いじめ
数日後。いつものように学校に着いた詩織は、まっすぐ教室の自分の席についた。
結局先日の詩織の内履きは、教室にあったゴミ箱の中から見つかっていて、明らかに詩織に対するいじめが始まっている。
すでに噂は数日前から広がっていて、詩織に近づく子は真夢以外にはいない。
少し目を伏せながらも、詩織はムリに笑顔を作りながら、机の中に教科書や文房具をしまったが、今の彼女の心の中は、不安な気持ちでいっぱいだった。
以前なら教室の中を見ながら、目の合った友だちとおしゃべりをしたり、どうでもいいようなあいさつを交わしながら楽しく過ごしていたものだが、今はそういうことをする気分にはどうしてもなれない。
教室のあちこちにできているいくつかのグループ。
そのどれもが、チラチラと詩織を見ながらヒソヒソと話をしていて、それが明らかに彼女の噂をしているということが、詩織にははっきりとわかっていた。
そんな教室の情景を見ながら、彼女は、人と目を合わせる事が、どんなに難しいものかと強く感じていた。
すると、詩織のもとに1人の女の子が近づいてきた。
もちろん真夢である。
真夢はわざと大きな声で詩織にあいさつをして、彼女の前の席に腰かけ、詩織の方を向いた。
「シオリちゃん。宿題できてる?あたし少しわからないところがあったんだ。
ちょっと見せてくれる?」
辺りの陰気な雰囲気に反抗するような真夢の態度に、詩織は少し驚きを感じた。
明らかに回りの攻撃対象は詩織。一緒にいれば、真夢もその対象にされかねない。そのことは真夢をわかっているはずなのに、彼女はあえてそうなろうとしているかのように詩織には見えたからだ。
「・・・うん。いいけど・・・」
「どうしたの?」
「・・・・うん・・・」
詩織は少し困ったような笑いを見せると、ひっそりと真夢に話した。
「マム・・・・。あたしに近づかないほうがいいのだ・・・」
すると、その詩織の言葉を聞いた真夢が、急に怒ったような顔を見せた。
「シオリちゃん!なんでそんなこと言うの!?あたしのこときらい!!?」
真夢の意外な言葉に、詩織が戸惑った。
「え?きらいじゃ無い。大好きだよ。でも・・・」
詩織が教室を見回した。釣られるように真夢も教室を見回す。
すぐに彼女たちには、教室のあちらこちらで、変な目つきで2人をチラチラ見ているクラスメートたちの姿が目に入った。
「あたしと一緒にいると、マムまで変に見られるから・・・」
だが、そんな困った複雑な表情を見せる詩織に、真夢がにっこりと笑いながら優しく応えた。
「シオリちゃん、気にすることないよ。少なくてもあたしは絶対に味方。それに・・・」
真夢が、教室から見える窓の外を指さした。
詩織が真夢の指さした方向を見ると、教室のすぐ傍にある1本の木の枝に、1匹のネコがいるのが見える。
ネコは銀色の毛並みをしていて、詩織が自分の方を見ていることに気がつくと、ニッと笑顔を返してみせたのだ。
それは、もちろんティム。
ティムは、最近詩織が学校でツラい立場に追い込まれていることを知り、心配で学校までこっそり付いてきていたのだ。
「ほら、もちろんティムも味方だからね♪」
詩織は真夢の言葉を聞いて、元気に笑ってみせたが、その目の端には、少しだけ小さな涙が光っていた・・・。
★
しかし、真夢のささやかな抵抗にもかかわらず、それでも詩織へのいじめは減る気配を見せなかった。
それどころか冬休みを前にして、いじめの数はさらに増加の様相を見せていたのである。
詩織の教科書やノートに、知らない間にラクガキをされたことがあった。
わざと給食を運ばないクラスメートもいた。
遠くから聞こえるように悪口を言う者もいた。
さすがに見るに見かねた千佳先生が、学級会などを通じていじめをやめるようにクラスにも他の学年にも呼びかけたが、それでも詩織への嫌がらせは減らず、このことは教職員の間でも問題になっていた。
しかし、それでも詩織は決して泣かなかった。
目を赤く腫らしたことはある。
涙を流したこともある。
それでも、彼女はぐっと堪えていた。
理不尽さに負けたくないという気持ちがあったというのはある。
だが、彼女がいじめから負けなかった理由。
それは、真夢の存在だった。
真夢は詩織がどんなに落ち込んでいても、また真夢自身が攻撃の対象になっても、彼女は決して詩織から離れようとはしなかったのである。
ある日、真夢は千佳先生からこんなことを言われていた。
「真夢さん。今詩織さんがとてもつらい状態だけど、あなたも守ってあげて。
みんなが詩織さんを変な目で見なくなるように、なんとか先生もがんばるから・・・」
すると真夢は、彼女にこんな言葉を返したのだ。
「先生。どうしてみんな、シオリちゃんを変な目で見るのかなぁ?普通に考えれば、誰だって本当のことがわかるはずなのに・・・」
人の噂も七十五日。そう千佳先生は言っていた。
どんなの酷いことを言われても、時間が経てばそれは消えていくはず。
冬休みまであと少し。
冬休みを過ぎてしまえば、2人にとっての差別の目は和らぐはずだった。
しかしこの日、詩織と真夢にとって、ある大きな事件が起きてしまったのである。