クリスマスの木
突然現れた『学校荒らし』木田島に襲われた詩織たち。
しかし、正体を現した座敷わらし「花」に助けられたのか、それとも偶然なのか。
彼女たちはその危機を無事に切り抜けることができた。
詩織と真夢は、しばらく今目の前で起きた出来事に呆然としていたが、気を取り直すと、再び森に向かって歩き始めた。
この時まだ自分で座敷わらしの姿を見ることができない詩織とティムへ、真夢は花のことを全て伝えていた。
ほどなく、雪が降り始めた。
雪は次第に降り積もり、辺りの森を少しずつ銀色の世界へと変化させる。
帰りの道のことを考えれば、早く花の言う「クリスマスの木」を見つけたほうがいい。
詩織が夢の中で見た「クリスマスの木」は、高さ2メートル程のモミの木。
だから2人はそれを目印に「クリスマスの木」を探したが、それはなかなか見つからない。
だが、しばらく経った頃だった。
『シオリ・・・・。もしかして、あれじゃないかい・・・・?』
ティムに促されて森の木を見上げた詩織と真夢は、その幻想的な光景に驚き、
思わず感嘆の声を上げた。
「・・・うわぁ・・・」
それは、高さが10メートルにはなるかと思われる巨大なモミの木だった。
詩織の夢の中に現れたモミの木は、高さが2メートル程だったことを彼女は憶えている。
しかし翔太がその苗を植えてから、数十年の月日が流れている。
モミの木は枯れることなく成長を続け、まるで森の主であるかのような堂々とした姿で彼女たちを待っていたのだ。
モミの木の枝に、雪が降り積もる。
その雪に夕焼けのオレンジの光が反射し、モミの木はまるでイルミネーションを輝かせるクリスマスツリーのように詩織と真夢には見えた。
2人(と1匹)はしばらくの間、その幻想的な光景に言葉を出すこともできず、感動と共にその木を見つめ続けていた・・・・・。
☆
「・・・・・・・? ねえ、シオリちゃん」
ふいに真夢が詩織に奇妙なことを話した。
「・・・ん?どうしたのだ?」
「・・・あの木の中に・・・、男の子が眠ってるよ」
詩織が真夢の顔を見ると、彼女の瞳が琥珀色に輝いている。
真夢の特殊な能力《真実の瞳》が発動している証拠だ。
「男の子?それ、もしかして・・・」
「うん。あれが多分、翔太君の魂だと思う」
詩織と真夢は、改めてモミの木の幹を見つめた。
かつてイタクァに連れ去られ、そのまま命を落とした少年・翔太。
座敷わらしである花の前から姿を消したはずの彼の魂が、この木の中で眠っているのだ。
「でも、もしここに翔太の魂が眠っているなら、どうして花は自分で会いに来なかったのかな?」
しばらく考え込んだ2人。
しかし真夢が花の顔を覗き込んだ時・・・・・。
「・・・・・・!! わかった・・・・。マム、わかっちゃった!」
真夢の顔が、パッと輝いた。
彼女は何かを理解したのだろう。喜びの表情の中に涙すら浮かべている。
「・・・・・マム?」
「シオリちゃん!マムにはわかったの!
どうして花子さんがシオリちゃんに取り憑いていたのかって!
花子さんの願いを叶えられる人は、シオリちゃんしかいなかったんだよ!!」
「・・・・・・?」
真夢は詩織の手を取ると、涙を流して彼女に抱きついた。
「花子さんが呼んでも、翔太君は起きなかったんだよ!
だから花子さんはシオリちゃんとずっと一緒にいたんだ!
だって、シオリちゃんが《心の瞳》を使えば、その言葉が翔太君に届くんだから!!」
☆
詩織の持つ特殊な能力《心の瞳》
真夢の『真実を読み取る能力』と対になる、詩織の『自分の心を伝える能力』
詩織の瞳が琥珀色に輝く時、その想いを相手に伝えることができる。
座敷わらしの花は、本当は何度もこの木を訪れていた。
そしてこの木の中に、大好きな翔太の魂が眠っていることを知っていたのだ。
しかし、何度呼びかけても応えてくれない翔太の心。
深い眠りに就いていた彼に想いを伝えるためには、どうしても詩織の《心の瞳》が必要だったのである。
☆
詩織は両手を握ると、目を閉じて願いを込めた。
詩織はまだ自分の能力を、真夢ほど上手に使えてはいない。
お願い。あたしの《心の瞳》。花の心を翔太に伝えて・・・・。
そして詩織がゆっくりと目を開くと・・・・。
「うまくいったよ!シオリちゃん。」
詩織の瞳は、琥珀色に優しく輝いていた。
翔太、聞こえる?
詩織がモミの木に問いかける。しかし返事はない。
翔太、聞こえる?
花が帰ってきたんだよ。
『・・・・誰だい?オレを起こそうとしているのは・・・』
モミの木の中から、男の子の声が2人に届き始めた。
『せっかく眠っていたのに、どうしてオレを起こそうとするんだ?』
翔太。花のこと憶えてる?
『花?ああ、憶えているよ・・・』
花があなたに逢いに来たんだよ・・・。お願い、花に逢ってあげて・・・・。
『・・・・え? 花が・・・・?』
ふいにモミの木が小さく揺れた。
詩織と真夢、そしてティムがその根元に目をやると、そこには・・・・。
そこには、1人の男の子が静かにたたずんでいた。
絣の青い着物を着た、詩織たちと同じぐらいの歳の男の子。
そしてその時、詩織は自分の体から何かが抜け出し、ふわりと舞い上がるのを見た。
赤い着物を身に付けた、おかっぱの女の子。
まるでスローモーションのように流れる、再会のワンシーン・・・・。
女の子は笑顔で少年に近づくと、そのまま彼に抱きついた。
花の幸せな気持ちが、あふれるように詩織と真夢に伝わっていく。
『すっと逢えなかった人に逢える気持ちって、どんな感じなのかな?』
ティムが小さく詩織に聞いた。
「さあ。うれしいっていうのはわかるけど、うまく説明はできないのだ。」
「マムにはわかる!」
詩織の隣で、真夢はポロポロと涙を流しながら再会した2人を見守っていた。
「好きだった人にずっと逢えないでいたんだもん。
きっとこれより上の『うれしい!』って気持ちは、どこにも無いと思うよ・・・」
そして花と翔太は抱き合ったまま、夕陽に染まったモミの木の中へ、ゆっくりと消えていった。
「花子さん、やっと自分の家に帰れたんだ・・・」
真夢がポツリと言葉をもらした。
「うん。この木の中で、翔太と一緒にまた眠りに就くんだね・・・・。」
詩織も真夢に応える。
数十年の時間を経て、遂に再会することができた花と翔太。
1度解けた紐は再び紡がれ、座敷わらしの花は、遂に自分の帰るところを見つけることができたのだった・・・。