穂波
その日の学校からの帰り道。
詩織と真夢は、いつものように途中まで一緒に帰途についていた。
もう季節は完全に冬に移り変わっていて、彼女たちを取り巻く空気もずいぶん冷たい。
雪こそまだ降ってはいないものの、遠くに見える石着山の頂上辺りは色を白に染めていて、
もう鳳町に雪が降るのも時間の問題だろうと誰もが感じている時期にさしかかっている。
詩織と真夢が、道の途中にある空き地の側を通りかかった時だった。
誰か2人に話しかける者がいた。
「ちょっと。あなた、シオリって子じゃない?」
2人が声の方を振り向くと、そこには3人の見知らぬ女子小学生が立っていた。
おそらく5年生ぐらいの子たちなのだろう。
なんとなく見覚えがあるような気はするが、名前までは思い出せない。
「あんたたち、ちょっとこっち来なよ」
3人の中でも、ひときわ背の高い長髪の女の子が、詩織たちを空き地の中へ来るように手招きをする。
詩織と真夢が彼女たちの言われるままに空き地に入ると、ふいに他の2人の5年生が詩織たちの背後を囲んだ。
何かただならぬ雰囲気だ。
「あんたが花子さんなんでしょ?みんな言ってるよ」
ふいに5年の子の口から出た言葉に、詩織はハッと顔を曇らせ、驚いた真夢が反論した。
「違います!シオリちゃんは花子さんなんかじゃありません!」
「あんたは黙ってなよ!」
真夢の後ろにいた子が、グイッと真夢の肩を押した。
2人はなんとなくだが、すぐに理解することができた。
この3人の5年生は、明らかに詩織に敵意を持っていると。
「あたしの名前は穂波。優梨子の友だちだよ」
優梨子。その名前は、詩織にも真夢にも一応聞き覚えのある名前だった。
この学校に『花子さん』の噂が広まる原因になった最初の事件。
それは、6年生の木崎優梨子という生徒が、花子さんらしき人物から階段で突き落とされたという出来事から始まっている。
彼 女は今は病院は退院しているものの、まだ松葉杖が必要な生活を続けている。おそらくこの穂波という人物は、優梨子の友人なのだろう。
「あんたが優梨子にケガさせたんだろ?なんてことしてくれたんだよ!」
「ちょっと待ってください!」
真夢が詩織をかばうように彼女の前に立った。
「シオリちゃんが花子さんだなんて、そんなのおかしすぎるよ!あなた高学年でしょ!?普通に考えれば、そんなことありっこ無いってわかるはずだよ!!」
「うるさいな!!」
穂波が、真夢の胸をドンと強く押した。
押された勢いで、真夢はその場にしりもちをついてしまった。
「あんたは邪魔だからちょっと黙ってなよ。穂波はそこの詩織って子に話があるんだからさ」
穂波と一緒にいる2人の5年生の女子は、おそらく穂波の取り巻きなのだろう。
真夢の肩を押さえると、彼女が動けないように腕をつかみ、まるで羽交い絞めをするかのように真夢を押さえつけてしまった。
「何すんだよ!やめなよ!」
詩織が真夢を助けようとした時だった。
「あんたはあたしが用があるんだよ!」
穂波はそう言うと、詩織の腕をつかんだ。詩織がキッと穂波をにらむ。
「あんた、優梨子にあんな酷いことしておいて、それで黙って済むと思っているのかい!?」
「・・・」
「自分で悪いことしたと思っているなら、早く優梨子のところに謝りに行きなよ」
「・・・。」
「なんか言ったらどうなのさ。は・な・こ・さん!」
その時だった。詩織が急に大きな声で叫んだ。
「あたしは花子さんなんかじゃない!」
すると、その声に驚いたのだろうか。穂波が少し体をビクッと震わせると、今まで余裕を見せていた表情が見る見る怒りに変わっていき、大きく右腕を振り上げると、勢いに任せてその手を振り抜いたのだ。
バシッという渇いた音が辺りに響く。
その様子を見ていた真夢も、そして穂波の取り巻きの少女たちも、驚きで一瞬動きが止まってしまった。
穂波が詩織の頬を、平手で強く殴ったのである。
詩織の頬が、赤く腫れ上がっていく・・・。




