僕もあんたを好きな訳じゃない。けど、僕はあんたが良い。あんた程僕の関心を引く存在はいない。これが結婚する理由にならないか?」
微塵も嘘を感じさせない言葉に目を見開く。
本当ならその口説き文句に突っ込みを入れたいところだったが、上手い言葉が出てこない。
やっと出て来た言葉は陳腐なものだった。
「……本気で言ってんの?」
「あんたなら分かるだろ」
「いやいや、普通そんな理由で結婚する?これから先に好きな人とかできたらどうするの」
「できたとして、結局あんた以上にならない事は何となく分かったんだよ。あんたも同じじゃない?僕とあんたは似てるから」
楽しそうに笑う伊織に私は言葉を詰まらせた。
否定し切れない。本当に私とあいつは似ている。見た目とか性格ではない、もっと根本的な部分。
私と伊織が持っているお互いの相手への感情。それは悪感情が大半を占めているが、その分お互いを認めている部分もある。
似ているからこそ私は伊織の嘘を見抜けるし、伊織も私の考えている事が分かるのだ。
「まあ今更もう決まった事なんだけど」
いつもの黒い笑顔で言ったあいつは、胸倉を掴んでいる私の緩んだ手を払う。そしておもむろに私の胸倉を掴み返すと、私を強い力で引き寄せた。
抵抗しようとした時にはもう遅い。あいつの無駄に整った顔が至近距離まで近づいたかと思うと、私はあいつとキスをしていた。
放心した私を余所にそれは長く、触れるだけではなかった。何が起こったのか理解できない。
終わると同時に私を突き放して楽しげに笑う。
「……クククッ、悪くねぇな」
私の悲鳴が屋敷中に響き渡った。
ここまで読んで下さりありがとうございました。以下美麗と伊織の設定です。
【西園寺美麗】さいおんじみれい
転生者。熱い友情や恋愛に憧れているものの、周囲からは避けられ一定の距離を保たれている。
一人っ子。弟が欲しい。
優秀な伊織と長きに渡り争っていたため、かなりハイスペックになった。
子供の頃の慢心は伊織によって早々に払拭され今では黒歴史に。
外面は今世で覚えたお嬢様言葉を操り、本人はお淑やかにしているつもり。外面では基本的に反抗せずムキになる事も無い。
伊織の嘘は見抜けても、腹の底で考えている事は分からない。
伊織は自分にとって一番高い壁であって欲しいと思っている。
絶対に口にはしないし考えないようにしているが、伊織の容姿だけは好みのど真ん中だったりする。
【黒崎伊織】くろさきいおり
普段の外面は作られた物ではなく、普通にしているだけ。美麗もそれは承知している。それが外面と呼ばれる所以は単純に関心が有るのと無いのとでの落差が激しいから。また、テンションが上がると人が変わるから。しかし意識的に使い分けてもいる。
兄が1人いる。仲は良好。
基本的に無口、無表情、無関心で関心の無い事はとにかく面倒。甘党。
実は学校で美麗の評判が悪いのはシナリオの軌道修正などではなく、こいつの所為。
あの一件からとある攻略対象と度々言葉を交わすようになった。
真正面から遠慮なく向かって来る美麗を気に入っている。