負けないんだから!
この行為に1番驚いていたのは、実は穂波本人だった。
思わず手が出てしまったというような感じだったのだろうか?
自分の手と詩織の顔をキョロキョロと見比べながら、少しうろたえた様子を見せている。
「あ・・・、あんたが急に大きな声を出すから・・・!」
しかし詩織は、この穂波の行為にひるむことなく、キッと穂波の顔をにらみ続けた。
詩織の頬はほんのりと赤みが増し、いかにも痛そうな様子である。
だが彼女は涙を目に溜めながらも、決して泣き出そうとせず、赤く腫れた頬を押さえながら穂波に向かって詰め寄ったのだ。
「アンタ、本当に高学年なの?少し考えれば、アンタの言ってることが変だってわかるでしょ?
噂は結局噂なんだよ。それなのに・・・。あたしだけじゃなく、マムにまでこんなヒドいことして!!」
おそらく、今のこの場の雰囲気は、圧倒的に詩織たちが勝っていただろう。
言うまでもなく、下級生は詩織と真夢のほうである。腕力などは比べ物にならない。だが詩織たちには、ある種の覚悟のようなものがあった。
自分がいじめられることについては、しばらくは耐えなくてはという気持ちはある。
しかし、自分の親友に対しての攻撃には、決して傍観で済ませようという気持ちはさらさら無かったのである。
耐えるべきは耐える。しかし、抵抗すべき時は抵抗する。
今が、まさにその抵抗の時だったのである。
穂波は、5年の間でも有名ないじめっ子。
建前は「優梨子のため」と一応名目はあったが、実際そんな気持ちはほとんどない。
今はたまたま暇だっただけ。
偶然目の前を、学校で多少噂になっている詩織が通りかかったので、少しからかってやろうと行動しただけなのである。
そんな詩織と穂波の気持ちがぶつかったのだから、いくら上級生とは言え、穂波が詩織にかなうはずがない。
「ちょっと、殴るのはマズいんじゃない?穂波・・・」
真夢から手を離した2人の取り巻きは、詩織たちの強い気持ちに押されるように穂波に近づいていった。
さすがにやりすぎたと思ったのだろうか。5年生の3人は、少しびくびくしている。
「いいか!絶対謝りに行けよ!それから、このことは先生に言うなよな!!」
穂波たちはそれだけ言うと、その場から立ち去っていってしまった・・・。
空き地の中。
そこにはポツンと詩織と真夢の2人だけが取り残されていた。
しばらく呆然と立ち尽くしていた2人。しばし流れる冬の冷たい風。
ふと我に返った真夢が、まるで固まってしまったように動かないシオリに声をかけた。
「・・・シオリちゃん・・・。大丈夫・・・?」
そして真夢が詩織の腫れた頬に優しく触れた瞬間だった。
詩織は体をビクッと震わせると、とたんに大きな声で泣き出したのだ。
それは、今まで真夢が見たこともないほどの大泣き。まさに号泣だった。
きっと今まで溜まっていた不安や我慢が、いっきに噴き出したのだろう。
釣られるように、真夢の目にも涙が溜まっていった。
そして、2人は誰の目にもはばかることなく、しばらくの間、大きな声で泣き続けていた。
「・・・あたしたち今・・・多分勝ったんだよね・・・マム・・・」
「・・・うん。そうだよ・・・シオリちゃん・・・」
数日間に渡る、2人に対する様々ないじめ。
繰り返された執拗な干渉。
2人はそのうっせきした感情を爆発させた今、心が動揺していた反面、なぜか少しすっきりしたような不思議な気持ちになっていた・・・・・。
★
実はこの様子を、陰からこっそりとのぞいていた人物がいた。
詩織の姉・七海の昔からの友人である神酒と、その幼なじみの瞬である。
2人は風の噂で、詩織が学校でいじめに遭っていることを聞きつけ、たまたま学校の帰り道に詩織たちを見かけた神酒と瞬が、こっそり後をつけていたのだった。
詩織が穂波に腕をつかまれた時、瞬はびっくりして飛び出して助けようとしていた。
ところがそれを、神酒はなぜか制止していた。
「どうしてさ?ミキちゃん!シオリちゃんが危ないのに・・・」
「まぁまぁ。ちょっと見ててよ、シュン。」
目の前の出来事にドキドキしている瞬に対し、神酒はなぜかずいぶん落ち着きをはらっている。
まるで事が無事に済むことを知っているかのような落ち着きようだ。
「どうしてそんなに落ち着いていられるの!?」
「だって、あたしたちが出ていっても大きな解決にはならないよ。第一シュンに、あの高学年の子たちを言いくるめられる自信ある?」
「それは・・・ない」
「でしょ?」
神酒は瞬の顔を見ると、ニッコリと笑った。
「大丈夫。あの子たちは強い子だもん。あたしたちが変な手助けしなくても、ちゃんと自分たちで解決できるさ。それに・・・」
「それに?」
「シオリちゃんは、あのナミの妹だよ。
もし手助けが必要になっても、ナミに任せておけば全然心配いらないって」
「・・・そっか・・・」
瞬は、感心して神酒の言葉に納得した。
「ミキちゃんの言うとおりかも知れないね」
「うん。でもキズバンと湿布ぐらいは準備しておいたほうがいいかもね」
「持ってる?」
「大丈夫。ちゃんとあたしのカバンの中に入っているよ♪」




