夜の小学校
籠目小学校の夜。20:00を過ぎた頃。
小学校の先生というのは、かなりの多忙の職業である。それは他の職業も同様なのだろうが、毎日の授業の構想を練る上、様々な行事や部署の仕事にも対処しなければならなず、一応勤務時間は17:00ぐらいまでのものなのだが、残業は当たり前のようにある。
もちろんそのぶん高給取りではあるが。
その日。迫り来る年末の長期休校に向け、詩織たちの担任である美里千佳先生が、1人職員室に残って仕事を続けていた。
若くて活発。クラスのみんなからは「チチカ先生」と呼ばれていて、人気の高い先生だ。
もうすでに、職員室には他の先生方の姿はない。
朝方にあったウサギ小屋での事件のこともあり、校長先生からは教職員も早く帰るように言われているが、まだ若い彼女は、多少夜の小学校の気味悪さに、「後は家に帰って続けようかな・・・」などと時々思いながらも、仕事に区切りをつけることができず、結局ズルズルとここで仕事を続けていたのである。
あまり調子が乗らないにもかかわらず、やらなければならないことというのは、たいがいいたずらに残業の時間を延ばしていく。
しかし時間はすでに21:00を越え、今は22:00に届こうかという頃。
かなり長い時間仕事机に向かっていた千佳先生だが、「・・・ふぅ、こんなもんでいいかな」と、やっと仕事に区切りがつき、ようやく家に帰れる状況になった。
そして、自分の身の回りを軽く整理し、荷物をまとめ始めた時だった。
ふいに彼女の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。
タッタッタという感じの軽快な音。学校の廊下を誰かが走る音がしたのだ。
「誰かいるのかしら・・・?」
ふっと彼女の頭には、今朝のウサギ小屋での事件のことが頭をよぎった。
あるいは例の犯人が再び学校に潜り込んだのではないかと。
しかし、彼女の耳に聞こえてくるその音は、足取りが軽く感じら、大人の足音と言うよりは、むしろ印象としては子どもが駆ける音に近い。
だが、今は時間が時間だ。
何かの用事で他の先生が来たというのならまだ話しはわかるが、この時間に学校に生徒がいるとは考えにくい。
不思議に思った千佳先生は、懐中電灯を持って廊下に出てみた。
今この学校で電気がついているのは職員室だけで、廊下は真っ暗。
小学校は広い施設である。
学校に在籍するどの先生も、それぞれの場所の電源を完全に把握できているような気もするが、実はよくわかっていない先生も意外に多い。
「あれ〜?ここの廊下の電気のスイッチ、どこだったかな・・・」
夜の学校と今の状況の気味悪さに、わざとセリフを声に出しながら電源を探していた千佳先生は、「さっきの音が気のせいでありますように・・・・」と内心願っていたのだが、残念ながら意に反して、その途中でついに人影を見つけてしまった。
「あ・・・・、やっぱり誰かいた・・」
廊下の奥に向かって駆けていく子どもの影。
身長は高くなく、暗闇でも識別できるほどの鮮やかな赤いスカートをはいている。
間違いなく児童の姿だ。
「待ちなさい!こんな時間に誰なの!?」
千佳先生は、人影を追いかけた。
夜中の10:00を過ぎた時間に学校に人がいるなど、普通では考えられないことだが、もしそれが生徒なら、とにかく捕まえて事情を聞かなければならない。
状況の不自然さに、最初は幽霊の類ではと思っていた千佳先生だが、今はそのチラリと見かけた人影に、あれは自分のクラスの生徒では?という思いが浮かんでいた。
「待ちなさい!こら!!」
暗闇の中、わずかに見える女の子の姿。
その影はわざと千佳先生を誘うかのように、止まっては進み、進んでは振り返る。
しかし、暗くてその顔が誰であるかを確認することはできない。
冬特有の冷たい空気の中、その少女の足音は、校舎の階段を登り2階に上がっていき、続いて千佳先生も急いで後を追う。だが、なかなか追いつけそうで追いつけない。
少しイライラしながら階段を駆け上るが、彼女が2階の廊下に上がってすぐだった。
ふいに、先ほどまで追いかけていた足音がぴたりと止み、その姿を見失ってしまったのだ。
突然消えた女の子の気配。
彼女はキョロキョロと辺りを見回しながら、今の状況について考えてみた。
あれは見間違い?いや、違う!絶対にまだあの子は、近くに隠れているはず。
そして彼女は階段を離れ、1番近い教室に向かおうとしたが・・・・。
「あ!!?」
その時だった。誰かが千佳先生の腰に触れた。
暗闇の中から突然腕が伸びてきたかと思うと、それが千佳先生のお腹辺りに勢いよく押した。誰かが彼女を突き倒したのだ。
足を踏み外した千佳先生はそのはずみで階段を転げ落ち、体中を階段に打ち付けて、一時彼女は気を失ってしまった。
だが彼女が階段で押された時、一瞬だがその腕の持ち主らしき人物の顔を見てしまった。
懐中電灯の明かりの中に浮かび上がった姿。
冬であるにもかかわらず、赤いスカートと白い半そでのシャツを身に付けたおかっぱ頭の女の子。
しかしその顔は・・・・。
彼女には、小さな確信があった。
そう。その女の子は、彼女のクラスの生徒。
【椎名詩織】そっくりの少女だったのである。