赤い鼻
「シオリ、早く起きろ!パパが来るよ!」
自分のベッドでぐっすり眠っていた詩織が、姉の七海に鼻をつままれて目を覚ました。
まだ半分夢心地の詩織が辺りを見回すと、そこには見慣れた風景が広がっている。
並んだ勉強机、オレンジのカーテン、棚に並んだぬいぐるみ。
そこはまぎれもなく七海と詩織が使っている椎名家の子ども部屋で、詩織はいつものように、彼女の父親の目覚めのキス攻撃を回避するため、ぴったり6:30に七海に起こされたのである。
『オハヨー。シオリ、ナナミ』
詩織のベッドの中から、1匹の銀色のネコらしきものがひょっこり顔を出した。
これは、ティムという名前の詩織の友だち【ペット?】
ひょんなことから椎名家に住み着くことになった、正体不明の生物である。
ティムには前に不思議な能力があった。言葉を話すというのもそうなのだが、
実はティムは時間や空間を超えることができる扉を持っている。(どこでもドア?)
しかし、最後に扉を使ったのが3ヶ月前の秋。
今、季節はすでに冬になっていて、あれ以来その特殊な能力は使えないでいる。
「ナッちゃん・・・。もういい加減に鼻ギュッてするのヤメるのだ!」
「シオリが自分で起きれるようになったらヤメてあげる♪」
「自分で起きれるようになったら?」
「そうよ」
「そんなこと言って・・・・。先にあたしの鼻が無くなっちゃう・・・・」
「大丈夫。また生えてくるって!」
いつもの日常が始まる椎名家の朝。
そして、彼女たちが住む町・鳳町。
古くから取り立てて目立つ印象もないありふれた町並み。
他のどの町とも同じように、たくさんの人々が住み、働き、それぞれの生活を送っている。
しかしここは少しだけ、時々他の町とは違った一面を見せることがある。
その底に流れる不思議な都市伝説や事件。
いわゆる普通の生活からはかけ離れた別の世界への入り口が、たまの思い出したようにその歪んだ口を開くことがある。
それらに何度か巻き込まれてきた詩織や七海、そして友人の神酒たち。
しかしその度、彼女たちは持ち前の勇気や友情を味方につけ、何度も危ない場面を乗り越えてきていた。
季節はもう冬。
もうすぐ年の瀬とクリスマスを迎える、ある日の出来事である。
その日、年末の冬休みを目前にひかえ、長期休校までの日数を指折り数える詩織が、いつものように登校前に親友の真夢と出会った。
「オハヨウ!シオリちゃん!」
幼稚園の頃からずっと友だち同士の真夢。
いつも一緒に登校し、学校に着くまでおしゃべりをするのが彼女たちの日課で、今日は詩織が見た夢の内容が話題の中心になっていた。
「シオリちゃん。前から聞こうと思ってたんだけど・・・、どうして朝はいつも鼻が赤いの?」
「聞かないで欲しい。長くてツラい物語だから・・・」
「ふ〜ん」
「それより、今日変な夢見たんだけど・・・」
詩織は今日見た夢の中身を、すっかり真夢に話して聞かせた。
「へ〜。それじゃ、シオリちゃんがその『ハナ』って子になってるの?」
「うん。それあたしなんだけど、あたしじゃないんだよね」
「どういう意味?」
「う〜ん・・・・、うまく言えないけど、つまりそういうことなのだ」
「アハハハ・・・、わかった。でもさ、夢の中でシオリちゃん。赤いスカートはいてたんでしょ?」
「冬なのに半そでだった」
「名前がハナなら・・・、それって、まるで『花子さん』みたいだね♪」
「・・・・・花子さん?」
学校の怪談「トイレの花子さん」
その名前は、誰でも1度は聞いたことがあるだろう。
小学校の3番目のトイレに出る、おかっぱの女の子の幽霊で、数年前に日本中で有名になった、都市伝説の代表のようなものである。
小学校の誰もいないトイレのドアの前で3回まわり、ドアを3回ノックしてから、「花子さん」と声をかける。
すると、その中から見知らぬ女の子が現れるというもので、当時はその噂のせいで、トイレに行けなくなった子どもが何人もいたという、あまりにも有名なあの怪談だ。
実は最近、彼女たちの通う籠目小学校で、花子さんの噂が再び流れ始めている。
数年前にすっかり下火になってしまったと思われていた花子さんの怪談話が、今小学校での話題の中心になっているのだ。
事の起こりは、約1週間前のことだった。
放課後に籠目小学校の6年生の生徒が、おかっぱ頭で赤いスカート姿の女の子に
突然階段で後ろから押され、足を骨折してしまったという事件があったのである。
生徒が目撃したのはその女の子の後姿のみで、犯人が誰かは判明しておらず、
その事件に尾ひれが付き、「犯人は花子さんだった!?」という噂が流れ始めたのだ。
以来、花子さんを見たという生徒が続出。
「トイレの前に赤いスカートの女の子が座っていたよ」
「放課後に後ろから女の子に声かけられたけど、振り向いたら誰もいなかった!」
など、ありもしない話も含め、籠目小学校の騒ぎの一因となってしまったのである。
「花子さんかぁ・・・。最近誰とお話しても、全部そっちにつながっちゃうのだ」
「しょうがないよ。みんなそういうお話大好きだし」
「現実的じゃないなぁ〜」
「あら、シオリちゃん。シオリちゃん家にも、現実的じゃないのがいるでしょ?」
「あ!」
詩織の頭に、ニッと笑う銀色のネコの顔がポンと浮かんだ。
「そう言えば、ウチにも変なのがいたなぁ・・・」