プロローグ2
事件は、籠目小学校のある6年生の少女の災難から始まった。
木崎優梨子。
彼女はどこの小学校にでもいるような、ごく普通の女の子である。
その日、籠目小学校では、先生方の職員会議がある日だった。
職員会議などの大事な会合がある場合、授業は早く切り上げられ、生徒たちは早めに家に帰されるのが普通である。
しかしその日、木崎にはちょっとした特別の用件があり、彼女だけがポツンと教室に残ることになっていた。
実は彼女は今日、インフルエンザの予防接種に行く予定になっていたのだが、
いつも勤めに出ている彼女の母親が直接学校まで迎えに来るということになっていたのである。
木崎は学年の中でもわりとしっかりしている子で、特に付き添いの必要もないだろうと判断した先生方は全て会議に行ってしまい、彼女1人が教室で宿題などをしながら、母親が現れるのを待っていたのだ。
時間にして3時を過ぎた頃だろうか。
生徒が誰もいない学校というのは意外に不気味で、あまり長居はしたくない印象を受ける。
木崎が今自分が置かれている状況にも、全く同じ印象を受けていて、その気味悪さに少し嫌な感覚を憶えながら、彼女は宿題を黙々と続けていた。
そしてそれからしばらくの時間が過ぎた頃だった。彼女はふいに、トイレに行きたくなった。
木崎が今いる6年生の教室は校舎の2階にあり、トイレはその階段の側にある。
このトイレの向かいには、長く施錠されたまま使われていない古い倉庫のドアがあって、そのドアの持つ独特の雰囲気もまた、辺りの気味悪さに拍車をかけている。
彼女はトイレまで行くと、急いで用を足し、すぐにトイレから廊下に出てきた。
不思議なことだが、トイレというものは子どもたちにとっては特別な場所であるらしい。
特に理由などはわからないが、どんな子どもであっても、トイレには少なからず恐怖感を抱いている。
独特の雰囲気が想像力を膨らませるのか、それとも昔から伝わる怪談話にトイレを扱ったものが多いせいなのか。
本来ならば、行かないで済めばそれに越したことはない場所だが、人間が生きていく上で、生理現象は切り離せない。
木崎もご他聞に漏れず、そんな少々気味の悪い場所から早く離れたくて、大急ぎで用を済ませたのだ。
ところが、そんな時だった。
彼女の耳に、ガタンという物音が聞こえた。
音の出所は、どうやらさっきまで木崎がいたトイレ付近の様子だが、今この付近には彼女以外の人は誰もいないはず。
そして不審に思った木崎がトイレの方を向くと、彼女はとんでもないものを見つけてしまったのだ。
それは、トイレの前に静かにたたずんでいる1人の少女だった。
白い半そでのシャツに、真っ赤なスカートの姿。
秋から冬に移り変わろうとしている今の季節には、少々不似合いな服装だ。
髪はおかっぱに切りそろえられていて、手をうしろに組んでいる。
うつむき加減で前髪が顔にかかり、その表情をはっきりと見ることはできない。
木崎がその少女を目撃した瞬間、彼女の心に強い衝撃が走った。
この子、人間じゃ無い!?
木崎には、すぐに理解することができた。
いわゆる今風ではない髪型や服装に違和感があったのはもちろんなのだが、なにより、その少女から伝わってくる寒気を伴ったオーラのようなものが、今木崎に突きつけられたこの状況の特異さを、はっきりと伝えていた。
最近流行りの恐怖映像などを観たことがある人なら、ある程度は理解できるだろう。
物の怪や幽霊が持つ独特の雰囲気は、例えそれが人間の姿形をしていても、はっきりと伝わってくるものがある。
見てはならないものを見てしまった恐怖。
出会うはずのないものに遭遇してしまった慄き。
その恐怖感が、木崎の心に強い警鐘を鳴らしていたのである。
幽霊!!?
木崎は小さな悲鳴を上げ、すぐにその場から駆け出した。
もちろん、彼女の目の前に現れた幽霊から逃げ出すためだ。
教室に逃げても、そこには誰もいない。それなら!と彼女は反対側にある1階へと続く階段の方へと走り出したのである。
しかし、木崎の足がもう階段に届こうとする正にその時だった。
「あ!!」
木崎は足を踏み外し、真っ逆さまに階段から転げ落ちてしまっていた。
偶然や不注意からではない。誰かが、強く彼女の背中を押したのだ。
その後、学校の階段から転落した木崎は、足の骨折によりしばらくの間入院を余儀なくされることとなった。
彼女の目の前に起きた、突然の不可解な出来事。
木崎が階段から落ちた後、彼女はあるものを目撃してしまっていた。
それは、あの瞬間に彼女の背後に現れた少女の姿。
おかっぱで赤いスカートをはいた少女の霊が、まるで木崎の背中を押したかのように、階上で右手を伸ばしながら、階下で転落して気を失いつつある木崎を、無表情で見つめていたのである。
そして、その事件のすぐ後のことだった。
籠目小学校に、「トイレの花子さん」の噂が、爆発的に広がったのは・・・・。