花子さんからの手紙と・・・
12月30日。
クリスマスイブの夜に起きたあの事件から数日が過ぎた。
詩織たちの住む鳳町も、雰囲気はクリスマスから一気にお正月を迎える雰囲気に変わり、年末の活気は相変わらず続いている。
師走の名にふさわしく商店街は人にあふれ、それぞれの家庭でも新年の準備に追われ、誰もが新しく迎える年に心を躍らせていた。
そして、そんな時だった。
詩織と真夢がティムを連れ、神酒の家を訪れたのは。
クリスマスイブの夜、遅くに帰ってきた詩織と真夢はしっかりと両親に叱られ、罰としてサンタクロースからのプレゼントはお預けをされてしまったのだが、(さすがにこの時は、座敷わらしの幸運は働かなかったようだ。)実は紅羽からの帰り道に奇妙な出来事に遭遇し、それを神酒に伝えるために彼女に家を訪れたのである。
「で、何かあったの?シオリちゃん」
神酒の部屋でジュースを飲みながら、詩織はあの後の出来事を神酒に伝えた。
「うん、あのね。実は石着山から帰る途中、また花が現れて呼び止められたのだ」
「花って、例の座敷わらしのことでしょ?なんか言ってたの?」
「それがね・・・」
詩織はそこまで言うと、彼女が持ってきた小さなバッグから1枚の封筒を取り出した。
それはとても古い時代がかった封筒で、もう何十年も前の品物に見える。
「花はこう言ったのだ。
『もうすぐ黒い海が降りてくる。その前に、これを渡して』って・・・」
黒い海。神酒はその言葉を聞いてギクリとした。
黒い海とは、旧支配者と呼ばれる邪神・ハスターのこと。
今まで彼女たちが遭遇した数多くの事件の中で、その存在が明らかになってきた恐るべき破壊者で、いつか地球すらを危機に陥れるとされている存在である。
神酒は手紙の宛名を見、そして驚いたことがあった。
そこには・・・・・。
「宛名にこう書いてあるのだ。『《酒》の名を持つ我が子孫へ』って・・・。
酒の名って、もしかしたらミイちゃんのことかなって思ったんだ」
神酒は手紙の裏を返し、差出人を見た。
そこには、「雪乃」という名前が書かれていた。
★
詩織と真夢が家に帰るのを見送った後、神酒は自分の部屋で手紙の封を開けた。そして中の手紙を読んだ時、彼女の心の中に、大きな不安が湧き上がっていた。
その手紙にはこう書いてあったのだ。
『十四の春、黒い海は舞い降りる』
十四の春って、あたしが14歳になった時の春ってこと?
もう目の前じゃない・・・・。
あたしに、いったい何をしろって言いたいの?
神酒は黙って自分の左腕を触った。
神酒の左腕。そこにはタトゥーのような、奇妙な碑文が浮き上がっているはずだった。
彼女が遭遇したウォーカーフィールドでの事件で、神酒が手に入れた治癒の能力の源だ。
その能力の元々の持ち主は「旧支配者」と呼ばれるハスターと同じ邪神たちで、この治癒能力の存在自体が、ハスターの存在を裏付ける証拠なのかも知れない。
しかし今、その碑文は消え去っている。
碑文を持たない神酒は、結局普通の人間と何ら変わりは無い。
あたしにできることって、いったい・・・・・・?
★
その時、ふいに神酒の家の電話が鳴った。
家族が出かけていることを思い出した神酒は、急いで受話器を取った。
「・・・・はい。もしもし、高村ですけど・・・」
『もしもし、高村さんですか!?』
電話から聞こえてきた声。それはどこかで聞き覚えのある声だ。
はっと思った神酒は、受話器を強く握った。
「はい、もしもし!その声、もしかして・・・・・」
受話器から聞こえる声が、喜びで大きくはずんだ!
『そう!私よ! キララです!!』
そう、それはまぎれもなく輝蘭の声だったのだ。
籠目小学校を、卒業と同時にイギリスへ転校していった神酒の親友。
再会を約束して別れてから早2年。
たまにメールのやり取りはするものの、充分と言えるほどの連絡はあまりできずにいた彼女から、思いがけない連絡が届いたのだ。
「キャー!どうしたの!?久しぶり!!元気してた!!?」
『もちろん!あのね、ミキさん。GoodNewsがあるの!!』
「さすがイギリスだね!英語使って話してる!!」
『・・・・・・・まぁいいか・・・・。あのね。私、とうとうそっちに帰れることになったの!』
「ええ!!??」
『私、帰れるの!鳳町の元の家に帰れることになったの!!』
さっきまでの暗い気持ちはどこへやら。
輝蘭からの突然の電話は、神酒にとってはこの上ない報せだった。
『ミキさん。【君のポケットに届いた手紙】は完成しましたか?』
「アハハ・・・まだ」
『でしょうね。なんとなくそんな気はしてましたよ。』
「がんばって完成させる!
ところでさ、キララ。いつこっちに帰ってこれるの?」
『春には帰れるはずですよ!』
春・・・・・・。
神酒の心の中に、さっきの手紙の言葉が浮かんだ。
十四の春、黒い海は舞い降りる・・・・・・。
「そ、そうなんだ・・・・・」
『あれ?ミキさん、急にテンション下がりません?』
「そ、そんなことないよ!」
『ウフフ・・・・。それじゃ、また近いうちに連絡を入れますね。多分そちらで一緒に始業式に出られると思います』
「そうか。楽しみにしてるね」
『私もです。それじゃ、また』
「うん。バイバイ♪」
神酒は電話の受話器を置くと、振り返ってテーブルを見た。
そこには、あの「雪乃」という人物からの手紙が置かれている。
神酒はもう一度その手紙を手に取ると、それを自分の机の引き出しに閉まった。
警察になんか話しても、きっと信じてはくれないよね。
来年の春、いったい何が起きるんだろう?
神酒は自分の机を見つめたまま、しばらく無言でそこに立ち尽くしていた・・・。
次が【花子さんの聖夜】の最終話です☆