その場を離れるように注意された
私の心は、とてもデリケート。北海道の最北端の学園都市で人格検査を行われる。そして、さまざまなむごたらしい映像をみさせられる。動揺すれば合格。動揺しなければ人格が異常。
「戸松さん。やはり、ここにいたののね」
アイドル育成の関東女学院の南さんは、やはり私の行動を予測した。
「ねえ、変なこと興味をもたないで。中東の深刻な状況を上映する映画は見なかった」
「まだ」
子供っぽい優しい顔の南さんは険しい表情から安堵の表情へと変わった。
「よかった・・・」
南さんは、とても40歳をすぎている女性に見えない。
こどもっぽく、かわいい顔をしているので、そのままアイドルになってもいいような雰囲気がある。なんで彼氏ができないのか不思議である。
「ねえ。今日は計画的に有給休暇を取ったの。あなたがとんでもないことに興味を持つと思って。私の予測だとアラビア語学校だとおもって。予測があたってよかった」
「南さん。この子が貧しい地域の子供たちのためにボランティアをしたいというから」
「その気持ちは十分、尊重しないと。でも、戸松さんの精神では耐えられないの。戸松さんは、どんなにつらいダンスの訓練でも耐えられるけど、残酷なものには、とても弱いの。人それぞれ耐性が異なるから」
「気をつけます」
私は南さんと一緒に、臨時で精神科の診療所で精密検査を受けた。
「これ以上、薬を飲ませられない。かと言って、脳内にナノマシンを埋め込むことは年齢的に早すぎる」
「先生、どうしますか」
「まあ簡単だ。余計なことをしないように、忙しくさせればいい。高校を卒業するまで。で、15歳から自由に働く権利がある。高校を通いながら芸能界で仕事する権利があるが、それだと、アイドルになるのは狹い門を通ることになる」
「そうですか。では、もう一軒、音楽学校にいれますか」
「そうすると戸松さんの家庭に負担がかかる。では、もっと偏差値が高い高校に入れるしかない」
「わかりました。どうもありがとうございます」
私も2時間ばかり精神科で精密検査を受けたのでお礼をした。
「ありがとうございます」
「南さん。なんで・・・」
「わかっているわ。何で、このアラビア語学校に来たのか。大人になると直感で、予知できるの」
「予知。まるで超能力者みたい。SFの世界」
「でも、それは訓練をするしかないの。けっしてオカルトではないのよ」
「で、実は幸福な社会は、どちらだと思う」
「それは私たちが暮らしている日本列島」
「ちがいます」
「え!」
「実は幸福という概念だけなら、北アフリカや中東のほうが幸せなんです。だって、人間の脳から大量の幸福物質が日本に輸入されます。ストレスの緩和作用があり、うつ病の特効薬だから。それに、悪人ほどストレスを感じない。見た目が惨めに見えても、自分が不幸という実感がないのよ。だから幸福指数だけでいえば中東のほうがはるかに高いのよ」
「だって奴隷制度に人身売買。殺人事件は頻繁に起きるし、文明も未発達、いや退化している。どうして、そんな社会のほうが幸せなの・・・」
私は南さんの意見が、理解できない。
「私たちの社会とちがって管理社会じゃない。自分の身は自分で守る。それが中東の宗教全体主義社会なの。ある意味では、誰からも監視されない。でも、幸福な社会と、完成度が高い社会は別なの。私たちは後者なの」
私は中学1年なので、南さんの言うことがよく理解できない。
北海道には280もの学園都市がある。空港の周囲に学園があり学生寮と教師のアパートがある。商店街やスーパーマーケットもある。さまざまな人たちが暮らす。大部分が学生が住むけど、学園都市は「外地」と呼ばれている。
どうしようもない不良少年のグループもあり、私たちが住む東京と違って、厳重に管理されていない。最初から管理されていたら、ズルして善良な人を演じる。当然、北海道の学園都市は治外法権。日本とは、別の法律が執行されている。自治共和制なので、280もの学園都市から選挙で大統領が選ばれる。
日本の中には大阪自治区と北海道自治共和国があり、そこは国の中の国と言われている。日本本土とは通貨も異なる。でも民主的な自治共和制なので、人々は厳重に監視されない。その中でさまざまな産業を行うことで、大金持ちになることもできる。
小学生5年生で、家庭に問題ありの子供たちは教師と一緒に8年間、そこに暮らす義務がある。当然、いじめもあり、いじめると高校卒業後に、中東や北アフリカへ強制移住させられる。
深刻な病気は、学園都市では、躁うつ病患者が多い。福祉に力を入れている。『内地』から多くの善良な人たちが、介護の勉強をして、『外地』の、ひどいうつ病の人たちに「おむつ」を取り替える。ひどいうつ病だと、トイレにいくのもめんどくさくなる。食事をするのも嫌になる。うつ状態が終わると、躁状態になる。
躁状態になると数日感も寝ずに過ごせる。気分が最高になる。そんな状態で「幸福物質」を飲むと、そのまま目が天井を向き、恍惚な表情のまま、あの世に行く。
躁うつ病になると60歳までは生きられない。躁状態になると老化した身体が持たない。心臓に大きな負担をきたす。たいていの場合、躁鬱病や統合失調症が重くなれば、異常なほど糖分を取る習慣がある。だから糖尿病になる。どんなに医学が進歩しても、人類から病気はなくせない。
日本の中の自治共和国に住みたい人が多い。そこは自由だから。公共機関から常に監視されない。不良学生や倫理観が崩壊した教師、重度の精神障害者を相手に商売すればいいのである。比較的に経度の精神障害者のための雇用も生み出されている。小さな日本が北海道の中にあるようなものである。
近年、自由を求め、日本の中にある自治共和国へ移住希望者が増加している。ロシア沿岸州周辺にも数千もの学園都市がある。陸路がほとんど発達してない陸の孤島がたくさんある。空港や港でしか外部へ移動できない。
子供っぽい顔、きれいな肌でスタイルが良い南先生は、42歳になるが、見た目は22歳くらいで、大学に出たばかりに見える。
「蒸し暑いわ。ちょっと脱ぐから」
南先生は大きなバックを持ち、すぐに髪の毛を隠すスカーフを外した。南先生は、ロングスカートのワンピースにその下には肌を一切出さないためにレギンスで足元の肌を隠している。長袖のロングのワンピースには大きな襟があり、腰のくびれが見えないようにジャケットを着ている。
「ちょっと女子トイレに行くから。この季節だと蒸し暑いし」
「南さんは、洋服にエアコンがついているハイテクのワンピースを着ていると思いました」
「あれは、いろんな機械がついているしネットに接続しているから、重いのよ。それにコンピューターに囲まれるのも嫌だし。でも、ほんとうに何でもかんでもネットで接続なんて嫌な時代」
それから、10分後、大きな紙バックをもった南先生は、ホットパンツにタンクトップという服装で出てきた。胸元を広く露出し、とても細い肩ひも。背中が丸見え。ホットパンツもお尻の丸みが見える。
「ちょっと露出が激しいかしら」
「南さん、これでは水着と変わらないわ」
紙バックから、半袖のジャケットを着た。
「でも、私たちの言動は常に監視されている。でも、その枠の範囲なら何をしてもいいの」
「そうなの。だからドレスコードもないから服装は自由なの」
「南さんは、子どもっぽい顔で肌がきれい。なんで」
「アンチエイチングなの。ナノマシンで老化を抑えているけど、体力の衰えは、どうにもならない。見た目だけが若いのよ」
「そうなの。私のお母さんよりも若くみえる」
「さっき話した中東や北アフリカの人たちのほうが幸せだというのは」
私は、疑問になることを質問した。
「この社会は、相互監視することで秩序を保っている。日本列島にはいくつかの自治共和国、自治区がある。誰でも自治共和国に永住する自由があるけど、犯罪もあるし、人権も侵害される危険性がある。でも、良い人を演じる必要がないし、個人の人格の自由がある。だから性格が悪い人も多いけど、監視されない。中東だと宗教法のもとで、ある程度保護されている。まあ、弱肉強食だけど、強い人は殺人をしても、お金があれば何十人殺しても殺人罪にならない。なんというか、この日本列島では得られない喜びと幸福感が得られるのよ。あの『幸福物質』も人殺しさえすれば、タダで強烈な幸福物質がえられる。セックスの200倍の快感なのよ」
「その幸福物質は中毒性があるでしょう」
「そうなの。でも、不完全で年々、社会が悪化しているけど、そこに暮らす人たちは、私たちよりも幸せ」
「そう。でも、今の話、もう聞かれているわ。問題発言ではないの」
「大丈夫よ。全体主義だからこそ、自由に意見が言える。政府は決して言論に屈しない自信があるから。もし嫌なら自治区や自治共和国に引っ越せばいいだけなの」
「自治区と自治共和国は、道路が左側通行以外は、ほとんど法律が違うのでしょう」
「そうなの。でも、引っ越せば政府から保護されない。あそこも弱肉強食だから。だからホームレスもいるのよ」
「いまどきホームレス。そんなの絶滅したと思ったのに」
「地球の地表70%はアキバが支配してい地域には、ホームレスはいない」
人間の幸せは相対的なものだと悟った。みためが惨めで悲惨に思える社会でも、そこに適応すれば、幸せな人生が送れる。では「幸福」とは何だろうか?
この社会では、鬱憤がたまる。それを発散させるためにローラーボールとか、アイドルでストレスを軽減させている。規則が厳しすぎる。週に一度は、医療、IT、精神、経済のカウンセリングを受けなければならない。病気も怪我もほとんどない。とても快適な社会だと言われた。でも、徐々にくすぶっているのが、民主化運動。
アキバという政党の解体。政党の分割化と競争化。企業の分割と競争化。過剰な管理社会の廃止。確かに福祉も充実している。過度の不満分子でなければ、更生施設に入れられない。でもアキバという企業と政党は、世論に決して屈しない自信がある。不満に思うなら、「どうぞ出ていってください」というように、近くにある「自治区・自治共和国」に引越しをすればいいけど、あとは自己責任で自分の身を守らなければならない。
「南さん、自治共和国にもアイドルがいるのですか」
「います。この日本列島本土よりも、アイドルになるのは簡単ですけど、何を要求されるかわかりません。ヌードモデルをすることも要求されますよ」
「それは、嫌だわ」
「でも、この本土よりも、敷居は低いです。羞恥心がなければいいのですから」
「私、からだに自信があっても、そこまでできない」
「まだ12歳。自治共和国でも法律では、15歳未満のヌードは禁じられています」
「そうなの。でも私、この本土でアイドルになる。だから、本格的にダンスができて、そして、作詞作曲ができるボーカリストになる」
「がんばって。応援するから」
23世紀の日本には、日本の中に自治共和国という半分独立国みたいな国がある。北海道と大阪にある。そこに行けば自由があるけど、社会は保護してくれない。
毎月、北アフリカでは殺人レースが開催されている。
エジプトのカイロから、モロッコのカサブランカまで、どれだけ人を殺したか競争する。
機関銃で人を殺す。殺された人たちの脳を摘出する。そこから臨死体験をした人の脳から「幸福物質」を取り出す。
年間、数千人もの人たちが自動車で轢き殺される。機関銃で蜂の巣になる。
老弱男女関係なく、いきなり殺される。レースは予告なく開催される。合法的な殺人ができる。
人類の人口の80%は中東や北アフリカに人口が集中している。でも一般人が電気と自動車の使用を禁じられている。大部分が文字が読めない。学校で教育を受ける機会がほとんどない。飢餓も年々拡大している。
近代文明は宗教家だけが独占し、宗教家だけが政治支配をしている。貧富の差が激しいし、それに見かねて多くの善良な人たちがボランティアとして世界中から来るが、ほとんどが5年以内に誘拐されて奴隷にされるか、殺される。
電気も機械もない社会で、宗教的な因習が根強いけど、私たちが暮らしている日本列島よりも幸せ。病院も不足しているし、娯楽が禁じられている。
一般庶民でもストレスを軽減させる脳内チップを入れられたり、脳にストレスを遮断する薬を飲まされる。奴隷のように扱われても、自分が悲惨な人生を送っているとは思っていない。そして、奴隷としての価値がなくなれば、麻酔なしで生きたまま頭の皮をはがされ、頭蓋骨に穴を開けられ、生きたまま脳を摘出する。
脳に幸福感を司る部分に電気で刺激すると、ものすごい量の幸福物質が生成される。脳から純度が高い麻薬やモルヒネがとれる。脳からものすごい勢いで、さまざまな幸福物質や麻薬が吹き出す。
生きたまま脳を摘出された本人は、脳を取り出された時点で、意識はない。自分が死んでいることに気がつかない。
中東や北アフリカでは、重度の統合失調症や、躁うつ病の患者が多い。社会生活ができなくなれば、生きたまま脳を摘出される。幸福物質は、中東や北アフリカでは安く手に入る。当然、日本から多くのサイコパスといわれる良心の呵責を全く感じない人間がたくさん来る。
悪人は決して不幸にならない。善良な人間だから悩みという概念がある。