遠野事件
「・・・・そして?そして、なんなのだ?」
資料を読み終えた詩織が、煮え切らない終り方をしたその物語に、続きが気になって絵里子に質問した。
ここまで読めば普通は結末はわかるはずだが、そこは彼女が小学3年生なのだから、文脈から結末を読み取ることができなかったのだろう。
「つまり、花子さんはお母さんに殺されちゃった・・・・ってことさ」
「え〜!?なんで!?なんで殺されちゃったのだ!?」
「シオリ。あんたお話をちゃんと読んだでしょ?」
少し感傷的になっている詩織を、七海が制する。
「うん。読んだ」
「だったら?」
「うん。だったら、すごくかわいそうって気がする・・・・。」
七海と絵里子が顔を見合わせると、ニッコリと笑った。
「シオリ。あんた、ずいぶん優しいヤツだね」
★
「でも、このお話って、あたしの見た夢に似ている気がするのだ」
一通りの説明を聞いた詩織が、自分の見た夢のことを思い出しながら、絵里子の資料とにらめっこをしていた。
「リコ。このお話、本当のお話なの?」
七海も絵里子の資料に目を通す。
「さあ。マイナーなサイトから引っ張ってきただけだからね。ただ花子さんの元になった事件は、1937年に岩手県の遠野で起きた殺人事件みたいで、当時は新聞でも大きく取り上げられてたみたいだね」
「ふ~ん。でもこれだけじゃ、肝心な部分は判らないね」
「そりゃそうさ。そんな簡単に謎が解けたら、誰も花子さんのお話なんかに興味は持たないから」
「まあ、それもそうだけど・・・・」
「第一、結局今のところ実害は無いんでしょ?
あのウサたちが殺されちゃったのはかわいそうだけど、それが花子さんの仕業なわけないし、シオリの夢だっていつ見なくなるかもわかんないじゃん」
「・・・・・・うん」
「もともと花子さんが実在するかどうかだって怪しい部分もあるしね。ま、リコはもちろん信じてるけど!」
いかにも絵里子らしい答えである。
「リコちゃん。花子さんって、悪いことする幽霊なの?」
しばらく考え事をしていた詩織が、絵里子に聞いた。
「そうだね〜。はっきり言うと、よくわかんないんだよね」
「わかんない?」
「うん。花子さんのお話って、調べただけでもずいぶんいろんなのがあるけど、
メインがトイレで呼ばれると顔を出すってことだけで、別にその後どうするっていうのは決まってないんだ。
悪いことをする花子さんがいれば、別に害の無い花子さんもいるし。
いろんなおまけの話もあるみたいだけど、全部後から付け足したみたいなお話ばっかりなんだよね〜」
そして、絵里子はジャングルジムを降りると、詩織に向かってこう言った。
「でもね、彼女たち霊っていうのは、自分の存在を相手に知ってもらいたい時、
その人にとって困ることを仕出かすもんなんだよね。不幸にしたり、ケガさせたりしてさ」
詩織と七海が、小さく息を飲んだ。
「もし本当に花子さんがいて、それがシオリの傍に現れるなら、彼女が何をして欲しいか知ることだね。
霊がそれで満足したら、それが『成仏』ってやつになるわけだからさ!」
絵里子はそこまで言うと、用事があるということで、手を振りながら帰っていった。
結局、詩織にとって納得のいく答えを、絵里子から得ることはできなかった。
だが2つだけ、詩織には確信できることがあった。
1つは、詩織の夢に出てくる『ハナ』という名前の少女のことで、彼女は夢という偶然の産物ではなく、何か意味があって詩織の前に現れるのだということ。
そしてもう1つは、それが花子さん本人であるなら、彼女は邪悪な存在ではないということだ。
花子さんの噂は諸説がある。
しかし、例えその大半が「悪」であっても、少なくても詩織に見えている彼女は、決して好んで悪いことをするような少女ではないと、彼女は確信していたのである。




