悪夢の始まり
月曜日の朝。
その日、学校に着いた詩織と真夢は、少し辺りの雰囲気に違和感があることに気付いていた。
なんとなくだが、彼女たちを取り巻く小学生たちの目線が気になる。
特に確証があるわけではなかったが、詩織たちを他の生徒たちがチラチラ見ているような気がして、2人は少し、そこに居辛いような気がしていた。
そんな時、彼女たちの傍を、何人かのクラスメートたちが通りかかった。
「おはようなのだ!」
目が合った詩織が、その子たちに声をかけた。
ところがクラスメートたちはいつもと違う反応を見せ、彼らは詩織と真夢の顔を見るとニヤニヤと笑い、何も言わずに2人の前を通り過ぎていったのである。
「どうしたんだろ?なんかあの子たち、感じ良くないね」
いつもなら、さっき声をかけたどの子も、それなりに親しく詩織たちと話をしただろう。
しかし、今日はそんなそぶりさえ全くない。
まるで彼女たち2人をバカにするような態度で、そんな扱いを受けるような覚えのない詩織は、彼らに少し不信感を抱いた。
「なんだかいつもと違うな〜・・・」
詩織と真夢は、そのまま児童昇降口に入っていった。そして真夢は自分の内履きに履き替えると、そのまま詩織の傍に寄っていく。
ところが、詩織の様子がおかしい。
探し物をしているようで、外用のスニーカーのまま、辺りを見回しながらキョロキョロしている。
「どうしたの?シオリちゃん」
「う〜ん、おかしいな・・・。あたしの内ズック、どこにいったんだろ?」
どうやら彼女の内履きが見つからないらしく、詩織はそれを探していたらしい。
「え?無いの?昨日はちゃんとあったんでしょ?」
「うん。あたしの棚に置いたはずなんだけど・・・」
しばらく2人は一緒に詩織の内履きを探したが、結局どこにもそれは見つからなかった。
★
内履きを捜し出すことが出来なかった詩織たちは、代わりのスリッパを借りるため、仕方なく職員室を訪れたのだが、そこで2人は意外なものを見てしまった。
いつも元気に生徒たちにあいさつを送ってくれる担任の千佳先生。
普段は詩織たちの顔を見ると、笑顔で「おはよう!」っと言ってくれる彼女だが、今日は心なしか沈んだ表情をしていて、机で書き物をしている。
その顔の横あたりが紫色に腫れていて、痛々しい姿が詩織たちの目に入ってしまったのである。
「どうしたのだ!?チチカ先生!」
千佳先生は、普段からクラスではチチカ先生と呼ばれている。
優しく、分け隔てのない信頼できる先生で、詩織たちは彼女のことが大好きだ。
彼女の顔のケガに気付いた詩織と真夢は、あいさつをすることも忘れ、急いで千佳先生に近寄っていった。
詩織たちに多少戸惑いを見せた彼女だったが、2人の事情を聞き、すぐに代わりのスリッパを詩織に渡した。
顔のケガについては、単に階段を踏み外してしまっただけと伝え、あの夜学校で見た詩織そっくりの少女については、もちろん彼女には隠していた。
「ねえ、詩織さん」
「はい?」
「詩織さん・・・、金曜日の夜、どうしてた?」
「金曜日の夜?どうしてですか?」
「いや、ちょっとね・・・・・。まさか、学校になんか来てないよね?」
「金曜日は・・・・、確かレンタルDVD観てたと思うけど・・・・。どうしてですか?」
「いや、いいのよ!なんでもない!・・・・ゴメンね、変なこと聞いて・・・」
「なんかさ。チチカ先生も様子が変だよね。」
職員室での担任の少し煮え切らない態度に再び頭をかしげながら、2人は教室に向かった。
今日は朝から変なことばかりだと詩織も真夢も思っていたが、まだこの時は、それが大きな騒動になるとは2人は思ってはいなかった。
しかしこの後詩織は、自分の身に信じられない災難が降りかかってきたきたことを知ってしまうのである。
詩織は自分の席に着くと、早速机に自分の教科書類をしまいこもうとしたが、その時、彼女の机から1枚の紙がすべり落ちた。
彼女がそれを拾い上げると、そこにはこんなことが書かれていたのだ。
『しおり は花子さん 死ね! 』
★
花子さんの正体は、3年の椎名詩織。
この噂は、担任の千佳先生が学校の階段で転落事故を起こしてから、急に学校中に広がっていった。
職務上、もちろん千佳先生は、学校で見た詩織そっくりの少女のことは生徒たちには話してはいない。
もちろんそれは詩織のためを思ってのことである。いたずらにそのような噂が広がっては彼女のためにはならないし、暗い場所での出来事だったのだから、何より千佳先生本人の見間違えという可能性もある。
千佳先生は、こっそりと当日の夜に詩織が家にいたことを確認していて、実際、学校には見回りの際に足を滑らして転倒したと伝えていたはずなのだ。
それでは、なぜこのような噂が急に広がってしまったのか。
実はこの事件を境に、急に花子さんの目撃情報が増えていったのだ。
しかも、それは女子トイレのみならず、学校中のいたるところで。
ある児童は理科室の前で。またある児童は体育館の片隅で。
しかし、目撃場所はばらばらだったが、その証言には一致していたものがあったのだ。
それは、その少女が詩織にそっくりで、赤いスカートをはいていたということ。
学校中での一致した目撃例が重なり、そこからこの噂が広がっていったのである。
 




