紅羽へ
詩織と真夢、そして詩織のリュックの中にいるティムの3人|(?)は、石着山の入り口から、紅羽を目指して山道を歩いていた。
夏にはうっそうと草が生い茂り、子どもたちの自然の遊び場として鳳町ではよく知られているのだが、今は雪こそまだ降ってはいないものの、季節が冬ということで、草木はすっかり枯れていて、道は比較的に歩きやすくなっている。
石着山は、一部では心霊スポットとしても知られている。
石着山の奥には、以前より「雛の森」と呼ばれる、人形の魂が住んでいる森があると言われていて、その境目とされている黒苺の木より奥へ行く人はほとんどいないのだが、3人は目的地の紅羽にたどり着くため、黒苺の木を越えてさらに奥へと進んで行った。
「ティム、例の《扉》は使わないの?」
『ダメダメ。あれは最後の取っておきだからね。自分の足で歩いて行けるところは、しっかり歩く!』
「ティムは自分の足で歩いていないのだ・・・」
ティムは詩織のリュックの中に、舌をペロンと出しながら隠れた。
石着山の奥にある僻地、「紅羽」
以前は別の地域からつながる山道が存在していたらしいが、その道が土砂崩れにより使えなくなったらしく、今は鳳町から入るルートしか残っていないらしい。
戦後間もない頃は、そこに住んでいた人も何人かはいたらしいのだが、現在その地域は完全に捨てられた山村になっているらしく、何軒かの廃屋が残っているらしいということを詩織は絵里子からは聞いていた。
もともと紅羽は、ある1人の仏師(仏像を彫る仕事をする人のこと)が拓いたと云われる土地である。
世の平和を願い、仏像ではなく鳳凰の像を中心に創作していたその仏師は、いつの間にか紅羽から姿を消し、噂では鳳町のどこかに移り住んだと言い伝えられていた。
鳳町に昔から伝わる「黒い海」の噂。
一部ではその「黒い海」の噂は、その仏師より語り継がれたものだとも言われている。
整備されていない山道を3時間近くの時間をかけ、崖を伝い、獣道を通り、
詩織たち3人は、遂にある拓けた場所の入り口にたどり着いた。
そこは山中にあるにも関わらず、詩織たちでもわかる程度に人為的に整備されている箇所が多くあり、また人が住まなくなって長い時間が経ったとわかる廃屋も何軒か見え、詩織たちはすぐに、そこか紅羽であるということに気付くことができた。
「やっと着いたみたいだねね」
「うん。でも『クリスマスの木』って、この奥にあるんだよね。
もうちょっと歩かないと・・・」
閑散とした廃屋の間を抜け、詩織たちはさらに奥へと住む。
紅羽の向こうにはこんもりと常緑樹の木々が茂る小さな森の姿が見え、詩織と真夢はそこに目指し、さらに足を進めた。
ところがしばらく歩いた頃である。
真夢が紅羽の片隅に奇妙なものを見つけ、詩織を呼び止めた。
「ね、シオリちゃん。あれ、なんだろ?」
そこにあったもの。それは、陶芸のための窯だった。
長い間使われていないためにあちらこちらが崩れてはいるが、それは詩織が夢の中で見たものと、全く同じ形をしていたのだ。
窯から少し離れた場所には少し大きめの廃れた民家があり、さらのその横には、古い大きな倉庫らしきものがある。
詩織にとっては、そのどれもが夢の中で見たことがある憶えのある風景で、彼女はそこが、あの景山翔太の以前の生家であると理解した。
「・・・・多分、あれが翔太の家だよ。ほら、翔太の家って陶芸やってるみたいって言ったよね。あれがその窯だと思う」
「あの倉庫みたいなのは?」
「さあ?」
「シオリちゃん、ちょっと見てみようよ」
2人は倉庫の前に立つと、その扉を開けた。
扉に鍵は付いてはいたが、年月の経過で老朽化していて、容易に開けることができた。
「うわぁ・・・」
倉庫の中にあったもの。それは、数え切れないほどの陶芸品だった。
倉庫内に灯りはないものの、壁のあちこちが崩れてそこから光が差し込んでおり、中の様子は簡単に把握することができる。
倉庫内にはいくつもの粗末な木製の棚が並んでいて、その数は、何百何千とあるだろうか。
皿や茶碗や壷といった生活用品を中心に、その上に数え切れないほどの焼き物が無造作に置かれていたのである。
「すごい・・・。これ全部お皿や茶碗?」
2人は倉庫に入ると、その焼き物を手にとってしげしげと眺めた。
長い年月を経て、壊れている品もいくつかはあるが、子どもの目から見ても、それらの品が埃をかむっているとは言え見事な品だということは理解でき、少々ちゃっかり者の詩織は、「これ売ったらいくらぐらいになる?」などとも考えていた。
だが、その時だった。
突然、棚の陰から男がいきなり飛び出してくると、真夢の首を締め上げるようにつかみ、もう一方の腕で彼女を羽交い絞めに締め上げたのだ。
「ああっ!?」
「マム!!」
そしてその男は真夢をつかんだまま詩織から離れると、2人の少女を値踏みするようににらみつけた。
「・・・・シオリ・・・ちゃん・・・!」
「何するのだ!マムを離せ!!」
詩織が男につかみかかった。しかし相手は大人。
詩織は男に平手で殴られると、よろけるようにその場に倒れてしまった。
「なんだ、女のガキが2人か・・・」
一度は倒れた詩織だったが、すぐに立ち上がると、男をにらんだ。
しかしこの時、詩織は気付いたことがあった。
「・・・木田島?」
そう。その男こそ、あの学校荒らしの木田島だったのである。
以前に学校荒らしの手口を暴いた時、指名手配として千佳先生に見せてもらったことがある犯人の写真。
そこにいる男は写真の人物と同一人物で、木田島信二その人だったのだ。




