はっぴぃえんど☆
そして年が明け、鳳町は新年を迎えた。
やがて正月休みも終わりを告げ、詩織たちも新学期を迎えることになったのだが・・・。
昨年末、詩織は自分に花子さん疑惑がかけられ、学校でいじめを受けていたことをもちろん憶えていて、登校の途中にその不安を真夢に伝えていたが、彼女は詩織に「大丈夫だよ!」と元気付け、2人は手をつないで学校へ向かった。
「本当に何もされないかな〜?」
「大丈夫だよ、シオリちゃん。マムがついてるから!」
実際のところ、真夢にも大丈夫だという確証があったわけではない。
しかしそれでも、真夢はなんとなく事が全て丸く収まるような、そんな不思議な予感がしていた。
しぶる詩織の手を引きながら、校門前まで進む真夢。
その時、1人の詩織たちのクラスメートの男の子が、2人の横を通り抜けた。
「オース!シオリ、マム。」
突然の男の子の自然な言葉がけに少し驚いた詩織たちは、一瞬返す言葉が見つからず、黙ってその男の子の顔を見た。
「・・・・どうした?オレの顔に何か付いてるか?」
2学期末に感じていたあのイヤな空気が、今は少しも感じられない。
「・・・・ううん、なんでもない。おはようなのだ!」
「おはよう!」
詩織と真夢もあいさつを返す。
するとこの男の子は、
「ああ・・・。お前ら、なんか今日変だぞ?」
そう言うと、そのまま昇降口まで走っていってしまった。
「・・・・・・なんか、とっても普通なのだ」
「・・・・・うん」
実際、今日の学校の雰囲気は2人が感じた通りだった。
すれ違う生徒たちで、特に2人に注目する者は誰もいない。
クラスメートたちは、まるで何も無かったように普通に詩織たちに話しかけ、一緒に始業式に参加し、そして時間が過ぎていく。
人の噂のいい加減さなのか、それとも座敷わらしが残したプレゼントなのか。
詩織たちの心配はすっかり消え失せ、こうして彼女たちのいつもの学校生活がスタートしたのだった。
そう、放課後のこの出来事だけを除いては・・・・。
★
その日の放課後。
今日1日の生活にすっかり満足した詩織と真夢が、いつものようにおしゃべりをしながら歩いていた時のことだった。
帰り道の途中にある空き地の側を通りかかった時、2人を呼び止める者がいた。
「おい、待ちなよ!花子さん!」
大きな悪意のある言葉。2人が空き地のほうを見ると、そこにはあの嫌な顔ぶれが・・・・。
相変わらず数人の取り巻きを引き連れた、5年生のいじめっ子・穂波が立っていたのである。
詩織と真夢はすぐにそこから逃げ出そうとしたが、2人はすぐに取り巻きに捕まり、そのまま空き地に引きずり込まれてしまった。
「いい気になってんじゃないよ、シオリ!」
どこがどういい気になっているのかわからないが、穂波はすぐに、詩織たちに難クセを付けてきた。
「あんた優梨子にケガさせたクセに、まだ謝ってないんだろ?」
穂波の言葉にムッときた詩織が反論する。
「あたしは、優梨子さんていう人にケガなんかさせてない!」
「そうだよ!優梨子さんにケガをさせたのは、木田島っていう学校荒らしだって先生が言ってたでしょ!
どうしてそんなにシオリちゃんのせいにしたがるの!?」
真夢の反論にもイライラした穂波は、さらに口調を強めた。
「うっさいな!第一あんたたちムカつくんだよ!!」
その時だった。
「シオリ、何してるの?」
「お?もしかしてイジメとか?」
詩織たちのいる空き地に入ってきた2人の人物がいた。
「あ、ナッちゃん!リコちゃんも!」
それは、詩織の姉の七海と、友人の絵里子で、2人は詩織たちに近づくと、ぐるっとそこにいる小学生たちを見回した。
穂波は最初、余計な中学生の邪魔が入ってきたというぐらいにしか思っていなかった。
しかし七海と絵里子の顔を改めて見た時・・・・。
なぜか彼女は大きな驚きの表情を見せ、そのままそこで固まってしまったのだ。
「・・・・・・もしかして・・・・もしかして、鳳町ミニバスケットクラブで、
キャプテンと副キャプテンをしていた、ナミ先輩とリコ先輩ですか!!?」
突然態度が変わった穂波を見て、詩織と真夢は、意外な顔で彼女を見た。
「うん?そうだけど・・・・。あ、もしかしてあなたたちもバスケットをやっているの?」
「はい!今ミニバスケットのキャプテンをしている穂波と言います!
お会いできて、とても光栄です!!」
穂波の取り巻きたちの雰囲気も、一気に変化した。どうやら全員がミニバスケ部員の様子である。
「ええ?うそ!!?全国大会までうちの弱小クラブをつれて行った、あの伝説のナミ先輩とリコ先輩!?」
「ええ!?あの『ノーサインパス』で有名な、あの2人!?」
「『ノーサインパス』って、全国でもナミ先輩とリコ先輩しか使えないんでしょ!?」
急にざわめきだした5年生のいじめっ子たちを前に、七海と絵里子は不思議そうに顔を見合わせた。
「リコ。あたしたちって、ちょっと有名なの?」
「・・・・・そうみたいだね」
半ばあきれ顔で見ている七海と絵里子。
まるで有名アイドルに出会ったように騒ぎ出した穂波たちだったが、そのうち穂波がはっとした表情を見せると、恐る恐る七海に尋ねた。
「そ、それじゃ、ナミ先輩。もしかして・・・・シオリ・・・さんは・・・?」
「うん。あたしの妹だけど」
「ええええええええええええええええええ!!!!!!???」
まるで辺りの空気が爆発するかのように、場の雰囲気が大きく変わった。
穂波たちの顔が赤から青に変わり、緊張感が走る。
ところがそんな雰囲気を全く気にしていない七海は、さらに禁断の質問を詩織に投げかけた。
「ところでシオリ、何してたの?」
!!!!!!!!!!
おそらく穂波は、生きた心地がしていなかっただろう。
「いじめられていた」などと詩織に答えられるものなら、それは穂波にとっては死刑判決に等しいのだから。
しかし詩織は穂波の顔を見て、ニンマリとイタズラな笑顔を見せてから、七海のほうを振り返り、こう答えていた。
「・・・ううん、ただお話をしてただけなのだ。」
絵里子がチラッと真夢の顔を見ると、彼女もコクンと笑顔でうなずいていた・・・。
★
「そ、それじゃ用事がありますので、これで失礼します!!」
まるで逃げるようにその場を立ち去ろうとした穂波たち。
すると、それを見ていた絵里子が穂波を呼び止めた。
「ちょっと、穂波さん。こっちに来てくれる?」
「は・・・はい?」
絵里子はニンマリと笑うと、穂波の耳に口を近づけ、ボソッとこうつぶやいた。
「・・・もしまたシオリとマムをいじめたら・・・」
穂波がゴクリと息を飲む。
「あんたのバスケ生活、その日のうちに終っちゃうからね♪」
「はいぃぃぃ!!」
穂波は逃げ出すように、その場から走り去ってしまった。
穂波の後姿を見送りながら、七海は絵里子に近づくと、彼女の腕を肘でツンと突いた。
「リコ。あんたあの子に何言ったの?」
「別に〜。カワイイ後輩にアドバイスしてあげただけさ♪」
「・・・・ホント?」
「ホントさ!」
「・・・なんか恐いこと言ったんでしょ?」
「さあ?」
そして4人は顔を見合わせ笑い合うと、それぞれの家路についた・・・・。
★
椎名家への帰り道、詩織と七海は手をつないで歩いていた。
冬の鳳町の昼下がり。
冷たい空気が2人の頬をなでて流れていくが、心の中はほんのりと温かい。
空は朝から陽が射していて、その柔らかい光が詩織と七海を包み込んでいる。
「シオリ、どうだった?今日は学校ではいじめられなかった?」
今日の学校での様子が気になった七海は、詩織の手を引きながら聞いた。
実は七海は今日の半日、詩織のことが心配でたまらなかったのだ。
本当は今日はバスケの練習があったことはあったのだが、七海は早く詩織の顔が見たくて、仮病を使って部活を休んできたのである。
(絵里子は七海の付き添いという名目だったらしい。)
詩織は心配そうに自分の顔を見る七海に、ニッコリと笑って応えた。
「うん!なんともなかったのだ!」
「ホントに?」
「ホントだよ!」
「そう・・・」
すると七海は正面を向きなおすと、ホッとしたような息を吐いた。
「・・・ナッちゃん。もしかして心配してた?」
「あたりまえでしょ。1人しかいない妹なんだから」
「ホント?ホントにそう思ってるのか?」
笑顔でコクンとうなずく七海。
そんな姉の様子を見た詩織は、急にうれしさがこみ上げてきて、七海の腕にしっかりと抱きついた!
「ナッちゃん、やっぱり大好き!」
鳳町の片隅に見える、小さな仲良しの姉妹の情景。
2人を照らす、爽やかな陽射し。
彼女たちの帰る家では、2人を待ちわびてソワソワしていた銀色のネコが、玄関の外でウロウロと歩き回っていた。
能力を失ってしまった神酒。
帰ってくる輝蘭。
そして、遂に空より舞い降りる『黒い海』
いくつもの少年と少女たちの想いを紡ぎ、
そして物語は・・・一つの終焉を迎える。
次話【風が贈る最後の手紙】