ウサギ事件
その日の朝。
詩織たちのクラスではいつものように朝のホームルームがあったのだが、その日のそれは、いつもとは少し様子が違っていた。
実はこの日、学校で大きな事件があったのである。
籠目小学校では、生徒の心の教育の一環で、何匹かのウサギを飼育している。
最近は衛生面などで動物の飼育を敬遠している学校も多いのだが、この片田舎の古い籠目小学校では、今でもちょっとした伝統として、それが続いているのだ。
主に面倒を見ているのは最高学年の6年生の面々だが、今日。その当番に当たっていた彼らが、飼育小屋で思いも寄らない発見をしてしまったのだ。
それは、まだ子どもである彼らにとっては、あまりにもショックが大きい光景だった。
破壊されたウサギ小屋。
ばらまかれたエサ。ぐったりした姿で横たわるウサギの死骸。
おそらく夜のうちに何かがあったのだろう。
今日のウサギ当番の1人が、無残な姿でメチャクチャに破壊されたウサギ小屋と、ウサギたちを見つけてしまったのである。
約十数匹いたウサギたちは、そのほとんどが頭をつぶされ、生き残っていた数匹も虫の息の状態。
なんとか手当てをしようとしたがその甲斐も無く、結局全てのウサギたちが死んでしまった。
飼育小屋も原型がわからないほどに破壊されていて、学校では警察に通報せざるを得ない有様だったのである。
詩織たちの3年生の担任である千佳先生が、それを生徒たちに伝えた時、もちろんではあるが、生徒たちからは驚きと嘆きの声があがった。
特にこのクラスにはウサギ好きも多くいて、そんな生徒の中には泣き出す者もいた。
そんな様子を見ていた詩織や真夢の心の中には、ふつふつと怒りの感情が湧き上がっていた。
「ホント!あんなかわいいウサギを殺すなんて!あたしには考えらんない!!」
昼休み。
詩織と話をしていた真夢は、怒りに感情を爆発させていた。
「なんでウサギを殺しちゃうの!?あんなおとなしい子たちに・・・・、信じらんない!!」
詩織ももちろんウサギ殺しの犯人には怒りを抱いていたが、今はそれより、どちらかと言うと普段おとなしい真夢が、こんなに感情をあらわにしていることのほうに驚いていた様子だった。
「犯人・・・・、どんな人なんだろう?」
詩織が真夢に応えた。
「さあ、犯人がどんなヤツかはわかんないけど・・・」
詩織が回りを見渡す。すると・・・・。
「おい、やっぱり犯人は花子さんじゃない?」
「オレもそう思う。これって花子さんの呪いだ!」
「えー?やっぱり!私もそう思っていたんだ!」
教室のあちらこちらにできていた生徒たちの小さなグループ。
そのどれもが、今日起きたウサギ事件についての話題で盛り上がっている様子なのだが、どのグループも、ある共通した内容で話をしていた。
それは、『トイレの花子さん』
いつの間にかウサギ殺しの犯人は、最近籠目小学校に出没していると噂されている、花子さんのせいになっていたのである。
「えー?なんでいつの間にそうなったの?」
「さあ。でも、みんなそんな話してるよ」
詩織と真夢は、小さなため息をついた。
ウサギ殺しの犯人は花子さん。この噂は、詩織たち3年生のクラスだけには留まってはいなかった。
どこからこの噂が流れたかはわからない。
しかし、いつの間にかそれが学校中の話題の的となってしまい、下級生どころか、6年生の間にまで、それが事実であるかのように噂が広がっていってしまったのである。
★
放課後。
ウサギ事件の犯人が変質者の類ではという警察からの連絡により、一応一斉下校となった籠目小学校の生徒たちは、寄り道をすることもなく、真っ直ぐに家路へとつくことになった。
詩織や真夢も、もちろん家に直行。
そんな詩織を、いつものようにティムが出迎えたのだが、ティムの後ろから、いつもはこの時間にはいないはずの七海が、ヒョコっと顔を出した。
「あら、おかえり。シオリ」
「あれ?ナッちゃん・・・?」
七海の話によると、今日籠目小学校で起きたウサギ事件の影響で、とりあえず中学校でも早上がりの処置がとられたらしい。
事の詳細をあまり知らされていない七海は、興味津々で詩織に今日の小学校での出来事を尋ねた。
「シオリ。今日小学校で何があったの?」
「うん。あのね・・・」
詩織は七海とティムに、今日学校で起きた出来事、そしてついでと言ってはなんだが、最近繰り返し見る夢の話も、すっかりと話して聞かせた。
「へぇ〜、そうなの。あのウサギたち、すっかり殺されちゃったのか・・・。可哀想に・・・」
『人間にはヒドイ人もいるんだね、シオリ。』
「その通りなのだ!どこの誰だかわかんないけど、許せないやつだと思う!」
「でも、その犯人がトイレの花子さんだと思い込んでいるなんて、あいかわらず小学生は考え方が幼い幼い。」
七海が軽くケラケラ笑った。
「笑い事じゃないのだ!でも、最近あたしが見ている夢も気になるし、なんだか他人事には思えないんだよな〜」
すると2人の話を聞いていたティムが、少し考え事をしたような表情を見せてから、詩織にこう話しかけてきた。
『ねえシオリ。その夢の中に現れる花子さんて、学校の噂になっている花子さんと同一人物なの?』
「わかんないよ〜。だって、学校の花子さんて見たことないもん」
『もっと詳しいことがわかれば、何かつかめるかも知れないのにね』
そのティムの言葉を聞いた七海が、ティムをヒョイと抱き上げた。
「ティム。詳しいことがわかれば、解決の近道になるの?」
『それはわからないけど、少なくても糸口にはなるんじゃないかな」
「ふ〜ん・・・。学校の怪談に詳しい人物か・・・」
七海の顔をのぞきこむ詩織とティム。
『いるの?花子さんについて詳しい人』
「うん、いる。そういうのに詳しいのが1人・・・」
「誰!?」
詩織が興味ありげに七海の顔を見ると、七海はニッコリと笑顔を詩織に返した。
「いるでしょ?ほら、あたしの怪談嫌いを無理やり克服させた人がね」
「ああ!」
詩織の顔が、ぱっと輝いた。
「リコちゃん!」
「そう!」
リコというのは七海の友人で、怪談大好きっ子の「工藤絵里子」のことである。
小学校の頃から、ずっと七海と親しく付き合っている人物で、共にバスケットボール部員として活躍している女の子だ。
「そうか、リコちゃんならいろんなこと知っていそうな気がする!」
「そのうちヒマな時に、あそびに来てもらうことにするね」
七海はそう言うと、なんとなく楽しそうな雰囲気で、子ども部屋を出ていった。
もちろん絵里子の家に電話をかけるためだ。
七海が部屋を出た後、ティムが詩織の膝にチョコンと乗った。
『ねえシオリ、もう1つ聞いていい?』
「なあに?」
『シオリの見ている夢って、結局最後はどうなって終わるの?』
すると、詩織は鼻をかきながら、少しブゼンとした表情でこう言った。
「誰かに鼻をつままれて、そこで夢が終ってしまうのだ」
『あ、そう言えばそうだったね・・・』